4 こども園での治癒魔法
三歳になった。
いま、私の目の前では、ちっちゃい子供達が園庭を駆け回っている。
自分も、もれなく小さい子供と同じ姿形であるが、中身は既にいい年齢。
いまさらあの中に入るのはちょっと……。
そんな事を考えながら、園庭の片隅にある鉄棒へ寄りかかるように立ち、そんな光景を眺めている。
「コトミちゃんは一緒に遊ばないの?」
上からそんな声がかけられる。
声のする方向に目を向けると、目線を合わせるようにしゃがみこんだ先生と目が合う。
いつもの通りハナ先生だ。
他の先生はあまり私に声をかけてこない。
放っておいても問題ないというのもあるけど、気味悪がられているのが一番の理由だろう。
私は子供の集団内では異質の存在らしい。
いや、まぁ、精神年齢はもういい歳だしね……感情がわかりづらいとか、それは仕方がないだろう。
「うん、見ているだけでいい」
「そっか。先生と遊ぶ?」
「うーん、本読みたい」
走り回るよりも色々と知りたいことがある。
この世界で目を覚ましてからもう三年が経つが、まだまだ知らないことがたくさんある。
「あはは、ごめんね。今は運動のお時間だからさ。何か身体を動かすことしようか」
先生は笑顔を引きつらせながら、諭すように言う。
「……じゃあこれで遊ぶ」
少し考え、この身体に慣れるって意味でも運動は大事か、と思い立ち、鉄棒に手をかける。
子供の高さに合わせられているので十分手が届く。
森の中での戦闘では木の枝を利用することもあるし、練習にはなるかな。
腕を伸ばしたまま膝を曲げ、ゆらゆらと揺れる。
……生身のままだと結構キツイ。
身体が軽いとはいえ、子供相応の握力では支えることも難しい。
「んっ……」
身体の中心に意識を向け、魔力を手の平、指へと流し、鉄棒を握る手に力を入れる。
筋力強化魔法でも同じことは出来るが、魔力を直接操作することにより細かい調整や魔力の消費を抑えることが出来る。
魔法は一定の効果、一定の時間で発動するから、魔力を直接操作した方が自由度は高い。
その分、綿密な魔力操作の技術と集中力が必要だし、魔力そのものではできることが限られてくる。
もちろん魔法にもメリットはある。
魔力さえあれば複雑な魔力操作がなくても魔法を行使できる。
ようするに、日常生活を始め、戦闘時でも簡単に魔法が使えるのだ。
「コトミちゃん、握力強いね」
側にいたハナ先生がそんな事を言う。
「身体が軽いから」
「そうなんだ」
実際は魔力による補助をしているんだけど、わざわざ言う必要もないし、何よりこの世界では魔法が存在していない。
それに、この先生には前回見られているし、不用意な発言は避けるべきだ。
ぶらぶらと、時間が来るまで一人ぶら下がっている。
「先生はここに居てもいいの?」
なんとなしに遠くを見ている先生に声をかける。
私が独占するつもりは無いんだけど、一人だけ離れることになってしまったから、少し申し訳なく思う。
「大丈夫だよ。他の子達も遠くから見れるし。近くには他の先生達もいるからね」
「そっか」
「……コトミちゃん、先生のこと気にしてくれるの? しっかりしているね」
意図を読まれ、少し戸惑うが「女の子は成長が早いんだよ」と、適当に誤魔化しておく。
「う~ん、そっか、そうなのかな……」
曖昧な笑顔を向けながらそう言う。
その後、特に会話が続くこともなく時間が過ぎていった。
「早くしろよ弱虫」
「……ん?」
風に乗って聞こえてきた声は何気ない一言だったけど、わずかに怒気を含んでいるようにも聞こえた。
声の発生源を探すと少し離れた所で、遊具の近くにいる男の子から発せられた声のようだった。
「弱虫じゃないよ……」
「だったら早くしろよ」
大人の背丈ほどある遊具の上、ポールで降りられる場所に女の子が一人立っている。
「早く降りろよ」
「わかったよぅ……」
どうやら下にいる男の子に急かされているようだ。
女の子は意を決して身体を外に出しながらポールに手を伸ばすが――、
「「「あっ」」」
みんなの声が揃った。
女の子はポールを握りそこね、そのまま宙に身体を投げ出した。
「き、きゃぁぁぁあああ」
まずい。
そうは思ったけど、ここからじゃ距離がありすぎる。
隣の先生が走り出す動きに合わせ、私もあとを追いかける。
鈍い音が響くと同時に女の子の悲鳴も途切れた。
先生と共に女の子の元へ駆け寄り、様子を見るが状態が悪い。
頭から落ちたためか、頭部から出血しており、意識は無いようだった。
「ハナ先生、救急を。それと清潔なタオルをいっぱいお願い」
「えっ……でも」
「急いで、先生が行った方が説明は早い」
「う、うん……わかった」
後ろで慌ただしく走り去る音が聞こえる。
その間も止めどなく血が流れ続けている。
「このままじゃ持たないか」
本当は大人の力で止血した方がいいんだろうけど、私にとっては誰もいない今が都合いい。
周囲を見渡す。
ちょうど運動の時間が終わる頃だったこともあり、他の先生達は校舎の近くで子供たちを相手している。
近くにはこの惨状で放心している男の子が一人いるだけ。
「今ならバレないか」
そう思い、女の子の額に手を置き、魔力を練る。
生まれ変わってから治癒魔法を使う機会というのはだいぶ減った。
もちろん、擦りむいたり、指先を切った時には使うこともあったけど、あまり大怪我することもなかったため、今回のように全力で使うのは久しぶりである。
魔力の消費と共に治癒魔法が発動する。
見た目ではわからないけど、心なしか女の子の表情が和らいだ気がする。
「何回か、かけないとダメか」
相変わらず、自分の少ない魔力量に嫌気がさしてくる。
いまさら魔力を増やすことなんて出来るはずがない、と頭ではわかっているが、どうももどかしい。
魔力が全快していることを確認し、同じ治癒魔法を再度かける。
流れ出る血の量が見るからに減ってきた。
「もう一回」
同じように魔力を練る。
三回目にして傷口は塞がったようだった。
「念のためにもう一回かけておくか」
良くも悪くも、魔力の消費を気にする必要はない。
これだけ見れば相当なメリットなんだけどね。
最後の治癒魔法をかけ終わったところで、ハナ先生が戻ってきた。
「コトミちゃん、ごめんっ、どいて!」
「うん……っと」
背後に飛び退くようにして場所を譲る。
傷口へ止血するよう、タオルをあてがっている先生を横目に周囲を見る。
他の先生たちも集まってきているようだった。
遠くから救急車両のサイレン音も聞こえる。
あとは大丈夫かな。
恐らく傷は塞がっているだろうけど、流れ出た血までは元に戻らないから、ちゃんと病院で治療を受けてね。
一人そう思いながら教室の方へと戻っていく。