36 副社長との会合
「ほれ、降りるよ」
正面玄関に着いた車からリンちゃんと共に降りる。
目の前には立派な屋敷という感じの建物。
やっぱり副社長ともなると稼いでいるのかな。
そんな下世話なことを一人考えながら、勧められるがまま中に入る。
「ま、寛いでくれよ」
そのまま応接室まで案内され、マリセラさんはソファーに腰かけながら、席を勧めてくる。
うなずき、私とリンちゃんもマリセラさんの対面に座った。
「ジュースでいいかい?」
「あ、お構いなく」
マリセラさんは案内してくれたお手伝いさんに三人分の飲み物を頼み、こちらに向き直る。
「さて、かしこまる様な話でも無いのだけどな。あらためて礼を言っておくよ」
「何もしていませんよ。むしろこちらが助けられたわけですから、お礼を言うのはこっちの方です」
リンちゃんと私にしかわからないけど、飛び出して来たのはリンちゃんを助けるためだ。
結局、リンちゃんは自力で危機を切り抜けたけど、それはあくまで結果論。
手を差し伸べてくれたこの人には礼を言う必要がある。
「まぁ、アタシなんていなくても問題なかったみたいだしな。それにしてもあの身のこなし、只者じゃないね」
「そんなことありませんわ。ちょっと運動神経がいいだけの、どこにでもいる普通の女の子ですよ」
どこが普通だよ。と言うツッコミは心の中だけで留めておく……って、睨まないでよ。
また、すぐに心を読むんだから。
「面白い子供たちだね。ここで会ったのも何かの縁だ。困ったことがあれば相談しな。少しは力になれると思うぞ」
「それは願ったり叶ったりですわ。その際はすぐに連絡しますね」
リンちゃん……これを狙って付いてきたな?
やり手と言うかなんというか、リンちゃんだけは敵に回したくないな。
「アタシの連絡先を教えておくよ」
手元のメモに手早く電話番号を書き渡してくる。
「ワタクシたちの連絡先も教えておきますわ」
え? 私も?
リンちゃんに言われるがまま、回ってきたメモ用紙に電話番号を書いていく。
大丈夫かな……。
「それより……怪我は大丈夫なんですか?」
いまさらですが、とは口に出して言えない。
「おう、嬢ちゃんのおかげでな。多少、打撲や擦り傷はあったけど、命に関わる様な怪我はしていなかったとさ。あれだけ派手に跳ねられたのに、不思議なもんだね。まるで、魔法のようだと思ったよ」
なんで私を見ながら『魔法』の部分を強調するのさ……。
勘づかれているのかな。
「それは息災でしたね。きっと、神様からのご加護によるものでしょう」
おいおい……リンちゃんからそんな言葉が出るとは。
変な宗教とかやっていないよね?
「アタシゃ、神様なんて信じていないんだけどね。それでも、奇跡が起きたというのはわかったよ。あの時は本気で死んだかと思っていたからね」
それは間違いないだろう。
あれだけの怪我と出血じゃ、長くは持たなかったはず。
「医者にもあり得ない、と言われたけど、恩人に不利益とならないよう、とりあえず誤魔化してはおいたよ」
おいおいおい……。
いいのかそれで。
それに、自分の身に起きたことに気がついていそうだね。
まだ確証を得たわけじゃないのだろうけど、私たちの影響だとは考えているのだろう。
うーん、どうしたものか。
「恩人、というのが何を示しているのか分かりませんが、ここでお会いしたのも何かの縁。これからもいい関係でいましょう」
「あははは、いいね。乗ったよ、その話。嬢ちゃんたちにも悪い様にはしないさ」
「ふふふ、よろしくお願いしますね」
大人同士? の腹黒いやり取りにゲンナリしながらも、拒否はしない。
誤魔化しきれないのであれば丸め込むほうが良いだろうし。
それにしても、リンちゃんもよくそういう機転が効くね。
ほんと、何者なんだろうか。
「あははは」
「ふふふ」
うぅ、帰りたくなってきた……。
その後、お互いを知るためにと自己紹介。
マリセラさんは名刺の通り、大企業の副社長さんとのこと。
事故は取引先から車へと戻る最中に起きた出来事で、
信号を渡っていたら、目の前に子供がいたから、ついつい飛び出したらしい。
って、後先考えない人だな……。
病院へ運び込まれた時に意識が戻ったらしく、医者の話では貧血と打撲、擦り傷程度で命には別状はないという説明だったそうな。
かなり血まみれになっていたから病院では大騒ぎとなったと。
まぁ、そりゃそうか。
様子見で数日間入院していたけど、無事退院して私たちを探し、今に至る。
「嬢ちゃんたちはあそこの学校の子らだろ?」
この辺りの子供はみんな同じ学校に行くから、言われなくてもわかる。
別に隠す必要もないから二人でうなずく。
「ウチの娘もあそこに通っていてね。ちょっと紹介だけさせてもらっていいかい?」
……なぜそこまで話が飛躍する?
リンちゃんの方をチラッと見ると、若干呆れつつもうなずいている。
私も別に異論はないけど、なんのメリットがあるのか。
言うが早いが、マリセラさんがどこかへ電話しだした。
「あ、フェリサ? ちょっと応接室まで来てもらえるか? うん、うん、そう、よろしく」
マリセラさん曰く、学年は私たちの二つ下だと。
引っ込み思案で、大人しいから学校で困ったことがあれば相談に乗ってほしい……って、早速いい様に使われているよ。
「お手伝いすることはやぶさかではありませんが、その分の見返りはあるんですよね?」
「どストレートだね……。まったく、とんでもない子供たちだ。まるで、やり手の商人たちを相手にしているようだね」
さらっと私もとんでもない扱いされていないか?
私はのんびりまったりをモットーにスローライフを送りたいだけで、そんな厄介ごとに首を突っ込みたくないんだけど。
そんなことを考えている間に、扉が数回ノックされる。
マリセラさんが促すと、その子は入ってきた。
ブロンド色の髪が眩しく輝くロングヘアーの少女。
明らかにお嬢様な風貌の女の子だ。
……ん? どこかで見たような……。
「お母様、参りまし……た?」
「おう、フェリサ。こっちへ……ってどうした?」
二人して言葉が途中で止まる。
横から――リンちゃんから「あちゃ〜」って声が聞こえてきた。
……?
「あの、お母様、この方、です」
「ん? 何がだい?」
入ってきた子と私たちを交互に見るマリセラさん。
「私を助けてくださった方です」




