35 襲撃事件
クマ事件から数日が経過したある日。
今日の授業も終わり、相変わらずリンちゃんと並んで帰路につく。
最近はリンちゃんに声をかけるクラスメイトも減ってきた気がする。
いや、相変わらず人気者ではあるんだけど、近くに私がいるとリンちゃんは私を優先してしまうため、私がいないときに声をかけているらしい。
どうしてこうなった……。
「リンちゃんも、私とばかりいないで、他の子と遊んでもいいんだよ?」
「なによ。その母親みたいな言い草は」
ムスっとした口調でそんな風に返される。
「いや、私のせいで他の子たちの誘いを断っていると思うと、ちょっと……」
「なに、ヤワなこと言っているのよ。ワタシが誰と付き合おうと勝手でしょうに」
付き合うって変な意味じゃないよね?
お姉さんは女の子に興味はないよ?
いや、男の子なら良いというわけではないのだが……。
確かに、男の子と付き合うぐらいならリンちゃんみたいに可愛い子の方がいいのだけど。
いかんいかん。
変な妄想を振り払うかのように頭を振る。
「もう、一人で何を悶々としているのよ。まったく、わかったわよ。もう少しだけ他の子たちのことも考えてあげる」
え? 急にどうしたんだろう。
「ただし、その分の見返りはもらうからね」
「…………」
どうも釈然としないままも、決定事項のごとく言い切られてしまったから、従うしかないんだろうなぁ。
そんなことを考えながらいつもの道を歩いていると、
「……ん?」
目の前に、黒塗りの車。そこから出てくる背が高めの黒ずくめの男。
怪しい……。
後ろを振り向く。同じように黒塗りの車に、黒ずくめの男。こっちは背が低い。
うーん、何か狙われるようなことあったっけ?
明らかにこちらを狙ってきている。
人通りがまったく無いわけではないが、今はちょうど通行人がいないタイミングだったようだ。
さて、どうしたものか。
捕まったところで問題はないだろうけど、リスクは最小限に抑えるべきだよね。
「取るべき手段は一つ。逃げるっ。リンちゃんこっち!」
建物と建物の間、人が一人ほど通れる路地に逃げ込む。
「ちょ、コトミ! 引っ張らないでよ」
「「っ!!」」
黒ずくめの男たちも慌てたように追いかけてきた。
やっぱり狙われてるなぁ。
建物の裏手に出て二人で走る。
普通に走っただけではすぐ追い付かれるね。
本気を出せば撒けないこともないんだけど。
火の元は早めに潰しておくべきか。
路地裏に入り込んだから、いまは人目にも付きにくい。
「やるか……」
手出ししたことを後悔するぐらいに痛めつけよう。
「コトミがまた悪い顔をしている……」
うっさい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
リンちゃんに前を走ってもらって、私は走る速度を緩める。
少しずつ、黒ずくめの男たちとの距離が縮まっていく。
あと少しで背中に届きそうな距離まで近づき、背の高い男が手を伸ばす。
「転移っ」
「なっ!!」
男の真上へ転移。
と同時に、足裏に魔力を集中させ――、
「跳躍!」
「ぐはっ!!」
男が勢いよく吹っ飛んでいく。
空中でひらりと一回転。
体勢を整え、魔力を指先に――、
「雷撃!」
狼狽しているもう一人の背の低い男に向け放つ。
「ぴぎゃ!」
気絶で済む程度に威力は絞っている。
さすがに魔力操作もできないような生身の人間に、まともに放たないよ。
「……っと」
スカートを翻さないよう華麗に着地。
雷撃を受けた男は気絶しているけど、蹴り飛ばした男はまだ意識がある。
「てめぇ……舐めやがって……」
あちゃー、頭に血が上っちゃったかな。
誰からの指示か聞きたかったんだけど、答えてくれないかなぁ。
「ちょっと痛い目見ねぇとわかんねぇようだな」
ナイフまで出してきたね。
ん~、めんどくさいなぁ……。
すぐに反応したリンちゃんはホルスターから銃を抜いているし。
「あんたたち! なにやってんだい!!」
路地裏に怒声が響き渡る。
横道から現れたのはどこかで見たような、ブロンドの長髪を頭の後ろで束ねている女性。
ん? 松葉杖? 怪我してるの?
「あ、姉御……」
姉御ってお姉さん? ってそんなわけないか。
「ゲストとして連れてきな、って言ってんのにどういうことだい」
「いや、これはその……」
ゲスト? なんのことだか。
「嬢ちゃん、久しぶりだね」
んー? どこかで会ったっけ?
「……あんた、もしかして忘れてんのかい。これだよこれ」
人がいないとはいえ、こんな外でいきなりシャツめくり上げるって……。
「あれ? 包帯?」
あ、もしかしてこの前の事故の人か。
「お陰様で、命拾いしたさ。ていうか忘れんなよ、恩人」
「恩人ってなんのことですか」
「んー、まぁ立て込んだ話はウチでしようや。お礼も兼ねてさ、歓迎するよ」
何か感づいているのかな。
行ったとしても良い事ないような気がするけど。
「コトミさん。せっかくですのでお呼ばれしましょう」
「リンちゃん……?」
いつの間にかリンちゃんが隣に来てそんなことを言う。
銃は仕舞ったみたいで、お嬢様モードになっているし。
うーん?
「まぁ、リンちゃんがそう言うなら……」
どういうつもりなんだろうか。
リンちゃんのことだから何か考えがあるのだろうけど。
「別に取って食おうってわけじゃないんだ。というより、大概の奴じゃ嬢ちゃんたちの相手にもならなさそうだしな」
まだ伸びている男の方を向きながら言う。
やりすぎちゃったかなぁ。
「……勝手に転んでましたよ」
「さすがにそれは言い訳として無理があるなっ」
かっかっか、と笑いながら言う。
豪快そうな人だね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃ、後ろに乗りな」
後部座席のドアを開けてもらい、黒塗りの車に乗り込む。
あのお姉さんも前の座席に乗り込んだ。
隣にはリンちゃん。
いざという時に魔法の効果範囲にいられるよう、なるべく、くっついて座る。
「コトミさん。こんな時なのに積極的ですわね」
「リンちゃん……わかっていて言っているでしょ……」
「さて? 何のことでしょうか」
まったく、白々しい。
リンちゃんも銃をすぐ取り出せるよう、ホルスターの近くに手を添える。
「それで、エルヴィナさんは、ワタシたちに何の用でしょうか?」
車が走り出したタイミングで、前に座っているさきほどの女性へとリンちゃんが尋ねる。
エルヴィナ?
「ははっ、そっちの嬢ちゃんは気づいていたかい。前の席から申し訳ないけど……ほら」
振り向き、手渡された小さな紙は――、
「名刺?」
マリセラ・エルヴィナ――エルヴィナってあの?
金融、不動産、インフレ、医療、戦闘機やロケットまで飛ばすというあのエルヴィナグループ?
よく見たら副社長って結構偉い人じゃん。
「そんな副社長さんが一体何のようです? 子供二人を車に連れ込んで、よからぬことを企んでいるんじゃないですよね」
「ははは……、嬢ちゃんも手厳しいな。別に何か危害を加えようなんて気は無いさ。さっきも言ったけど、事故の時のお礼をしたいって言うだけさ」
むしろお礼を言うのはこちらの方なんだけど……。
結果的にリンちゃんが無事だったとはいえ、助けに飛び出してくれたのはこの人、マリセラさんだというのに。
そんなことを考えていると、車が速度を落としていく。
どうやらさほど遠くないところが目的地だったらしい。




