34 またまたクマ
この世界では魔法の代わりに科学と呼ばれるものが発展していた。
魔法というものは便利なものだったけど、科学というものはそれ以上に便利だった。
誰しもが皆平等に利用できる科学。
要するに、快適である。
「スイッチ一つで涼しい風が出る。科学の勝利であった」
暑いのはどこの国でも同じだけど、この国特有の季節では湿度も高い。
エアコンはかかせない存在となった。
テスヴァリルではそんな便利なモノ無かったから、水浴びとかで涼を取っていたけど。
そもそも、ここまで蒸し暑いことなんて無かったかな?
『――次のニュースです。昨日、横断歩道を歩行中の女性が乗用車に跳ねられる事故が発生しました。原因は居眠りによる信号無視とのことです。運転手は意識があり軽傷、女性は一時意識不明の重体となりながらも、命に別状は無いようです。続けて――』
朝のニュースを聞き流しながら登校の準備を進める。
世の中の出来事もテレビやインターネットで気軽に入手できる。
情報社会と言われるのもわかる気がする。
この世界は過ごしやすい。
平和だし、食べる物には困らないし、学問も好きなだけ学べるし、なんて楽園。
異世界万歳。
唯一欠点があるとすれば……刺激が少ないこと、かな?
いやいや!
前世みたいに死と隣り合わせって言うのも遠慮したいけどね。
そんなことを考えながら登校の準備を終え、家を出る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ、コトミ、おはよ~」
マンションを出て少し進んだ交差点でリンちゃんが待っていた。
遠目からでもわかるプラチナブランドの髪が太陽の光を受けて輝いている。
「おはよ」
短く挨拶を交わす私に満面の笑顔で答えるリンちゃん。
帰りもそうだけど、登校もリンちゃんと一緒である。
少し前までは一人で登校していたけど、森の一件以降ね……。
悪い子じゃないんだよ。ただ周りの視線が痛いだけで。
「また、朝から何か言いたそうにしているね」
リンちゃんの前では隠し事ができないな……。
二人で通学路を歩く。
私たちの学校は住宅街から街の中心部を抜け、さらに向こうの住宅地を超えた先にある。
少しだけ歩く距離があるけど、なんてことはない。
車のような移動手段が無い世界から来たわけだから、歩くことには慣れている。
危険がほとんど無いし、そんなに苦でも無い。
リンちゃんも森の中を歩いていたぐらいだし、それなりに鍛えているのだろう。
通いなれた道を歩く。
しばらく歩いていると、同じような学生たちが見えてきた。
今日も普段と代わり映えのない日となる予定ではあったが――、
「ん? あれは……?」
住宅街の中を抜けるような通学路の途中、街では見慣れない、というより居てはならない存在があった。
「グルルルルッ」
クマ……だねぇ。
ふむ、クマ? クマ?
中に人が入っているのかな?
なんて、見当違いのことを考えながら様子を見る。
動きは……動物の動きそのものだね。
というか、クマとの遭遇率高くないか?
「またクマなの? どれだけクマに好かれているのよ、まったく」
リンちゃんも同じように愚痴をこぼす。
若干呆れながらもその手にはホルスターから取り出した銃が握られている。
クマはノソリ、ノソリ、という効果音が似合いそうな足取りでこちらに向かってくる。
「ひっ……」
あ、近くにいた少女がクマに気づいた。
クマも少女へ向かっている。
あの子は同じ学校の子かな?
「ブオォォッッ!!」
大丈夫……? じゃないよねぇ。
クマが勢いを付け少女に近づく。
さすがに目の前で食べられちゃうと目覚めが悪いし、仕方がない。
「私がやるよ」
収納からペティナイフを取り出し――投げる。
投げると同時に駆け出し、一瞬で距離を詰める。
飛んできたナイフをクマが煩わしそうにし、顔を背ける。
ナイフは当たったが、毛皮に阻まれてまったくの無傷。
でも、一瞬の隙ができた。
収納からナイフをもう一本取り出す。
駆け出したときの勢いのままクマに飛びかかる。
「ふっ――」
クマの顔めがけて一閃。
「グアアアッッッ!!」
鮮血が舞い散る。
戦闘用のナイフじゃないし、子供の力だから大したダメージを与えられていない。
一撃を放ち、少し距離を取る。
「グオオオォォォッッッ!!」
地面を震わすような雄叫びが響く。
何事かと、民家から住民の人たちが飛び出てきた。
「何だ今の声は!!」
「おいっ! クマだ! 逃げろッ!!」
「誰か公安に連絡してくれっ!!」
声を上げる者、逃げ惑う者、何も出来ない者。
周囲に人が増えてきた。
「あまり長居はしたくないなぁ」
少女の方に顔だけを向け、
「立てるかな?」
座り込んでいる少女に声をかける。
リンちゃんも少女へ手を伸ばしているところであった。
「あ……は、はい。あ、危ない!」
クマが前足を横薙ぎに払う。
普通の人間じゃクマの一撃に耐えられない。けど――、
「当たらなければ意味が無いよっ……と」
垂直に飛び、クマの一撃をかわす。
勢いそのままに、体勢を崩したクマの頭に足を置く。
「跳躍」
自身への反動と共にさらにクマが体勢を崩す。
反発力をそのまま、空中で体勢を整え、距離を取って少女の近くに着地する。
「ほら、走るよっ」
「え? え? あ、ちょっと、待って、下さい」
手を取って駆けだす。
リンちゃんも一緒に走り出している。
ナイフは投げた分も含め回収済み。
拾われると面倒だし。
「グオオオッッッ!!」
クマの雄叫びが聞こえる。
周りを見渡すと長尺の銃を持った人たちがちらほらと見える。
猟銃? 麻酔銃かな?
よしっ! あとは任せたよ!
目立つ前に離脱!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しばらく走ったところでやっと一息。
あの場所の喧噪はここまで聞こえてこない。
掴んでいた手を離し、少女の方に向き直る。
「大丈夫?」
「はぁ……はぁ……だいじょう、ぶ、です」
息も絶え絶えという感じだけど、見たところ怪我はなさそう。
「コトミも容赦ないよね。普通の人だと付いていくのも大変だよ」
うっ……リンちゃんは平気そうにしていたから問題ないと思ったけど、子供にはきつかったか。
「ご、ごめんね」
「い、いえ……大丈夫です」
深呼吸をし、呼吸が落ち着くのを待つ。
それにしても……。
足先から頭のてっぺんまで見てみる。
ブランドのロングヘアーって如何にもお嬢様、って感じで可愛い。
息切れしている姿も絵になるってどういうことなんだろう。
学年は一つか二つか下かな?
「そっか、良かった。それじゃあ気を付けてね」
「あ、ちょっと待ってください!」
立ち去ろうとしたところ声をかけられた。
「ん?」
「あの……助けてくれてありがとうございます」
「あぁ、うん。さすがに、ね。無事で良かったよ」
「はい、あの……」
「あっ! ごめん、もう行かなくちゃ! じゃあね! リンちゃん行くよ!」
「あぁ、もう、待ってよ」
呆れるようにして付いてくる。
「あ……」
会話を打ち切るように走り出す。
色々見られちゃったからね。
深く追求される前に去るべし!
走ったおかげで学校へは何とか遅刻せずにすんだ。
なんか最近いろいろなことが身近で起こっているよね。
私が悪いわけじゃないと思うんだけどなぁ。




