33 いきなり事故
遠足から数日経過した、ある日の学校からの帰り道。
いつもと同じく、リンちゃんと帰路に着く。
退院後はリンちゃんも元気に登校していたから一安心だった。
魔法についても特に言い振らしていないとのこと。
よかったよかった。
「最近、駅前に新しいケーキ屋が出来たんだって。聞いた話によると、すっごいおいしいらしいの。食べに行きたいね〜」
「へ〜、そうなんだ」
「ふわふわ食感で口の中で溶けるらしいの。気になるよね」
上の空で受け答えしていた頭を切り替える。
この子はよく喋るんだよね。
人当たりもよく、クラスの男女分け隔てなく接する彼女は、いつの間にかクラス一の人気者となっていた。
今までは私含め、色々な子たちと接していたけど、森の一件からは私とばかり喋るようになってきて、正直周りの視線が痛い。
理由は……やっぱり魔法なのかな。
他の人たちには使えない特殊な能力。
使い方によっては良いことも悪いこともなんでも出来るこの力。
「コトミ」
信号待ちのタイミングで、リンちゃんに声をかけられ、思考を中断させる。
「……なに?」
「コトミが何を考えているか当ててみようか?」
ニマニマしながら唐突にそんなことを言う。
「ずばり『どうして私と一緒にいるんだろう?』だよね!」
ビシッと、効果音が聞こえて来そうなポーズを決める。
相変わらずこの子は、人の表情から思考を読んで……。
「まぁ、そう、だね」
歯切れが悪くなりながらもそう答える。
「コトミのことだから、どうせ裏があるとか思っているんでしょ」
ギクッ。
「まったく、疑り深いというか、保守的というか。実は友達いないでしょ」
「そ、そんなことないよ。クラスの子たちとは時たま喋るし、人見知りするわけでもなく、別に一人ぼっちではない」
「そういうのは、友達と言わないわよ」
ピシャリと言い切られる。
「…………」
「友達と言うのは、そうね、対等な関係で一緒にいると楽しくて、困った時はお互い助け合える、そんな関係の人たちのことかな。コトミはいないの?」
「いない……ううん、むかし一人だけそういう人いたかな。その時は友達と思っていなかったけどね」
「うわっ、コトミ酷いね。その人可哀想」
口元に手を添えながら大げさなリアクションを取るリンちゃん。
わざとらしい……。
「いやいやいや、そんないい物でもないからね? うるさいし、足を引っ張るし、人の邪魔ばかりするし」
「でも、楽しかったんでしょ?」
……まぁ、そうだね。
口に出すと恥ずかしいけど、あいつといた時は毎日楽しかったかな?
やかましいし、邪魔と思う時が多かったけど、充実していたのかな?
……腹が立つから感謝とかしないけど。
「そういう人は友達だよ。ワタシもね、コトミに助けられたから、困った時はコトミを助けたいと思うんだ」
「リンちゃん……」
「もちろん一緒にいて楽しいからっていうのもあるけどね。それは魔法とは関係なしに、かな? 他の子たちはどうも子供っぽくてさ」
悪気は無いんだけどね-、と言いながら、あははと笑う。
そっか。私一人が思い悩んでいたけど、そんなに難しいことじゃないんだ。
一緒にいて楽しい、か。
そういうことなら、私もリンちゃんとは友達なのかな。
一緒にいると楽しいし。
……この世界での初めての友達。
実は今までぼっちだった、ということは考えないようにする。
「ほら、コトミ置いて行くよ」
つい立ち止まって考え事をしてしまった私を、急かすように声をかける。
いつの間にか信号が青になっていたか。
「待って、今い……く?」
ふと、前を見た時に、リンちゃんに向かって猛スピードで走ってくる車が目に入る。
歩行者用の信号は青、信号無視ッ……!
リンちゃんはまだ気づいていない。ちっ――!
「リンちゃん!」
私の叫びに呼応するかのように、車へと振り向くがもう遅い。
咄嗟に魔力を練るが遠すぎる。
少しでも軌道を逸らそうと、車に向かって風槌を叩き込む。
風槌によって車がひしゃげるのと同時に、鈍い衝突音が、赤い血飛沫が視界に入る。
――そのまま、人影が二度三度跳ねて行く。
「リンちゃ――」
「あっぶな。さすがにヒヤッとしたよ」
「…………え?」
元いた場所からちょっとズレるように立っているリンちゃん。
「あれ……? リンちゃん? 無事なの?」
駆け寄り、治癒魔法をかけながらリンちゃんの身体をペタペタと触る。
「うひゃ、こそばゆいよ、コトミ。そういうことは人のいない所でしようよ」
「なにバカなことを言っているの……うーん、生きているね。じゃあさっきのは?」
車が通り抜けた方を見ると、跳ねられ遠くまで飛ばされた人影が……。
ちなみに車は近くの電柱に突っ込んで停止していた。
「あの人、急に飛び出して来たんだよね。たぶん、ワタシを助けようとしてくれたのかも。ワタシはバク宙の要領でギリギリ避けられたから良かったけど……あ、コトミのおかげだよ? 魔法、だよね」
後半の部分は声を潜めて伝えてくる。そうなんだ、無事で良かった……。
って、そうだとすると、あの人はリンちゃんの身代わりとなって跳ねられたのか。
……そんなお人好しを亡くしてなるものか。
周囲が騒然とし出す中、リンちゃんの話を最後まで聞く前に、その人の元へと駆け寄る。
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近づいてみると、その人影はスーツ姿の女性だった。
「かはっ……」
「大丈夫ですか?」
まだ息はある。
全身を見ると手足はあられもない方向に向いており、服のいたるところが擦り切れ、血が滲んできている。
車も相当スピード出ていたはずだから生きているだけでも不思議だ。
長いブロンドの髪も道路に広がっている。
歳は二十代後半かな。
「それは、こっちの、セリフだね。嬢ちゃんたち、の方こそ、大丈夫だった、かい?」
肺がやられているのか、言葉に力がなく、吐血する。
道路の黒い染みは血の臭いと共にとめどなく広がり続けている。
「おかげさまで。どうしてあの子を助けたのですか?」
「はん、子供を、守るのに、理由が、いるかい……。げほっ、げほっ!!」
相当量の吐血。
内臓か、肺が傷ついているのだろう。
……仕方がない。
ここでこの人が死んだら後味が悪すぎる。
そっと、女性の手を握り、魔力を練る。
一気に治すほどの魔力は無い。
少しずつ、時間がかかるが――ゆっくりと、確実に治していく。
治癒魔法を発動するたびに魔力が切れる。
切れた直後、魔力は瞬時に回復する。
再び治癒魔法を発動させる。
数度、魔力の消費と回復を繰り返す。
久しぶりの感覚に振り回されないよう注意を払いながら――、
「くそ、こんなところで、死んで、たまるか、よっ」
「大丈夫ですよ。死なせはしませんよ」
「何を、言って……」
「もうすぐ、救急隊も到着します。きっと大丈夫ですよ」
継続し治癒を施す。
身体の傷は治した。
複雑に骨折していた骨も、後遺症が残らない程度には治した。
――よし。
握っていた手を離す。
サイレンの音が近づいてきた。
「もう少しご自分の身体を労わってくださいね」
「ふん、ガキに説教されるとはね」
大分顔色が良くなってきた。
あとは救急隊にまかせても大丈夫だろう。
「ゆっくり休んでください」
そう言いつつ私は立ち上がった。
ちょうど救急隊の人も到着、公安や報道陣の人も来ており、周りが騒がしくなってきた。
事故を起こした車の周囲にも救助の人たちが埋め尽くしている。
運転手も助けられているところだった。
遠目に見る限り、大きな怪我を負っているようには見えないね。
あとは任せても大丈夫かな。
そのまま救急隊とすれ違うように、人混みの中に消える。
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ふぅ、厄介なことに巻き込まれてしまった。
「リンちゃんは大丈夫?」
人混みから少しだけ離れたところで待っていたリンちゃんに声をかける。
「うん。おかげさまで。あの人は大丈夫?」
「なんとか怪我は治したよ。あとはあの人の体力次第かな」
「そっか。ありがと。何かあったらさすがに目覚めが悪いしね」
二人とも同じようなことを思いながら振り返ると、彼女がちょうど救急車両に乗せられるところであった。
応急処置程度にしか治さなかったけど、命に別状はないよね。
悪い人じゃなさそうだし、これぐらいはいいかな。
「早く元気になってくださいね」
そう、祈るようにつぶやき、その場を離れる。




