30 川遊び
遭難三日目、だいぶこの生活にも慣れてしまった。
「自給自足の生活ってこんな感じなのかな」
「多分、違うと思う。普通は生き長らえることで精一杯なんだけど」
代わり映えの無い景色を歩きながら、気晴らしに他愛もない会話を繰り広げる。
朝ご飯は昨日の残り物、肉ばかりでは栄養が偏るけどこの状況では致し方がない。
三日目だから、そろそろ街に出てもいいような気がするんだけど。
時折顔を覗かす太陽の位置で方角を確認しながら、森の中を歩いていく。
しばらく歩いたところで生い茂っていた草木が無くなり、目の前には青空が広がってきた。
緩やかな斜面の下には、流れが穏やかな川が広がっている。
雨季から外れているためか川自体は細く、ほとんどが石砂利に覆われている場所になっていた。
「あー、やっと広い場所に出たねー」
「もう、森の中は飽きたよ」
「これだけ広ければすぐ見つけてくれるかな」
「どうだろ? 狼煙でもあげてみる? 見つけてくれないなら、川を下って海まで出る方法があるけど」
「歩き疲れたから少し休みたい」
「じゃあ、ご飯にしようか」
リンちゃんと一緒に川まで歩いていく。
魚がいれば良いんだけど。
そうつぶやきつつ、川面に手をつける。
全魔力を注ぎ――。
「雷撃」
雷の魔法を放つ。
少しすると周囲から魚が浮いてきた。
「おぉ~大漁大漁!」
電気による狩猟は一般的に禁止されているけど、今は仕方がない。非常事態だしね。うん。
「リンちゃん魚採れたよ~」
そう声をかけ、リンちゃんの方を見ると。
じーっ、と言う言葉が合いそうな目で見てくる。
「え? どうしたの?」
「いや……いまさらながら、やっぱり便利だなぁ、っと思って」
「あ〜、もう聞き飽きたよ、その言葉は」
ため息混じりに応えつつ数匹の魚を川から引き揚げる。
「じゃあ、ワタシは薪を拾ってくるね」
「あ、昨日の余った薪を収納に入れてあるから、それを使おうか」
収納を若干圧迫しているけど、これぐらいなら問題ない。
どうせすぐ使うだろうしね。
「…………」
「な、なによ」
「いや、もう何も言うまい」
呆れつつ答えるリンちゃん。
「勝手に一人で納得しないでよ」
川から少し離れたところに、収納から出した薪を積み上げ、魔法で火をつける。
「便利すぎてサバイバル感ゼロだね」
「遭難しているのにサバイバル感求めないでよ」
先ほど取った川魚を木の枝に一匹ずつ刺して火にくべる。
「焼いている間に生木取ってきちゃおうか?」
「え?」
狼煙を上げるにはやっぱり生木だよね。
そういいつつもと来た森に向かう。
手頃な木の近くに立ち、
「この辺の枝が丁度いいかな」
「……枝って、木から生えているよ?」
「あぁ、うん、大丈夫。ちょっと離れていて。――鎌風」
瞬間、風の刃が数本の枝を切り落とし、上空に抜けていく。
「よし、じゃあリンちゃん、運ぶの手伝って」
「…………」
「ん? どうしたの?」
「はぁ……もう、なんでもありということね。はい、はい」
「え? なんでそんなに投げやりなの?」
私の言葉には取り合わず、無言で枝を拾っていく。
その後、何回か枝を切り落とし、お互い両手に抱えるほどの生木を用意した。
「生木だけだと、なかなか火がつかないんじゃないの?」
「そうだね。でも、さっきよりも火力を上げるから大丈夫だよ」
「はぁ……わかった」
「?」
魚を焼いている焚き火から少し離れた所で、生木を組み上げる。
普通、生木というものは水分が多く入っていて容易には火がつかない。
こういう時、魔法は便利である。
「うーん、これぐらいかな? えいっ」
さっき焚き火に火をつけた時よりも、少し多めの魔力を注ぎ込み、火の玉を飛ばす。
着弾すると同時に、燃料を投下されたかのように、生木が大きく燃え上がる。
「おとと、ちょっと離れようか」
「コトミは加減を知らないね」
「馴れていないからやりすぎちゃっただけだよ」
しばらくすると生木そのものにも火が移り、白煙が漂ってきた。
「うわぁ、臭いがキツそう」
「もうちょっと離れようか」
二人して距離を取る。
白い煙を上げることはできたし、そろそろ魚も焼けてきた頃かな?
そう思い、もう一つの焚き火の近くに腰を下ろす。
いい焼き加減になっていた魚を手に取り、二人で食べる。
塩も何もないけど仕方ない。
さすがに調味料までは持っていないからね。
「なかなかイケるね」
「いまさらだけど、お嬢様のリンちゃんがウサギやクマ、野魚まで食べるとは思わなかったよ」
「ふふん、こう見えてもアウトドア派なんだよ」
いや、アウトドア派だとしてもウサギやクマは食べないだろう。
まぁ、本人が問題ないのであればいいか。
もちろん私も問題ない。
一匹を難なく食べきり、次の魚へと手を伸ばす。
リンちゃんも同じく手を伸ばしている。
その後も二人で黙々と食べる。
「ふーっ、お腹いっぱい。けぷ」
可愛いゲップを出しながらお腹を撫でるリンちゃん。
「お嬢様がはしたないよ」
「コトミまでワタシをお嬢様扱いしないでよ。こんな性格なんだから、気を抜けられる時は抜きたいじゃん」
ムスッとした顔で反論してくる。
「まぁ、いまさらお嬢様口調で話されても違和感しかないしね。リンちゃんはそれでいいんじゃない?」
「なんかバカにされているような気がするんだけど。家族やお手伝いさん以外で、本当のワタシを知っているのはコトミだけなんだよ? 少しは誇りに思ってもいいと思う」
いやー、確かに取っ付きやすい性格ではあるけど、ギャップが激しすぎて戸惑うことも多い。
他の人が知らないリンちゃんのことを、私だけが知っている、というのは誇れることか?
まぁ、学校の人気者であるリンちゃんの秘密を知っているわけだしな。
「……って、私だけが知っているって、他に友達がいないってこと?」
「…………」
「…………」
「いや、ほら、クラスの子達とは仲良くやっているし……、外ではお淑やかにする必要があるから、この性格も内緒にしているだけだし、別に友達がいないわけじゃないよ」
じーっ。
「な、何よ」
「ま、リンちゃんはリンちゃんだしね。いいんじゃない?」
「むー……、なんかバカにされた気がする」
「気のせい、気のせい」
なだめながら、食べ終わった魚たちを片付ける。
片付けると言っても全部焚き火にくべて燃やすだけなんだけどね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ねぇ、コトミ」
「ん?」
もくもくと上がる狼煙をボーッと眺めていた時に声をかけられた。
「助けが来るまで川で遊ばない?」
「……はい?」
遭難中に遊ぶとか何を考えているのか。
「見つかったら怒られるんじゃない?」
「いいの、いいの、細かいこと気にしすぎだよ。遊べるだけ元気! ってところを見せつけないと」
それは逆効果な気がするなー。
「というわけで遊ぼう!」
「何が、というわけ、なのかな……」
はぁ、仕方がない。
たまには子供の遊びに付き合ってあげるか。




