3 人前での魔法行使
数日経ったある日、なんとなしにリビングへ設置してある鏡を覗きこむ。
まだ視力がおぼつかないがそこに写るのは黒色の髪に、黒色の瞳をした女の子。
髪も瞳も漆黒という言葉が似合うほど黒い。
テスヴァリルじゃこんな色の人はいなかったし。
やっぱり転生しちゃったんだよね。
一年考えていたけど転生したという答え以外出てこなかった。
転生した理由は、わからない。
これからどうしようか。
子供だからっていうのもあるが、これからどうやって生きていこうか考える。
子供のうちは両親の温情に甘えのんびりしていこう。
大人になったときはその時に考えるか。
魔法が使えるから生活面では他の人たちよりか有利かな?
科学という、魔法よりも便利な技術もあるし。
なるべく目立つようなことはせず、ひっそりとのんびり暮らそう。
そうだ、前世では叶わなかったのんびりスローライフを送るのもいいかも。
まぁ、前世でも自堕落的な生活をしていたことは否定しないけど……。
一歳になってからこども園と言う預り所に行くこととなった。
両親とも働き盛りか、子供を預けて朝から晩まで働いているようだ。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「あ、アオツキさん、おはようございます。コトミちゃんもおはよう」
声をかけてきたのは、ブラウンヘアーを後ろで束ねた温厚そうな先生だった。
「おあよう」
まだ滑舌が悪いため、幼稚言葉で返事を返す。
「一歳だというのに相変わらずしっかりしていますねぇ」
「えぇ……本当に一歳かと思えないほどで、家でも大人しいんですよ。あまり泣かないから逆に心配しちゃって……」
そんな事を言われても……嘘泣きとかすると余計怪しくなるだろうし。
先生に抱かれ、こども園の中に入る。
生まれたときから言葉はわかるし文字も読める。
言葉の壁が関係ないなんて、それだけでも十分反則技だと思う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからしばらくして、二歳になった。
変わらずこども園の生活は続いている。
まぁ、今の生活は正直悪くはない。
食べるものには困らないし、面白いものも街中に溢れている。
不満があるとすれば、子供ということで自由が無いことか。
どこへ行くにしても誰かと一緒。二歳だから当然と言えば当然か。
いまはこども園から外に出て街中を歩く散歩の時間。
まだ歩けない子供もいるから、八人は立てるようなカートに入り、先生に引かれ散歩する。
小柄な子供とは言え、八人乗ると少し狭い……。
楽しそうにはしゃぐ子供たち。振り回す手が顔に当たり、少々不愉快……。
ま、まぁ、子供のやることだし。寛大な心で大目に見よう。
道路の端にある歩道をゆっくりと歩く。
交通量は多くないけど、時たま通る車に子供たちは大騒ぎ。
きゃっきゃっ、きゃっきゃっ。
「コトミちゃん、大丈夫? 酔っちゃったかな?」
声をかけられ、見上げる。
いつものブラウンヘアーの先生だった。
名前は確か、ハナ先生だったか……。
「大丈夫。ただ、ちょっと狭い」
言うが早いか、後ろの子から後頭部に平手打ちを食らう。
……わたしは、おとな。がまん、できる。
「あはは、他の子は外の景色に夢中だしね……。もうちょっと我慢できる?」
「うん。わがままは言わない」
「あはは……助かるよ」
二歳児との会話には思えないけど、先生も慣れたものだ。
というより、他の先生たちは気味悪がって私にあまり関わってこない。
あからさまな無視をするわけでもなく、事務的に接するような感じではあるが。私としても余計な気を使わなくていいから助かっている。
ハナ先生は気にならないのか、二歳児に対しても、五歳児に対しても、大人に対しても同じように接している。
気にしていないのか、不器用なだけなのか……。
カートは引かれ、散歩は続く。
周りではきゃっきゃっと楽しそうな声が聞こえ、すれ違う大人たちからは微笑みのまなざしを向けられる。
転生してから二年も経っているので見慣れた街中であった。
石造りの建物が並び、出先に店が並ぶ。
良くあるような雑貨屋や飲食店、本屋、花屋、などなど。
大通りとはいえ、車道と歩道は分かれているため、比較的安全な場所ではあるが――。
突然、大きな音が響く。
反射的に音のする方へ顔を向けると、車同士がぶつかり、一台の車が……こっちに向かってくる!?
「っ……転」
移と、反射的に続けようとしたところ踏みとどまる。
周りに、先生や子供たちがまだ……っ!
自分一人であれば難なく切り抜けられたであろう。
しかし、先生や子供たちを、見捨てるわけには……。
心の中で小さく舌打ちをし、練った魔力を強制的に違う魔法へと変化させる。
私の魔力量では正面から受け止めることは不可能……と、なれば――。
地面へ意識を集中させ、隆起させるように魔法を唱える。
目の前まで迫っている車の地面が盛り上がる。
全てを盛り上げるのではなく、あえて右前輪のみ、傾斜になるように盛り上げていく。
猛スピードで突っ込んできた車は、傾斜に乗り上げ、傾いていき――。
耳を紡ぐような衝突音が真横で響いた。
一瞬の静寂のあと――。
「「「ふえええぇーーんっ!!」」」
先生たちは腰を抜かし、子供たちが泣き叫ぶ。
ギリギリのところで流すことができた。
「ふぅ……」
間に合った……。
小さくため息を吐き、周りを見渡す。
さすがに、見られていないかな。
「……あっ」
呆然と、その場に立ち尽くしている先生と、目が合う。
あの、ブラウンヘアーのハナ先生だ。
咄嗟に目をそらす。
バレた……っ?
いや、この世界に魔法は無い。
きっと、いつもの無感情な子供と思ってくれる、はず。
その後、周囲は騒然としだした。
街行く人たちが心配そうに覗きこむ。
救急隊が駆け付け、状況を確認してくる。
座る際に腰を打ち付けた先生がいたが、全員無傷だった。
隆起させた地面は戻している。
調査されてもきっとわからないだろう。
はぁ、とんだ散歩になってしまった。