296 テスヴァリルの食文化と職業事情
テスヴァリルへ行く前に、向こうの世界のことについて説明会を開くこととなった。
とは言っても、細かいところはその目で見た方が早いし、いまは最低限の情報だけでもいいや。
「テスヴァリルも異世界とはいえ、この世界と結構似通っているところはあるの。例えば時期によって暑かったり寒かったり、人間が居て動物が居て、植物が生えている。魔法があったり魔物が居たりするのはこの世界との違いかな? 魔法がある分、この世界での科学に匹敵するような技術はないかも。そういうと文明レベルには差があるね」
食堂兼話し合いの部屋で紅茶を飲みながら説明する。
「あと、食文化も結構似通っているけど――圧倒的に甘味、甘い物が少ない」
その言葉でカレンとルチアちゃんの表情が絶望へと染まる。
「ま、まぁ、まったく無いというわけではないから……。ちょっと……うぅん、かなり高いけど、お金さえあれば食べられるから、ね」
うな垂れてある二人に向かってそう声をかける。
確かに、この世界の甘味に慣れちゃったら、向こうじゃ辛いかな?
それでも、向こうは向こうでおいしいものはあるし、なんとかなるだろう。
「……そんなことを考えていたら、久し振りにあれが飲みたくなってきたなぁ……」
「「あれ?」」
カレンとルチアちゃんがほぼ同時に声を上げる。
「そう、あれ。アウルならわかるでしょ?」
急に話を振られ、目をパチクリするアウル。
他の子たちと一緒に話を聞いていたようだけど、あんたはこっちの説明する側の人間でしょ。
「あれって……まさかエール?」
驚いたような、どこか呆れたような声でアウルは答える。
「そう、それ」
こっちの世界にも似たような飲み物はあるんだけど、当然年齢制限で手を出せていない。
両親無き今であれば自由に手を出せる物であるが、どうも身体が子供だからか、そこまで欲してはいない。
でも、テスヴァリルに行ったら年齢制限は関係ないよね。
「向こうでも年齢制限はあるよ。ちなみに、私たちの年齢でも、あれはアウト」
ため息をつきながら事実を述べるアウル。そんな事実なんていらないね。
「そんなの、わかりゃしないって」
「ぶっちゃけたね……。生まれ変わって真面目になったと思ったのに、相変わらずだよね」
別に生まれ変わったからって性格が変わるわけじゃないしね。
この世界では規律が重視されているから、それにならっているだけで、テスヴァリルみたいに、犯罪行為以外が許容されているのであれば、それは自由だ。
……ヤバイ、テスヴァリルが楽しみになってきた。
「……なんとなく、コトミさんの考えていることがわかりますが、エールってお酒ですよね? おいしいんですか?」
「このおいしさは子供にはわからないだろうね」
「自分も同じ子供のくせに」
リンちゃんからのツッコミはスルー。
アウルは呆れたようにため息をついている。
ルチアちゃんもあまり興味はなさそうだし……。
「向こうに行ったらカレンも一緒に飲んでみる?」
「ぜひ、お供させてください」
うんうん、私の味方はやっぱりカレンだけだよね。
そう思って頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めだした。
「カレン、あまりコトミを甘やかしちゃダメよ? 放って置いたら何をするかわかんないんだし」
リンちゃんもあきれたようにカレンを戒める。
「なんだ、みんな信用無いな。まぁ、確かに? テスヴァリルじゃ誰にも注意されることなかったから、かなり自由にさせてもらっていたし。一日中寝ていることだってあったな」
「「はぁ……」」
リンちゃんとルチアちゃんがため息をつきながら、アウルは呆れた顔を向けてくる。
カレンは……変わらず私のそばに居る。
……そっと、身体を寄せてやると嬉しそうに抱き付いてきた。
「そうやって甘やかすから、コトミがまたズボラになっていくんだよ……」
アウルのぼやきは聞かないこととした。
「こほん。まぁ、この話は置いといて、向こうの食事は基本あまり変わらず、すぐにでも慣れると思うよ。次に、住居だけど、これも一昔前の木造住宅とか、レンガ造りが多いかな。電気なんて当然ないから、暖房は薪ストーブだし、冷房代わりに水浴びするような感じだね」
カレンやルチアちゃん、リンちゃんがふむふむとうなずいている。
「服装についてはこの前説明したし、次は仕事かな?」
周りを見渡すと、特に異論がないようで、そのまま説明を続ける。
「向こうでもいろいろな仕事はあってね。ただ、農業が主要な産業だから村人のほとんどは農家かな。町民だともう少し多彩ではあるけど、ほとんどはこの世界と似ているかも。異世界……というよりファンタジー要素が強い職業もあるけどね」
「コトミさんやお姉ちゃんがやっていた冒険者というものはどんな職業なんですか?」
ルチアちゃんが挙手し、疑問を口にする。
「うーん、一言で言えばなんでも屋かなぁ。依頼があれば荷物運びや警備に護衛、薬草採取や魔物退治までやるし」
「確かに、冒険者って、どこか便利屋さん的な立ち位置にいるよねー」
私が説明すると同じように相づちを打ってくるアウル。
アウルの言うとおり、依頼があればなんでもやるのが冒険者だ。
当然、ギルドランクによって受けられる仕事も変わってくるけど、この話はまた今度。
「そうだねー。どの仕事に就いてもいいけど、とりあえずはみんなで冒険者登録しようか。そうすればある程度の身分は保障されるし、お金を稼ぐのも容易だと思う」
周りを見渡すと、特に異論もないようで、うんうんとうなずいている。
「そういえば、冒険者登録の際に職業を書くところがあるんだけど……私は魔法使いで、アウルは剣士だね。ルチアちゃんも魔法使いで、カレンは……魔法使い? シロも魔法使いでいいか……」
「どんな歪なパーティーよ」
横からツッコミを入れてきたのはリンちゃん。
前衛一人に後衛四人のパーティー。
前衛の負担が大きすぎるか……。
「まぁ、私も剣は振れるし、いざとなったらアウルのサポートぐらいできるよ」
それでも、専属の前衛がもう一人は欲しいな……。ん?
「そういえばリンちゃんも前衛になるのかな?」
「ワタシ?」
急に話を振られ、驚くリンちゃん。
「うん。リンちゃんって、確かいろいろと武術をたしなんでいたって聞いたけど」
「そりゃまぁ……ある程度は……。でも、テスヴァリルで通用するかは別物よ?」
まぁ、そりゃそうか。
剣術にしろ格闘技にしろ、人間相手と魔物相手じゃ勝手が違うだろうし。
「ちなみに、どんなのが得意なの?」
「んー、薙刀ってわかる? ……って、コトミならよく知っているか。それが扱える武器の中でも得意な方かなぁ」
薙刀――東国に伝わる武器の一種で見た目は槍のようではあるが、長尺の棒に反りのある刃をつけた武器であり、槍と違って『突く』、『叩く』以外に『斬る』という攻撃も可能である。
その遠心力を利用した斬りつけ攻撃は大の大人でも防ぎきれないほどの威力ともなるため、非力な女性でも極めれば絶大な武器ともなる。
「へー、そうなんだ。どんな物か知っているだけど、実際使っている人は見たことないね。あとで手合わせしてみようか」
ちょっと興味があり、リンちゃんへそう提案してみる。
「そんな簡単に言うけど、ヘイミムの街に置いてきちゃったからね。また今度かな」
そういえばリンちゃんは着の身着のままでデネイラに来たんだった。
んー、残念。まぁ、また今度か。
「それに、ワタシは……行くだけの実力もないしね。頭数には入らないよ」
そうやって、寂しそうに目を伏せるリンちゃん。
「リンちゃん……」
私に何か出来ることがないか。
そんなことを考えながらも言い考えが思い浮かばず、この話はそこで終了となった。




