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293 〔エルヴィナ家を救った少女の存在〕

「お姉様のバカ」


 フェリサは怒り心頭であった。

 しかし、口調ほど怒っているわけではない。

 ただ、せっかくの長期休みをコトミと一緒に過ごそうと思っていたのだが、コトミが両親の元――遠方に行ってしまうため、一緒に過ごすことを断念したのだ。


「ぶー」


 フェリサは口を尖らせながら、やるせない気持ちを手元のぬいぐるみにぶつけるのであった。



 数日経ったある日、アルセタの街から離れたヘイミムの街で、一つの会社がこの世から消え去った。

 どうやら、あくどい方法で金を稼いでいたため、何者かに潰されたらしい。

 エルヴィナ家のテレビではそんなニュースが流れていたが、誰も気にしないまま人々の記憶から消え去っていった。



 さらに数日経ったある日、ヘルトレダ国からロフェメル国行きの飛行機が墜落したらしい。

 大々的に取り上げられたそのニュースは様々な人の目に触れた。

 エルヴィナ家の会社社長であるフリックは、社員が犠牲になったと聞き、即座に現地へと(おもむ)いた。

 乗客乗員全員が死亡したその飛行機は、搭乗者リストがテレビへと流れたが、そこに映った東国の夫妻の名前を気にする者は誰もいなかった。



 十日を過ぎたころ、ヘルトレダ国内でテロ活動が活発化してきた。

 もともと内乱が耐えない国ではあったが、そろそろ情勢が良くないのではないか――。そう、人々の間にいろいろな噂が流れた。

 ある者はテロ行為がロフェメル国の仕業だと。

 ある者はテロ行為が戦争に向けての足がかりだと。

 ある者はテロ行為が自作自演で同情を買おうとしているのだと。

 メディアの取材で、黒髪黒眼の少女がテレビの片隅に映るが、誰も気がつくことはなかった。



 二週間が経過したころ、ヘルトレダ国のとある傭兵組織が壊滅した。

 理由はハッキリとしていないが、頻発しているテロ行為との関係を疑われており、その報復ではないかと言われている。

 ただ、ミサイルを撃ち込まれたかのような惨状に、証拠は何も残っておらず、この件については迷宮入りとなった。

 その中で生き残った、とある三人組の話によると、黒髪黒眼と銀髪緋眼、その少女二人の仕業らしいとのこと。

 その証言に大部分の人たちは聞く耳を持たず、その事実は明るみにならなかった。



 その直後、ヘルトレダ国からの宣戦布告により、ロフェメル国との戦争が始まった。

 アルセタの街は国境から離れているため、すぐに影響が表面化するわけではないが、エルヴィナ家は慌ただしく、駆け回ることとなった。

 戦争が始まれば経済が停滞し物流が滞る。

 市民生活にも企業活動にも影響が出る。

 即座に行動へ移すのは当然であった。

 そのマリセラの背をフェリサは心配そうに見守るしかできなかった。



 長期化すると思われていた戦争。

 それが呆気なく、わずか一日で終結してしまった。

 ヘイミムの街から離れているアルセタでは、ことの成り行きがわからなかったため、マリセラたちは戸惑った。

 それでも、フリックがヘイミムの街に居たことから全貌が明るみになった。


「お姉様……」


 その話はフェリサの耳にも入る。

 マリセラは納得したかのように、フリックの話に深くうなずいてた。



 連日報道されるニュース番組。

 そのほとんどは今回の戦争に関わることであった。

 もっと具体的に言うのであれば、戦争に関わった少女たちのことである。

 ヘルトレダ国からの侵攻を阻止した双子の姉妹。

 大陸間弾道ミサイルを防いだ黒髪黒眼の少女。

 最初の二人はわからないが、最後の少女はフェリサがよく知る人物であった。


「お姉様……」



 それから数日経ったある日、マリセラに一本の電話があった。

 よく知る少女の、久し振りのその声はどこか疲れており、覇気(はき)が無いように感じられたが、マルセラはそのお願いを二つ返事で了承した。

 (フリック)(マリセラ)(フェリサ)、家族三人とも命を救ってもらった少女。

 今この時に恩を返さないでなんになると。

 マリセラはやる気満々であった。



 少女の対応について、マリセラはフリックに任せた。

 ことの成り行きを最初から見守っていたというのもあるが、運が良く勘が冴えているフリックはイレギュラーに強く、こういう時に適任である。



 無事、デネイラに送り届けた少女たちであったが、その数日後、再びの電話があった。

 休まらない少女たちを想い、マリセラは深いため息をついた。

 その後、事件については何事もなかったかのように解決し、再びデネイラへ送り届けることとなった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あの嬢ちゃんたちはいったい何者なんだ」


 久し振りにアルセタの街へ戻ってきたフリックは、帰ってきて早々に口を開く。


「アタシが知っている限り、コトミの嬢ちゃんは瀕死の重傷を不思議な力で治し、大の大人たちを手駒に取れる、魔法使いみたいな存在さ。それ以外はわかんないねぇ。ペリシェール家の嬢ちゃんとは面識があるが、あれはいたって普通の少女に見えるしね」


 フリックの質問に呆れかえったように答えるマリセラ。


「コトミの嬢ちゃんもそうだけど、他の少女も規格外だぞ……」


 フリックは肩を落としながらも、無事送り届けられたことについて安堵していた。

 まぁ、仮に襲撃にあったとしても、あの少女たちでは返り討ちになるだけなのであろうが。


「それより、落ち着いたらお礼を言いたいって連絡があったね。呼ぶと火種になりかねんから、家族三人で向かうとするか」


 テレビで連日報道されている姿を見ると、変に接触するわけにもいかない。

 エルヴィナ家が支援者(スポンサー)となっていることは、土地を提供している以上、周知の事実となっている。

 そのため、コトミたちのいるデネイラへ行くこと自体は問題ないはず。


「そうとなれば早速準備をするか。フェリサも行くだろ?」

「当然です」


 かくして、エルヴィナ家三人のデネイラ行きは決定したのであった。

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