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291 〔お手伝いさんと不思議な少女〕

 翌日、電話がかかってきた。

 番号は――例の娘さん。


「……もしもし」


 はやる気持ちを抑え、電話に出る。


『あ、エリーさん。すみません、連絡が遅くなってしまったのですが、数日間留守することになりまして……。せっかく作っていただいたご飯とか無駄にしたかもしれません』


 電話口の向こうで申し訳なさそうに謝る娘さん。


「……それは昨日のうちに片付けておいたので問題ありませんが……。いったい何があったのですか?」


 心配ではあったが、案外元気そうな口調ではある。

 あまり長電話できないと前置きを置きつつ、ここ数日間のことを説明してくれた。

 娘さんの話によると、学校行事の遠足としてアルテスト自然公園に行ったが、その裏手で迷子になり三日ほど彷徨(さまよ)っていたらしい。

 電波も届かないような場所であったため連絡も取れなかったが、なんとか今日救助され病院に着いたとのこと。


「…………」


 電話を切って深いため息、安堵の息を漏らす。

 迷子……というより遭難でしょうが。

 年端もいかない少女がどうやって三日も遭難して生き残れるのだろうか。

 いろいろ疑問に思うところはあるけども、まずは教えてもらった病院へ行こう。

 連絡を受けたとはいえ、その元気な姿を見るまでは安心できない。

 出かける準備のため立ち上がった時にふと思う。

 ただの依頼主のところの娘さんなのに、なぜそんなに心配しているのだろうか。

 自分の気持ちに戸惑いながらも、それは決して不快な感情ではないことに気づく。



「あ、エリーさん」

「……お元気そうでなによりですね」


 教えてもらった病室へと足を運び、目にしたのはベッドに身体を起こして、本を読んでいる例の娘さんだった。

 特に疲弊しているようにも見えず、その笑顔はいつも目にする笑顔だった。当然、目は笑っていない。

 その娘さんは手にしていた本を(かたわ)らに置き、こちらへ向き直る。


「心配させてすみません。スマホが繋がらなかったもので、連絡ができませんでした」

「……それは構いませんが、ご両親は大丈夫ですか?」


 さすがのご両親も心配して飛んできそうなものだけど、いま現在その姿は病室に見えない。


「あ、はい。いつもどおり電話で説明しておきました。少し心配されましたが、元気だと伝えたらすぐに仕事へ戻ったようです」

「…………」


 いやいやいや、おかしいでしょ。

 どこの世界に遭難した子供を放って置いて仕事を続けるの?

 あぁ……ここにいましたか、そうですか……。


「あ、それ……」


 娘さんの視線を辿ると……。


「あぁ、これですか。手ぶらというわけにもいかなかったので、お見舞いの品です」


 そう言って、脇のテーブルへとバスケットを置く。


「わざわざすみません……」

「……これもお仕事の内ですから」


 恐縮する娘さんに遠慮されないよう、咄嗟に言葉が出る。

 別にご両親から頼まれたから来たわけではない。

 実際のところ、自分の意志でこの場にいるのだが、仕事と関係もないところで、こうやって娘さんと会うのはなんとなくはばかれる。

 ただの依頼主の娘さんなのだから……。



 その後、二言三言会話し、案外元気そうなことで胸をなで下ろす。

 三日ほど入院する必要があるため、家には帰られないけど、家事は継続してほしいとのこと。了解。



 娘さんの退院後も特に代わり映えなく家事は続けていた。

 数日経ったある日のこと。

 娘さんからご友人の家に泊まるため、家事の頻度を減らしてほしいと連絡があった。

 どうやら一ヶ月ほど、留守にするらしい。

 一ヶ月お泊まりって……あの親にこの娘あり、か。

 半ば呆れながらも了承する。

 多少寂しく感じる自分がいるが、その感情には気が付かないことにした。



 娘さんがご友人の元へ行かれてから半月が経過したころ、隣国のヘルトレダ国との戦争が勃発した。

 前線はヘイミムの街だという。

 ヘイミムは、この街アルセタから離れてはいるが他人事ではない。

 戦火に巻き込まれる前に、早めに避難しなければ。

 そう考えていた翌日、長引くだろうと思った戦争が終結してしまった。

 いや、まだ休戦状態ではあるが、それも時間の問題だろう。

 拍子抜けだった。拍子抜けだったが、終わってくれるのであれば幸いであった。

 荷造りしていた荷物をあらためて荷(ほど)く。

 そんな最中(さなか)、つけていたテレビからニュースが流れ込んでくる。


『ヘルトレダ国はヘイミムの街へ総戦力を集結し、進軍を開始する予定でした。しかし、ヘイミムの防衛力が凄まじく、ヘルトレダ国戦力は壊滅、立て直しが不可となり、休戦へと追い込まれています。その立役者として――』


 ……え?

 荷解きの最中、なんとなしにつけていたテレビから思いもよらない言葉が飛び込んできた。


『――双子の姉妹がヘイミムの前線を死守し、黒髪黒眼の少女が街全体を覆う結界のようなものを構築しました』


 ……黒髪黒眼というのは東に位置する国特有の人種で、正直この国ではあまり見かけない。

 偶然の一致か、それとも……。

 その後もニュースは少女たちのことを重点的に報道している。

 時間が経つにつれ明らかとなってくる少女たちの正体。

 数日もすれば黒髪黒眼の少女が誰だったかハッキリとした。


「…………」


 普段はおとなしく、年の割にしっかりとした少女。

 料理にも興味を持っており、静かな笑顔が印象的だった。

 そんな少女が時の人として世間を騒がせている。

 少女を知る身としては、少々心苦しいものがあった。



 さらに数日経ったある日、(くだん)の少女から電話がかかってきた。


『あ、エリーさん。連絡が遅くなってすみません。実は――』


 こちらから連絡をすることは控えていた。

 少女がどのような状況で困っているか、大変かがわからなかったから。

 変に連絡をして、迷惑をかけてはいけないから。

 そう思っていたが、結果として――連絡すべきであった。


「…………」


 電話を切って呆然とする。

 知らないところで少女は大変な状況となっていた。

 両親の飛行機事故――。

 少し前に、ヘルトレダ国で飛行機事故があったと聞く。

 その時は気にも止めていなかったが、まさか少女の両親が乗っていたとは……。

 その話を、今しがた少女の口から語られたときはショックを受けたが、続く言葉には理解が追いつかなかった。


『異世界へと行く――』


 意味が分からなかった。

 分からなかったが、少女が嘘をついているようには思えなかった。

 それから、少女からは契約終了の連絡と、今までお世話になったことへの感謝の言葉をもらった。


「…………」


 その話を相づちを打つ程度でしか反応ができなかった。

 もう少し、気の利いた言葉でもかけられていればと悔やまれる。


「コトミさん……私は……」


 静かに目を閉じ、胸の前で手を握る。

 どうか、あの子が平穏に過ごせるように――。

 そう心より願うことしかできなかった。

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