29 快適な野宿
「えっ!? いきなり裸になってどうしたの!?」
焼肉を食したあと、焚き火から少し離れた場所で服を脱ぐ。
「もう魔法を隠す必要ないからシャワー浴びる」
テスヴァリルにいたときはあんまり気にならなかったけど、この世界に来てからはどうも気になる。
特に、臭いとか……。いや、リンちゃんというよりは自分の臭いがね……。
「シャワーあるの!? ワタシもっ」
リンちゃんも大急ぎで服を脱ぐ。
外だけど人に見られる心配は無い。
こんな遭難者しか来ないような森の奥深くで、ノゾキなんか居てたまるか。
一糸纏わぬ姿となったリンちゃんが駆け寄ってくる。
お互い子供だから変な羞恥心も持たない。
リンちゃんが近くに寄ってきたのを確認し、手の平から温水を出す。
「はい」
「うひゃあぁ」
温度を確かめながらリンちゃんの頭へお湯をかける。
「先に洗って上げる」
「え……あ、うん。ありがと」
髪にお湯をかけ、汚れを落とす。
プラチナブロンドのロングストレート。
「毎日のお風呂大変じゃない?」
「あー、うん、でも慣れればそうでもないよ。コトミも髪を伸ばしてみたら?」
「うーん、私は動きやすい方がいいからなぁ」
テスヴァリルでも髪は短かった。
この世界みたいに、頻繁にお風呂へ入ることなんて出来なかったから、自然と短くなっただけなんだけど、動き回るから結果的に短い方が楽だった。
もちろん、髪を伸ばしている人もいたけど、そういう人は大概裕福そうな貴族とかだったな。
お風呂もお金がかかるんだよ。
「あぁ……確かに、あれだけ激しく動くならそうかな。絡まりそうだしね」
「絡まりそう……って」
「え、何か変なこといった?」
いや、まぁ、確かにクルクル回ることもあるから、そういうこともあるか?
言われれば髪が長い人は後衛職が多かったかな。
「まぁいいや、シャンプーつけるね」
「おぉ、そんなものまで持っているんだ」
「トラベル用のちっちゃいやつだけどね。これぐらいなら収納圧迫しないし」
「うーん、収納魔法、便利すぎる」
便利だけど、私の場合は魔力量が少ないから、あまり沢山のものを持ち歩くことが出来ない。
まぁ、魔力量の上限が減ってもこの世界じゃ問題にはならないんだけどね。
咄嗟に転移が出来る程度の魔力さえあれば良い。
車が突っ込んできたりすることはあっても、急に斬りかかられたりはしない。
……たまに、ニュースとかでそう言う人がいるのは聞くから油断はできないんだけどね。
手の平で伸ばし、リンちゃんの髪をすくように洗っていく。
「髪、綺麗だね」
「え、そうかな」
「肌も透き通るように白いし、羨ましい……」
「あの、コトミさん……?」
「これが人種の違いか」
私だって女の子なんだから可愛くありたいとは思う。
ただ、変な男からのアプローチとかはいらないんだけどね。
「あの……」
「はい、流すよ」
「わぷっ」
合成洗剤が垂れ流しだけど仕方ない。
少量だから多めに見て。
そのまま全身も洗い、魔法で洗い流す。
念の為に持ってきたお泊まりセットがこんな所で役に立つとは思わなかった。
夜の森は冷える。
濡れたままでは風邪を引くかもしれないし、手早く魔法で温風を生み出す。
「ドライヤー代わりに便利だね」
「さすがに普段はやらないよ。スイッチひとつで温風が出るのに、なんで魔力制御しながら髪乾かさなきゃいけないのよ。案外魔力制御って手間なんだよ」
二人をまとめて乾かす様に、温風を周囲に舞い起こす。
砂埃を舞い上がらせないように注意をしながら。
「それに、さっきのシャンプーやドライヤーのような魔法はないよ。これは私が魔力を直接操作して出しているから、普通の魔法使いには無理」
「え? そうなの? 実はコトミってすごい魔法使い?」
「魔法使いじゃなくて魔術師ね。簡単に言うと、魔法使いは定型的な魔法を使う人。魔術師は魔力を直接操作して非科学的な現象を起こす人」
こまかく言うとちょっと違うんだけどね。
「うーん、そうなんだ。普段から簡単に使えれば電気代は浮きそうなのにね」
確かに、ドライヤーの消費電力はエアコンより大きいから、わからないでもないんだけど、使う時間はわずかだから断然ドライヤーの方が楽ではある。
「でもそれより……コトミって魔法使いや魔術師ってどうやって知ったの? 詳しそうだけど」
「…………」
またやってしまったぁ!
ど、どうすれば……。
リンちゃんがニヤニヤと見ているし……くそ、こうなったら……。
「これも、内緒で……」
「ふふ、いいよ。いつかは教えてくれることを信じているね」
く……また勝ち誇った顔して……。はぁ、仕方がない……。
こうやっていつまでも手玉に取られていくんだろうなぁ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「まさか、野宿でこんな快適になるとは思わなかった」
「さすがに寝床は固いけどね」
焚き火へと薪を放り投げながらそう答える。
二日目の夜も初日と同様、私から寝ずの番をする。
クマみたいな生物がまた来ないとも限らないし。
「ねぇ、コトミ」
私のコートに身体を包ませるリンちゃんから声がかかる。
「なに?」
「コトミっていつから魔法が使えたの?」
魔法か……。
正直に答えるわけにはいかないし。
「んー、物心ついた頃には使える様になっていたかな」
嘘ではない。
小さい頃の記憶はないけど、いつの間にか魔法を使っていた。
もちろん前世でのことだけど。
「ふーん……」
な、なんで疑いの目で見つめるのよ。
「ワタシも使えるようになるのかな」
うーん、魔力があれば使えるのかな?
私は魔力測定なんて出来ないからわからないんだけど。
「魔法、使いたいの?」
「そりゃ、あったら便利だと思うよ。それに非科学的な能力って憧れるよね」
そりゃそうか。
魔法を使えるデメリットやリスクなんてほとんど無いんだから。
もちろん魔力切れで倒れることは避けたいけど、気をつけていればいいだけだし。
この世界には魔力を検知して襲ってくる魔物もいないしね。
この世界ではあり得ない魔法という能力に、興味津々のリンちゃんから質問攻めに合う。
早く寝ないと明日に差し支えるよ?
え? ご飯食べたし、多少寝不足でも何とかなる?
いやいやいや、昨日もあまり寝てないんだからね?
睡眠より好奇心が優先?
だぁぁぁ! もう寝なさい! 聞きたいことがあるなら今度教えるから!
……正体がバレたからって居なくならないか心配?
何よそれ、テレビの見過ぎじゃないの?
わかった、わかったから! 友達だから、一緒に居るから。
勝手に居なくなることなんてしないから。
でもさすがにずっと一緒、と言う約束は出来ないからね。
って、なんでそこで泣きそうな顔するのよ。
リンちゃんのことだから演技と言うのはわかるけど、なんか私が悪者みたいじゃない……。
わかった、わかったから……。
あぁ、もう、なんでこんな心配しなきゃいけないのよ……。
リンちゃんの相手で疲れながらも夜は更けていく。