280 妖精少女との会話
その後、同じような鳥を二羽ほど確保。
最初の分と合わせてシロに収納してもらっている。
収納に物を入れると魔力上限減っちゃうし、私の魔力にも限界がある。
シロにも限界はあるだろうけど、私とは比較にならないほどの魔力を保有しているから、多少収納で圧迫しても問題はない。
「んー、そろそろ大物いっておきたいね」
さすがにこんな森にクマとかシカはいないのか、なかなかそういった大型の獣に出会えていない。
普通の人にとって脅威にしかならない獣であるが、私たちにとってはいい食料だ。
「そういえばタイガーベアーが襲ってきた時って、シロが教えてくれたよね? そういう探知系の魔法は使えるの?」
少し幅広い場所に出て来たため、シロは隣を歩いている。
昔は小さく感じたシロだが、今は身長が逆転してしまっており、見上げる必要があるという。うむむ……。
「ん。魔力を持っているものなら探知は可能。ただ、人間や魔物と違い、動物は魔力をあまり持たない。だから、探知は難しい」
あー、そういう話は昔に聞いたことあるな。
だからテスヴァリルでも、魔物の肉より動物――食用に限る――の肉の方が高値で取り引きされていたのか。
「そうなると、地道に探すしかないのかな?」
「ん。でも、方法はある、かも」
半ば諦めていたところへ、方法があると言う。
「ほう? どんな?」
「ん。試して、いい?」
試すだけならタダだし、問題ないだろう。
何かあったとしても、この周りは私たちだけしかいないし。
「いいよー。魔力探知でもするの?」
「ん。それに近い、かも」
そう言うとシロは目をつむり、何かをつぶやく。
よく聞こえないそれは呪文のようだけど――。
「……いた」
「へぇ、探知出来たの?」
「ん。探知魔法とは違うけど、大きいのいた。……あっち」
シロの指差す方角は、また茂みになっている所だった。
……まぁ、仕方がない。頑張って進むか。
「そういえば探知魔法とは違うって……違うの?」
再び草木をかき分けながら進む。
その合間に後ろを付いてきているシロへ問いかける。
「ん。妖精女王の能力。コトミ――シャロがテスヴァリルでいなくなったときも、これで見つけた」
「へー、そんな便利な物が――って、待って。いろいろと突っ込みたいところがある」
草木を分ける手を止めずに後ろを振り返る。
「ん」
「あぁ、いや、歩みは止めなくてもいいからね? えーっと、まず……妖精女王って言った?」
歩きにくい道をどうにか踏みしめ、なんとか前へ進んでいく。そうしながら後ろのシロへと質問。
「ん。妖精女王に、なった」
「……いつ? 最初会ったときは別に、長っ言っていたっけ? その妖精がいたよね」
「ん。この前……シャロの家から森に戻ったとき」
この前って……十年は経っているな。
んー、テスヴァリルの私の家……となると、最後に会ったのが確か帝国だったか?
ふと、思い立ったかのようにシロの胸元へ目をやる。
そこには木漏れ日の中で輝く紫水晶のペンダントが淡い光を放っていた。
ペンダントをあげた直後あたりかな?
「その時に、妖精女王に?」
「ん。長が世代交代だって、あとはお前に託すぞって――」
ふと、シロの言葉に感情がこもっている気がして、手を止める。
「そして、笑って、いなくなった」
「…………」
シロは以前と変わっている。
最初出会ったときは本当に無表情で、何を考えているかわからなくて。
でも、時には嬉しそうな顔も、つまらなさそうな顔もしていて。
それがいまは――。
「なんで、そんなに悲しい顔をするのさ」
シロに近づき、抱きしめる。
私の身長じゃシロを包むことなんてできないけど、それでも想いが伝わればいいな、って思う。
今までの妖精であれば、そんな感情を持つことはないけど――。
上を見上げる。
そこには、泣きそうながらも、笑顔で見下ろすシロの顔が――瞳が交差する。
「私は、ここにいるよ?」
「……ん」
そういって私の身体を包み込むように抱きしめてくるシロ。
「――ありがとう」
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ちょっと中断しちゃったけど探索を再開。
少ししたらシロも落ち着いたようで、今は普通に接してくる。
それにしても妖精からお礼を言われるとは……。
やっぱりシロは変わったよね。
妖精女王になったからなのか――。
「それで、その長は消滅しちゃったの?」
再び草木をかき分けながらシロへと問いかける。
「ん。でも、わたしの中に存在し続けている。普段は眠っているけど」
あ、そうなんだ。
「それで? 妖精女王になって何か変わったのかな?」
端から見ればすごい変わっているように思えるけど。
「ん。いろいろな、能力が使えるようになった。死んだシャロを探したのも、いま獲物を探しているのも、同じ能力」
へー、それは便利だ。どういう原理なんだろうね。
「あと――胸の辺りが、モヤモヤすることが多くなった」
「…………」
うん。それはなんとなく、見ていればわかる。
「……近い」
きっとそれは――、と答えようとしたところ、シロの言葉で口を紡ぐ。
草木を分ける速度を落とし、慎重に前へと進む。
少しすると、何やら物音のようなものが聞こえてくる。
ゆっくり顔を茂みから出すと、そこには――キツネ? いや、タヌキか。
そう思いながらも、油断することなく短剣を収納から取り出し、身構える。
少し大きいから投げナイフじゃ無理だろうし、雷撃で油断させてからさっくりいこうかね。
「えい」
「ピギャ!」
茂みから飛び出し、痙攣する獲物にめがけ短剣を振り下ろす。
「いっちょあがり」
サクッとトドメを刺して、そのまま血抜きを行う。
うん、なかなか大物じゃない?
これなら大食い娘のいる私たちの食卓も安泰だ。
「んー、これ収納にしまえる?」
「ん」
そう一言返事をすると、消える大型の獣。
やはり、便利だ。
「さて、目的は達成したし、早速戻りたいけど……転移できる?」
「……できるけど、魔力は節約した方がいい、と思う」
あー、確かにそうか。
今はテスヴァリルへ行くための魔力を貯めている最中。
節約できる物はしたほうがいいというのは、間違っていない。
「そんじゃ、ま、地道に歩いて戻りますか」
「ん」
来た道をノンビリとした足取りで帰る。
まだ日は高いし、そんな焦って戻る必要もない。
アウルたちには悪いけど、少しゆっくりさせてもらおう。
「それで、さっきの話の続き――というより、シロが妖精女王になった時のことを聞きたいんだけど」
「……シャロを探して――死んでいるのを見つけた」
その時のことを思い出したのか、悲痛な面持ちをするシロ。
「う……ごめん。実は、その辺りのことが私の記憶では曖昧でさ。身の回りで何が起きたか教えて欲しいんだけど」
確かアリシア――アウルの話だと、首都のリリガルで死んだという。
もし、それが本当だとして、なんでリリガルにいたのだろうか。
もともとは私もアウルも帝国にいたはずだというのに。
「……詳しくはわからない。でも、長が言っていた。人間たちが世界に穴を開けようとしている――と」
穴――。
不吉なワード――。
そう思った瞬間、目眩に襲われた。
「――っ」
「……コトミ?」
急に立ち止まった私を心配し声をかけてくるシロ。
なんだ――?
何かを忘れているような……。大事な何かを――。
「大丈夫?」
伏せた顔を覗き込むように紫色の瞳が私を見つめてくる。
「……ん。大丈夫、だよ」
この話はまた今度にするか。
……何か、嫌な予感がする。
いまだ心配そうにするシロを引き連れ、みんなの所へ戻っていく。
 




