279 食料を求めて彷徨う少女
森の中をさらに進み一時間ほど経った頃、あまり大きくはないが水底が見えるほどに透き通った湖が現れた。
「おぉー、こんな所があったとはね。ちょっと早いけど、ここで休憩しようか」
後ろを振り返りながら、そう声をかける。
「いいんじゃないかな。別に目的地があるわけでもないし、ここで夜を明かしてもいいかも」
「木に囲まれているよりは見通しもいいし、賛成ね」
「じゃあ、お昼ご飯の準備を始めちゃおうか」
アウルがそう提案し、リンちゃんも特に異論はないようだ。
他の三人は――。
「はぁ、はぁ、や、やっと休憩、です……」
「つ、疲れましたぁ……」
「…………」
カレンとルチアちゃんが息を切らし、シロは平然としている。
「うん。二人ともよく付いて来れたものだよ。初めてにしては上出来かな」
私がそう声をかけると、疲れている表情から一変、嬉しそうに微笑んだ。
「あ、ありがとうございます……」
「え、えへへ、そうですか……」
これなら、テスヴァリルに行ってもなんとかなるかな?
まぁ、そんなしょっちゅう森にこもることなんてないだろうけど。
「それじゃ、二人は休んでてね。ちょっと食料調達してくるから、ここはアウル見ててくれる? シロと行ってくる」
「んー、いいけど一人で大丈夫?」
「テスヴァリルでもソロでやっていたしね。この世界ならもっと安全でしょ」
テスヴァリルじゃヤバイ魔物もいたけど、この世界ではさほど危険はない。
どちらかというと獲物が少なすぎて食料確保が難航するかも。
まぁ、遭難しないように気をつければいいか。
「迷っても最悪シロがいるしね」
「……魔力がもったいないから、自力で戻って」
無言を貫いていたシロが唐突に喋る。
魔力のことについては厳しいねぇ……。
「ま、そんなわけでちょっと行ってくるよ」
「ね、姉さん……ワ、ワタシも……」
「カレンはお留守番。そのうち嫌っていうほど付き合ってもらうんだから、いまは休んでいなさい。立ち上がるのも辛いんでしょ?」
「うっ……。わ、わかりました……。でも、無理はしないでくださいよぉ。シロさん、申し訳ありませんが姉さんのこと、よろしくお願いします」
「……ん。ご飯守る」
カレンからも念を押され、シロからも心配される始末。
これが普段の行いの結果なのかと、肩を落としながら森の奥へと足を踏み入れていく。
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「シカやイノシシがいてくれれば一番いいんだけど。不意打ちじゃなければ、最悪クマでもいい」
ウサギじゃ六人分の食料にはならないしなぁ。
そんなことを考えながら草木をかき分けて進んでいく。
闇雲に探したところで、目当ての獲物に辿り着けるとは限らないし、そんなにすぐ獲物の痕跡が見つかるわけでもない。
それでも進むしかないわけで――。
「お、何かの足跡かな?」
生い茂る草木の合間に何やら獣っぽい足跡を発見。
「んー、だけどクマよりは小さく、イノシシよりも小さい? なんだろ」
蹄のような爪先があるし、食べられるような獣だといいな。
その後もしばらく捜索。
「おっ……」
少し開けた場所の遠くに見える木。
そこに鳥――のようなものが留まっていた。
んー、食べられるかな?
ものは試しと言うし、いっちょやりますか。
いつものような魔力全開の魔法ではなく、魔力をわずかに熾し指先へ集中させる。
「――ふっ」
そのまま素早く鳥に向かって振り抜く。
久し振りに使うオリジナルの風魔法だけど――。
「うし、成功」
首をスッパリと切り落とされた鳥は、重力に引かれ落下する。
その鳥をすかさず回収。
ちょうどよく血抜きも出来ているね。
そのまま少しだけひっくり返し、血が切れたところで収納へとしまう。
「……収納」
「ん?」
再び歩き出そうとしたとき、シロに声をかけられる。
「しまわなくて……いい?」
「……あぁ、うん。このぐらいなら大丈夫だよ。もっと大きい獲物を狩ったらお願いするね」
「……そう」
……どうした? なんか寂しそうな、残念そうな顔をしているけど。
んー、今まで魔力を消費することは嫌がっていたのにな。なんの心変わりなのやら。
ま、次はお願いするかね。
そんなことを考えながら次の獲物をめがけて茂みへと潜っていく。
「それにしても懐かしいね」
「……ん?」
獲物を探しつつ、ぼーっとしているシロへ話しかける。
「テスヴァリルでタイガーベアーを探していた時も、こんな風に二人で森を探索していたっけ」
あの時はただの同行者だった。
魔玉の代わりに魔力を提供する私。
妖精に魔力を吸い取られ続けるのも前代未聞だったけど、妖精の魔力を借りられるってのも、その時に初めて知った。
他の妖精もそうなのか、この子だけが特別なのか――。
「……変な名前を付けられた、あの時?」
「うっ……。い、嫌なら変えようか……」
変な……って、当時はそんなこと言わなかったのに……。
「いい。今は……気に入っている」
「そ、そう? それなら、よかった、かな?」
そっぽを向きながらそう答えるシロ。
最初は変わった妖精としか思っていなかったシロだけど、今となってはただの妖精とは思えず、時には人と同じような仕草をし、人と一緒に暮らす妖精。
まるで人間のように感じる時もある。
「シロは……テスヴァリルに帰りたい?」
そんなシロだから聞いてみたい。
シロがどう思っているのか。
どんな想いを抱いているのか。
「別に、どっちでも。コトミが――シャロがそばにいるのなら、どこでもいい」
「……そっか」
シロはやっぱりシロだったか。
当たり障りのない答えに少しだけ安心。
「…………」
「え? なんて?」
「別に、何も」
照れ隠しなのか、私の前を早歩きで追い抜いていくシロ。
聞き逃しそうになったけど、わずかに聞き取れた言葉に、私も自然と笑顔になってシロを追いかける。
『また会えて、よかった――』
 




