276 魔眼少女の戦い方
さすがのカレンもここまでは予測できなかったらしい。
こちらを睨むようにしながら、渋々といった感じで前へと出るカレン。
その右手には、カレンでも軽く扱える刃引きされたナイフが握られている。
「私の仇を取って〜」
そんな気の抜けた声援を送ると『茶化さないでください』と念視が飛んできた。
「コトミ……」
そんなやりとりをしていたらリンちゃんから呆れの声が漏れる。
いいんだよ。あまり力を入れすぎてもよくないんだから。
正直言ってアウルは強い。
いろいろ残念な子ではあるが、その力だけは本物だ。
きっと、カレンは負けるだろうけど……。
ま、これも一種の経験というやつだ。
戻ってきたら慰めてやろう。
「えと、次はカレン? 大丈夫なの?」
そう言って私の方を見るアウル。
「もちろん。その子をあまり甘く見ない方がいいよ」
「姉さん、あまりハードルを上げないでくださいよ。パワーじゃ絶対に勝てないんですから……」
カレンからそんな苦言が入る。
その顔は非常に嫌そうではあった。
「みんな人を脳筋みたいに言うね……」
アウルが肩を落とすが、あながち間違ってはいない。
スキルの恩恵もあるのだろうが、剣士としてのスピードやパワーはテスヴァリルの中でも上位に入る。
仮に、そんなアウルと対等にやり合えれば、テスヴァリルでも大概のことはなんとかなる算法だ。
「はぁ……。まぁ、始めようか。魔眼持ちとは始めて戦うけど、戦闘系の魔眼?」
「……戦う前に手の内を見せることなんてしませんよ」
「うっ……確かに……」
アウルがカレンの一言にショックを受けている。
相変わらずそういうところには気が回らないんだから。
でも、まぁ、カレンの能力をみんなに知ってもらう、いい機会かな。
普段の生活じゃそういう機会はなかなか来ないからね。
「……行くよ」
そう言ったアウルがカレンに向かって駆け出す。
私の時と比べだいぶゆっくりと。
だけど、常人と比較すれば十分に速いその動きは、普通は避けられない。
それでも魔眼を熾しているカレンであれば――。
「おぉ、これを避けるか」
アウルが感嘆の声を漏らす中、カレンは半身を捻って振り下ろされた剣を避ける。
さらに返す刃を同じように避け、二度、三度、避け続ける。
「凄いじゃん。ちょっと速くするよ」
そう言ったアウルの剣速が上がる。
それを変わらずに避けるカレン。
何度かかわした時にカレンが動いた。
踏み込むアウルの足を払うように蹴りを入れるカレン。
アウルほどの脚力はないが、宙に浮いていた足は簡単に払われ、アウルはバランスを崩す。
「おぉ……」
とはいえ、腐っても剣士。
それぐらいの妨害で、後れを取るアウルではない。――が。
軌道を変えた剣筋を避けるようにカレンは身体を動かし、アウルへ追撃とばかりに手を伸ばす。
バランスを整えようと身体を捻るよう耐えるアウル。
その要となる重心の反対側、弱い力でも一番効果の出る箇所へ、手を添え強く押す。
「おわっ――と!」
大きくよろけ、仰け反るようにして距離を取るアウル。
「えーっと……」
「有効打、一、です」
何が起きたのか理解できないアウルに対し、カレンが人差し指を立て一言放つ。
「むむむむ……。してやられたなぁ。先詠みの魔眼を持っているのはわかるけど、この速さについて行ける魔眼って何があったっけ……。いや、そもそも二つの能力を持つ魔眼ってあるんだっけ」
ブツブツと独り言のようにつぶやいているアウル。
うん。アウルも規格外だけど、カレンはもっと規格外だ。
そのことにアウルが気が付くのは、もう少しあとになるだろうけど。
「次はワタシから行きます」
そう言ったカレンはトテトテと走り、アウルに迫っていく。
アウルからすれば止まっているように見えるカレンの動き。
困惑しながらも、さすがに黙ってやられるわけもなく、カレンに向かって横薙ぎに剣を振るう。常人では見きれないであろう早さで。
その剣をカレンはしゃがむようにして避け、立ち上がる時の勢いのまま、アウルの剣を持っている手をナイフで斬りつける――というより叩きつける。
「ぬぉっ!?」
決して威力のある攻撃ではないため、剣を取りこぼすというようなことはしなかったが、かなりビビったようだ。
振り抜いた剣は斬り返されることなく、アウルの手に収まっている。
「有効打、二、です」
カレンが後ずさり、二本の指を立て言い放つ。
「…………」
あ、アウル、本気になったな。
カレンもその殺気を感じ取ったのか、魔眼に魔力を注ぎ込み、身構える。
「…………」
アウルが腰を落とし、剣を構える。
「一応、峰打ちにするつもりだけど、避けられなかったら痛いよ」
「当たらなければ意味がないですから」
「…………」
あのアウルが挑発されている……。
カレンも口が悪いからなぁ……。
「…………」
口元のヒクついているアウル。
それも一瞬、真剣な表情になった瞬間――消えた。
カレンはほぼ同時に身体を横にそらし、アウルの切り上げを避ける。
後ろに下がることにより二撃目を避け、しゃがみ、飛び、そらし、またしゃがむ。
三、四、五……とアウルの剣を避け続けるカレン。
あー、これはカレンの体力が切れるやつだ。
段々と息の上がるカレンを眺めていると、ついにその終わりが見えた。
思考と動きが追い付いておらず、アウルの剣を受けるとなった瞬間――。
「――えっ?」
困惑の声と共に、カレンの手前で止まるアウルの剣。
カレンはその様子を見るや、ニヤリと笑い――。
「有効打、三、です」
三本、指を立てると同時に、アウルを力いっぱい押した。
「うひゃあっ!」
押されたアウルは固まった蝋人形のようにそのまま後ろへ倒れ込み――後頭部を強打する。
「へぶっ!」
訪れる静寂。
その中でカレンはクルリと振り向くとこっちに向かって駆けてきた。
「姉さんっ。仇は取りましたよ! 褒めてください!」
嬉しそうに私の胸へ飛び込んでくるカレン。
身長差があるから、かなり無理した体勢になっているけど……。
「あぁ……うん。よく頑張ったね」
いやー、予想外というかなんというか……。
負けることで、学んでもらおうと思ったんだけど、どうもうまくいかないなぁ。
でも、カレンが嬉しそうだし、結果的には良かったかな。
「あたた、あたたた……」
アウルがのっそりと起き出し、歩いてきた。
傍らにはルチアちゃんが心配そうに付き添っている。
「情けないなぁ」
「くっ……言葉も出ない……」
目の前で地面に両手をついてうな垂れだしたアウル。
はぁ、仕方がないなぁ。
あまりにも情けなさ過ぎるため、手をかざし治癒魔法をかけてやる。
「あ、ありがとう。それにしても、この子、規格外過ぎない? 最後のやつ、魔眼の能力だよね? 身体が動かなかったよ?」
「……私の妹だからね」
「姉さん……」
目を潤ませながら見つめてくるカレン。
頑張っていたし、これぐらいはいいだろう。
「あー、はいはい、その暑いのはよそでやってね。でも、これでカレンも戦えるってことがわかったから、テスヴァリルに行っても問題ないのか……」
私とアウルにカレン。
ルチアちゃんは魔法使いだから近接戦闘はある程度できればいいし。
リンちゃんは……。
「…………」
どこか寂しそうに私たちを眺めるリンちゃん。
楽しい日々が少しずつ、少しずつ遠ざかっていくような、そんな感情が垣間見える。
そんなリンちゃんにどう声をかけたらいいのだろうか。
私は――。




