274 <料理の神に見放されし娘たち>
「さて、今日から自分たちでご飯を作ることになっただけど……。みんな料理経験はどう?」
デネイラへ到着したその日、部屋へ荷物を運び入れ、一息ついたところでみんなに声をかける。
台所を見たところ、冷蔵庫や一通りの調理器具、家電は揃っているようだった。
水やガス、電気も問題なし。
食材については、しばらく配達してもらうことになるけど、そのうち自給自足できるよう考えなきゃ。
「私は……テスヴァリルでもあまりやっていなかったけど、普通に生活する分にはできるかな? コトミと生活していたときも一応作れていたし」
私の質問に、アウルが真っ先に答える。
「え? お姉ちゃん、コトミさんと同棲してたの?」
「同棲って言葉悪いなぁ……。コトミの家は部屋が余っていたからね。宿代代わりに家事を受け持っていただけだよ」
ルチアちゃんがアウルの言葉に反応する。
「一応、私も料理は出来るけどね。焼く、煮る、ぐらいだけど」
テスヴァリルじゃ、凝った料理なんてしなかったからね。
基本的に外食か、買ってきた物をそのまま食べることが多かった。
料理をまともにやったのはこの世界へやってきてからか。
「わたしは……多分お姉ちゃんほどじゃないですね。寝込んでいた時期が長かったので……」
ルチアちゃんが申し訳なさそうにしているけど、カレンとシロの方ができなそうだし、大丈夫だろう。
「そうなると、しばらくは私かアウルがメインになって回すしかないか……」
ルチアちゃんは少し練習すれば簡単な物は任せられるだろう。
問題はカレンとシロであるが……。
「ワタシも頑張ればなんとかなりますよ?」
……まぁ、頑張ってもらうか。
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料理というものは一種のセンスが必要となる。
レシピだけで料理が作れる人もいれば、レシピとは関係無しに、感覚だけでおいしい料理を作れる人もいる。
逆に、いくらレシピどおりに作ろうとしても作れない……というより、いつの間にか脱線して、まともな料理にならない人もいる。
具体的には――。
「……これ、何?」
「スクランブルエッグです」
カレンの言うスクランブルエッグと、私の知っているスクランブルエッグは世界規模で違う物らしい。
「スクランブルエッグにイカスミなんて入れないよね?」
「そんな生臭い物なんて入れていませんよ。言われたとおりの材料を入れました」
…………マジで? てか、これ食べられるの?
覚悟を決めて一口食べる。
「…………に、にっがぁ……」
真っ黒なのは焦げか……。
そんな変な作り方していないはずなのに、どうやったらここまで炭になるんだよ。
途中まで普通にやっていたよね?
なんで、少し目を離しただけなのに炭になるの?
「……できた」
口の中を水ですすいでいる時に、今度はシロの料理が出来たらしい。
「……こっちはまともに見えるな」
そのままスプーンでひとすくい、口に運ぶ。
「…………ぶはぁっ! ななな、なんだこれ……」
甘っ! しょっっぱ! すっぱぁぁ!
この世のものとは思えない、七不思議な味付けに、つい噴き出してしまった。
「なんて味よ……これは……ちゃんと分量守った?」
「……? 分量?」
説明したよね! 何をどれだけ入れるって……。
二人の料理修業はかなり難航しそうであった。
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「……今日の料理当番はアウルか」
あれからカレンとシロは手伝いをさせつつ料理の修業をしている。
手伝いといってもサラダ用の野菜をちぎったり、ドレッシングを混ぜたりとか、簡単なことだけだ。
それだけなのに、たまに失敗するとはどういうことか。
もう、これは才能というものだろう。
もしくは料理の神に見放されたとしか思えない。
そんな料理の邪神に愛されしカレンとシロの二人、今日の料理お手伝いはお休み。
この二人がお手伝いの時はみんなの間に緊張が走る。
特に私が。さすがに食卓に食べられないものは出せないしね……。
「最近の姉さんは意地悪です」
カレンが苦言を示し、シロが同意するかのように大きくうなずく。
「いや……ちょっと料理下手とかならなんとかなるんだけど、これはもう一種の才能だよね? デバフ効果というやつかな?」
「むむむ……」
言い返そうにも今までの過去実績が惨状を物語っているため反論できずにいるカレン。
「はぁ、仕方がない。最終手段を使うか……」
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「あれ? 夜ご飯にスクランブルエッグなんて珍しいね? 卵余っていたっけ?」
翌日、料理を並べているカレンたちに向かって、そう声をかけるアウル。
「たまにはいいものだよ。夜にスクランブルエッグも」
そんなアウルにキッチンから顔を出して返事をしてやる。
今日のご飯は鶏肉の香草炒めに、ホワイトソースで作ったグラタン。
それに、カレンたちに手伝ってもらって作ったサラダにスープ、あとはパンという、それなりに頑張って作った夜ご飯だ。
そこにスクランブルエッグ。
若干奇異な組み合わせだが、それは気にしない。
「ふーん、それじゃ、早速いただきましょうか」
「どうぞー」
全員が席に座ったところで、アウルがスプーンを伸ばす。
手始めに、異色を放っているスクランブルエッグから。
「んー、普通においしいね。何か特別な物なの?」
一口、二口と食べ進めていくアウル。
「あー、うん。カレンとシロが作った」
そう言った瞬間、時が止まったかのように固まるアウル……とルチアちゃん。
ルチアちゃんはサラダに手を伸ばしていたけど、視線を右往左往させ、そのまま固まっている。
「……大丈夫だよ。作ったのはスクランブルエッグだけ、だから」
あからさまに安堵の息を吐くルチアちゃんとは反対に、挙動不審になるアウル。
「え、え、え……? 私、食べちゃったよ? いっぱい……。遅効性の毒とかじゃないよね……?」
失礼な。
「ちゃんと私も味見したよ。さすがに人様をいきなり人体実験させないよ」
『姉さんも大概失礼ですよね?』というカレンからの視線はスルーする。
「そうなの……? カレンとシロが作ったというから、てっきり……その、こ、個性的な何かになると思ったんだけど……」
アウルが言葉を濁しながら同意を求めるけど、カレンに睨まれ視線を逸らす。
「ちょっと裏技をね。二人一緒じゃないと作れないけど、こうやって少しずつ作っていけばそのうち料理の腕も上がるでしょ」
「裏技?」とアウルとルチアちゃんが首を傾げているが、大したことではない。
炒めると焦がすカレンと、分量を守らないシロ。
その二人にそれぞれ出来ることをやってもらっただけだ。
具体的にはカレンが分量を測って下処理まで行い、それをシロが炒める、って感じ。
うまくいくかどうか心配ではあったけど、案外うまくいくいった。
今までまともに料理ができず、食卓では遠慮がちだった二人ではあるが、今日は少し誇らしげというか、元気に明るい食卓となった。




