272 少女の身辺整理
「うーん、あらためて見ると、すごい荷物だねぇ」
デネイラにある仮住まいの一部屋を占領しているのは私――というより、アオツキ家の荷物だ。
アルセタにある荷物を取り急ぎ全部持ってきて、とりあえず詰めこんだ。ただ、それだけの部屋。
さすがに、これをそのままにしてテスヴァリルへ行くことなんてできない。
中には黒歴史になるようなものまで、あるのだろうから……。
「何から手を付けようかなぁ……」
とりあえず目の前の引き出しを開けてみる。
そこには整然と並べられた服がギッシリと詰まっていた。
「これは、父さんと母さんの服か……。一応、遺品という扱いだけど、残していてもなぁ……」
両親は飛行機事故に遭い、遺体の分別がつかないため共同墓地に埋葬されている。
そこに供えるにしても量が量だからな。
……普通に処分か。せめて供養だけはしておこう。
焚き上げをすれば天にまで届くかな。
部屋の中に入り、残して置かなければいけない物がないか、手当たり次第物色する。――が。
「量が多過ぎるね……。できれば整理したいけど、時間もあまりないし、ほとんどは手つかずで処分かな」
大して必要な物もなかっただろうし、思い出とかそういう物もあるけど、実用性のないものは置いていこう。
「あまり荷物が多いとシロに怒られるし」
「……姉さんって、独り言多いですよね?」
後ろに付いてきたカレンからそんな指摘を受ける。
振り向くと呆れ顔のカレンに膨れっ面のシロ。
「いやー、そんなことないと思うけどなぁ……」
二人の視線にいたたまれなくなり、曖昧にそう返す。
この二人が一緒に居ることは当然といえば当然なので、独り言というのか、それとも二人に向けての言葉だったのか……。
「はぁ、それじゃ、手分けして始めましょうか」
カレンが近くの引き出しを開け、中身の確認をしている。
「……え? なにを?」
「なにを……って、散々ご自分で嘆いていたのに、忘れたのですか? 整理ですよ、整理。必要な物とそうでない物、分けるんですよね?」
「え……。確かに言ったけど、時間かかるよ?」
見たらわかるように、一日じゃ絶対に終わらない荷物の量が、目の前に鎮座している。
「だからこそ、早く始めるんですよ。日が暮れる前に終わらせますよ」
「えと、手伝ってくれるの?」
そう言ったら、カレンがため息交じりにジト目で睨んできた。
「姉さん……。ワタシがなんのために居ると思っているんですか。ただの大飯食らいじゃないんですからね? 姉妹なんですから、助け合うのも当然でしょう?」
姉妹――。
そう言われ、初めてアウルとルチアちゃんと出会ったときのことを思い出す。
あの時は二人の姉妹愛が羨ましかったんだよな……。
そんな私に妹か……。
「……姉さん、変な妄想はいいですから、手を動かしてくださいよ」
そう言い放つカレンはすでに二段目の引き出しにとりかかっていた。
その横顔はどこか照れているような、嬉しそうな笑みを浮かべた表情だった。
「あ、ごめん。それじゃ、お願いしようかな……って、もう始めているね」
一段目の中身は服、二段目も服、三段目……も、服か。
「とりあえず分類ごとに分けますから、姉さんはその中から必要な物、不要な物と分けてもらえますか? どうしても残さなければいけない物以外は全部処分です」
「あ、はい」
カレンに指示され、思わず敬語で返事をする。
まぁ、ほとんどは残して置いても仕方がないし、処分かな。
私もカレンが文句を言い出す前に、目の前の服へと手を伸ばす。
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「あれ? これは……」
手分けして整理している最中、カレンから声が上がる。
「ん? どうしたの?」
服の山を整理している途中、カレンの手元を覗き込む。
現在は収納箱の中身を整理しているようだ。
その中身は――。
「あぁ、こども園の時に作ったやつか」
その中身はこども園時代に作った工作や描いた絵などが保管されていた。
そういえば母さんがこういうの取っておくの好きだったな。
「姉さんの……ですか?」
「ん? そうだけど?」
何かおかしいかな?
「……あぁ、なるほど……すみません」
え? どうしたんだろうか。
一瞬、魔眼が熾きた気もしたんだけど。
「いえ……姉さんにも不得意な分野があったんだ、って思って……」
「そりゃ、子供の時だからね。絵の上手い下手なんて、周りとそう対して変わらなかったよ?」
「それが問題なんですが……いえ、なんでもありません。早く片付けますよ」
「あ、うん」
どうしたんだろうか。
こども園ではみんな同じような出来栄え立ったのにね。
疑問には思ったが、カレンが作業に戻ったので、私も首を傾げながら作業を再開する。
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「ふぅ……あと、一息かなぁ」
一通りの物は収納から出して分類分けしている。
あとはこの中から必要な物を探すだけだ。
服や小物類に大して必要な物は無いし、出てきた物の中で必要なのは貴金属類やお金になりそうな物、あとはわずかばかりの思い出の品、かな。
「うーん、思い出の品を取っておいてもなぁ……」
思い出の品と聞くとどうしても処分に困る物であるけど、これから私たちが向かうのは異世界だ。
そんな品物、ただの荷物にしかならないが――。
「小さい物とか軽い物であれば取っておいた方が良いんじゃないですか? それなら収納も圧迫しないでしょうし」
まぁ、カレンの言うことももっともなんだけど……。
「テスヴァリルへはなるべく最小限の荷物にしようと思うんだ。文明が違い過ぎるから変な物を持って行ってもオーバーテクノロジーだし。あまり別世界の存在について知れ渡らせたくないしね」
私とシロが居れば別世界へ行ける。
そんな噂が流れたりしたらまた変な火種となりかねない。
できるだけ異世界の存在は隠しておきたかった。
「それに、過去に捕らわれるよりも、現在を大切にしたいからね」
そう言って、カレンの頭を撫でてやる。
一瞬驚いたカレンではあるが、すぐに気持ちよさそうに目を細めてくる。
「それにしても、スマホとかは持っていけないし、何を持って行くかな……。宝石や貴金属類はリンちゃんに託すとして……うーん」
もういっそのこと何も持って行かなくてもいいんじゃないかなとも思うね。
「ま、もう少し時間はあるし、ゆっくり考えよう」
そう結論付け、とりあえず処分する物を部屋から出していく。
そうやって何往復かしたところ、いい時間ともなったので本日は終了。
なんとかテスヴァリルへ行くまでに終わるかな。




