270 再びの逃亡劇
「コトミ。カレンって大丈夫なの? コトミがお風呂に入っている間も浴室の方をジッと見ていたし」
お風呂上がりに髪を乾かしていると、リンちゃんが小声でそう声をかけてくる。
「……あぁ、大丈夫だよ。他の人には危害を加えないよう言ってあるから」
はぁ、また覗いていたな?
別にいいんだけど、プライバシーも何もあったもんじゃないな。
「そういうことじゃないんだけどねー」
半ば呆れながらリンちゃんがため息をついている。
なんだろうね。
特に危なくはないんだけど。
私が疑問に思いながら髪を乾かしていると、今度はルチアちゃんが話しかけてきた。
「むむむ、コトミさんとリンさんの間に強敵出現ですね。今後の展開に注目です」
この子はこの子で何を言っているのだろうか。
そんな昼ドラみたいな展開は起きないよ。まったく。
「さて、寝ようか。……って、ちょっと狭くない?」
ベッドに潜り込むと、みんな続々とやって来た。
ピッタリぎゅうぎゅうとなるぐらいに。
……うん、狭い。
「姉さんの体温を感じます」
「……魔力」
両隣はいつもどおりだし。
「ふふふ、リンさんと寝るのも久し振りですね」
「そうだね。一人で寝るのもいいけど、やっぱりみんなで寝る方が良いかな。……治癒魔法が必須な睡眠ってのも、なかなか経験できないしね」
「あはは、コトミはテスヴァリルの時から変わってないしねー」
ルチアちゃんとリンちゃん、アウルが思い思いに話をしている。
リンちゃんと離れてまだ数日しか経っていないけど、やっぱり居ないとそれだけでみんなの表情が変わってくる。
できることであれば、このまま六人一緒に居られればいいな、とは思う。
そんな切な想いを胸に抱きながら夜は更けていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝。
いつものように治癒魔法を求められ、全員にかけてやる。
これも恒例となってきたなぁ……。
その後戦場へ。
私たちが宿泊したということは伝わっているのだろう。
入室したと同時に、その場へ緊張が走る。
「「…………」」
人の所作に機敏なアウルとリンちゃんがその場の雰囲気に身構える。
「……気にしちゃ負けだよ」
トレイを手に取り、以前と変わらず好きな物を選んでいく――朝食ブッフェの会場。
みんな見よう見まねで料理を手に取っていく。
一通り取り終わったら少し広めの席へ。
いつの間にか大所帯になったもんだなぁ。
私が始めに席へ座り、次にリンちゃん、アウルとルチアちゃんが続き、最後にカレンとシロが座る。
みんなの視線は必然的にカレンとシロのお皿の元へ……。
「……こほん、食べましょうか」
その後の展開はいつもどおり。
みんながお茶をたしなんでいる間も食べ続ける二人。
どれだけ食べても定額だから二人は遠慮ない。
どういうことかというと――。
「昨日より、多いですね……」
ルチアちゃんがポツリとつぶやき、リンちゃんとアウルがうなずく。
私は慣れたけど、やっぱり注目を浴びるよね。
周囲の注目も一手に引き受けている六人の少女。
やっぱり目立つなぁ……。
ご飯を食べてからは早々にチェックアウト。
そのままホテルのフロントでフリックさんを待っていたところ――。
「あの、コトミ・アオツキさんでしょうか」
「いえ、違います」
またか……。
ヘイミムの街でも同じように声をかけられた事があったな。
あの時はすっとぼけて逃げ出したんだけど、今回はどうかな。
「ちょっとインタビューいいでしょうか」
ふむ、今回は強行突破か。さて、どうしたものか。
少し考えたけど、このままここで捕まるのは面倒だ。
それなら――。
「私たちも強行突破しましょうかね――。みんな、行くよ!」
私が先導してホテルを飛び出すと、先を詠んでいたカレンが続き、シロが追いかけてくる。
リンちゃんとルチアちゃんは遅れながらも駆け出し、アウルは戸惑う。
「え、え、ちょ、待って……」
何やってんだか……。まぁ、アウルならすぐ追いつけるでしょ。
心配なのはカレンとルチアちゃんだけど――。
「もう、能力のことは隠さなくてもいいですよね」
横を軽快に飛んでいるルチアちゃんと視線が交差した。
風魔法……。いつの間にそこまで魔法が上達したのか。
「そう……だね。確かに、もういろいろとバレちゃっているから隠す意味もないか」
「みんな一緒に飛びますか?」
それは……ちょっとやだなぁ。
「遠慮しとく。いや、信用していないとかじゃないけど、さすがに目立ちすぎるよ」
ちょっと残念そうにしているルチアちゃんをスルーし、カレンへと視線を向ける。
「はぁ、はぁ、はぁ」
やっぱり、ちょっと体力が追いついていないな。
一瞬足を止め、飛び込んできたカレンの身体をそのままの勢いで抱える。
さっき視線を向けた瞬間に私の考えていることを理解したのだろう。
何も躊躇することなく身体を預けてくるカレン。
「はぁ、はぁ……いつも、すみません」
「いいよ。カレンにはカレンにしか出来ないこともあるんだから、気にしないの」
そう言って再び駆け出す。
「リンちゃんは大丈夫?」
「おかげさまでね。体力のあることが恨めしいよ」
「なに言ってんのよ……」
若干呆れながらも、まだ元気そうなのでそのまま駆け続ける。
「ま、待って! みんなひどいよー。置いていくなんて……」
後ろから遅れてやってきたアウル。
さすが体力バカ。追いつくまでが早いね。
「コトミがひどい!」
うっさいわ。
「それより、そろそろ撒けるかな?」
「うーん、今回はしつこそうよ?」
リンちゃんの言葉に後ろを向くと、聞き慣れた羽音が聞こえてきた。
「……空からとか、指名手配犯みたいな追いかけ方だね」
上空へ視線を向けるとへりが――。報道ヘリみたいなものかな。
「カレン、ゴメンだけど、私のスマホでフリックさんへ連絡してくれるかな。チャット飛ばすだけでいいから」
もう少しのんびり帰りたかったけど、私たちにはやっぱり無理らしい。
って、ことで、フリックさんへは申し訳ないけど、あとで合流しよう。
カレンは器用に私のポケットからスマホを抜き出し、パスコードを――ってなぜ解除できるよ。
ニヤリ――と不敵な笑みを浮かべながらカレンはスマホを操作する。
くそ、どうせ私にプライバシーなんてないよ。
「ルチアちゃん、ゴメン。やっぱり飛べる? とりあえず街を出ようか」
「はーい。みんなスカートを抑えてくださいねー。それじゃ、いっきま――すっ!」
突然の強風――。そのあまりにも強烈な突風は私たちの身体を簡単に空へと舞い上げる。
「お、お、おぉ……!」
魔法で空を飛ぶこと自体初めてではないけど、何というかこれは、かなり力業、だね……!
制御もバランス調整も無視した突風。
私は自分の魔法を追加することにより、なんとかバランスを取っているけど、他のみんなは――。
「あはは、すごーい!」
リンちゃんは初めての経験で楽しそうにしている。
しかも、以外とバランス取れているし。
それに対してアウルは――。
「わわわわ……ルチアの魔法は無茶苦茶なんだよぉぉ~~!」
クルクル回っているな。
あんた、何回か飛んだことあるはずでしょ。
まぁ、こんだけ回っているのに目が回らないのは三半規管が強い証拠か。
「ね、ねぇさん……!」
反対側に目を向けるとスカートを必死に抑えながら文字通り飛ばされるカレンの姿が――。
「んー? 楽しんでる?」
「そんな余裕、あるわけ、ないですよ……!」
だよねー。飛行機の時も戸惑っていたし、今も心なしか涙目になっているし。
仕方がない。
そう思って、魔法で近づき手を握ってやる――と、カレンは身体にしがみ付いてきた。
「ちょ、あまり捕まるとバランスが……あわわわわ」
カレンと共にクルクルと回り出した私。
「あはは、コトミ回ってるー!」
リンちゃんの笑い声がクルクル回りながら聞こえてくる。
――久し振りにリンちゃんの笑顔を見た気がするな。
その笑顔を引き出すためならこうやって回ることも――。
「許容できるかぁぁ~! 吐くわっ!」
なんとか体勢を整えようと四苦八苦する私に、笑い転げるリンちゃん。
転がっているわけではなく、飛んでいるんだけど。
くっ……カレンは力一杯しがみ付いているから引き剥がせないし……。
どうしてこうなった!
リンちゃんの笑い声が響き、アウルの叫びが聞こえる。
ルチアちゃんは余裕そうにクスクス笑うし、シロは無関心――いや、一応微笑ましい物を見るような眼差しをしているな。特に私へ向かって。
そうやって、街の外へ向かって飛んで行く私たち。
報道のヘリは――少しずつ撒いているからこのまま行くしかないのか……くっ……。
結局そのまま空港まで行ってからフリックさんと合流した。
私たちのことは既にニュースになっていて、身を潜めなければいけないのに、話題になってどうするだと、フリックさんに呆れられた。
わかってはいるんだけど、こればかりは仕方ないじゃんかよ……。
そんなことを思いながらもフリックさんへ連れられ、無事デネイラへと到着したのだ。




