269 異世界へ行く方法
「んーとね、もし……もしよ? この世界から……テスヴァリルに行こうとした場合……行ける?」
「コトミ、それって……」
私の質問に目を見開くアウル。
シロは……特に感情をあらわにせず、少し考える素振りをしてから口を開く。
「行けるか行けないかで言うと……恐らく行ける」
「「…………」」
アウルと私、二人共に息を飲む。
「必要なのは、転移先となる座標位置の把握と、膨大な魔力。座標位置は、わたしがいた場所でもあるし、問題はない。問題なのは……膨大な魔力」
「……どのぐらい、必要なの?」
「……わたし一人で、集めるのに十年かかった」
だよねー。
十年はさすがに待てないわな。
「……でも、今の状況なら、もっと早く集まる」
「……え? どういうこと?」
シロの話によると、テスヴァリルで魔力を集めていた際は、森を巡って細々と集めていたらしい。
魔物とか人間とかから魔力を得れば、もっと短期間で集まっただろうに、そこは妖精族の時間感覚の問題らしい。
シロ曰く、十年ぐらい、すぐだそうな。
「コトミから、魔力をもらい続ければ、すぐに集まる。契約のおかげで、魔力の架け橋ができ、魔力吸収の効率も上がった」
契約――ヘイミムの街を守るためにシロと契りを結んだ――契約。
そんな効果があるのか――って、そういえばこの前、説明の途中でカレンが暴走したんだっけかな。
またあとでちゃんと詳しく聞こう。
「あとは――」
シロが言葉を区切り私の膝にちょこんと乗ってくる。
「身体的接触で、さらに魔力吸収の効率が上がる」
「……なるほど、そういえばそうか」
どのぐらい上がるかわからないけど、シロは結構積極的に近くに寄ってくるから、それなりに上がるのかな?
「……そうやって魔力をかき集めると……どのくらいで貯まる?」
「……ひと月ほどで、ある程度は貯まると思う」
「ひと月!?」
急に短縮されたな。十年がひと月って。
それだけ私から吸収している魔力が多いということか……。
いや、実は転移にはそんなに魔力が必要じゃないんだ。きっとそうだ。
「ちなみに、世界を渡る場合、Sクラスの魔法使い、百人分程度の魔力が必要となる」
「…………」
ギルドランクSの魔法使いは、テスヴァリルに百人もいないよ?
いったいこの子は何を言っているんだろうね。あはは。
「コトミ……目が怖いよ……」
うっさいわ。
「とりあえず、テスヴァリルに行くこともできるのか……」
「コトミ……もしかして……」
仮にテスヴァリルへ行けるとして、誰がその判断を下すのか。
リンちゃんの件もあるし、私たちは戦争の火種ともなりえない。
それであればこの世界にいない方がいいのだろうが……。
「姉さぁぁぁぁんっっ」
考えごとをしていたら急に浴室の扉が開き、カレンが飛び出してきた。
……タオル一枚の姿で。
「ちょ、ちょっと。ちゃんと服着なさいよ」
「うぅぅ〜。大丈夫でしたか〜。シロさんに貞操を奪われていませんか〜?」
可愛い顔して何てこと言うのよ。この子は。
確かに、シロは私の膝に乗っていたけど、貞操の危機はない。
ちなみに、シロはカレンが飛び出してきた瞬間、身の危険を感じたからか、すぐに下りた。
「はぁ、まったく……。カレンったらお風呂の最中でもコトミのことが気になっていて、ずっとそっちを見ていたんだよ」
続けて出てきたリンちゃんからそんな苦言が漏れる。
こちらはちゃんと服を着ている。さすがにね。
「カレンさん。大丈夫ですか?」
ルチアちゃんもあとに続いて出てきた。
「うん。大丈夫。ほら、カレン、服着なさい」
「ねぇさんが、着させてくださいよぉ……」
「あぁ、もう。ほら、泣かないの。行くよ」
ぐずり続けるカレンを引き連れて浴室へと向かう。
「あれは甘やかしすぎだよねぇ……」
そんな声が後ろから聞こえてきたけど気にしない。気にしたら負けだ。
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とりあえずカレンに服を着させて、あとはリンちゃんたちに任せる。
恨みがましく見ていたけど、髪ぐらい自分で乾かしなさいよ。
「ふぅ……」
「あはは、コトミも大変だよね」
「まぁ、ね。可愛いんだけど、ちょっと重たいかな。いろいろと……」
カレンの視線から逃れるように浴室の扉を閉める。
まぁ、魔眼持ちにはあまり意味がないかもしれないけど、気持ち的な問題だ。
「あまり遅くなるとまた突撃されるから、ささっと入っちゃおっか」
「あはは……」
微妙そうな表情のアウルを置いて服へと手をかける。
シロは……すでに準備完了か。
浴槽は三人入るとやはり限界で、足を伸ばすこともままならない。
「シロ、こっち」
「……?」
抱き抱えるようにシロを引き寄せ、肌を密着させる。
少し首を傾げていたシロであるが、私の意図について理解したのか身体の力を抜き、身を寄せてくる。
「コトミ……。カレンのことといい、シロのことといい、やっぱりそういう趣味が……」
「違うからね? 身体的接触に、接触部分を潤すと魔力吸収の効率が上がるんだからね? 決して変な意味じゃないんだからね?」
いったい何を誤解しているんだか。
私はノーマルだよ?
「そうなんだ。でも、自ら魔力を与える人って、なかなかいないよね……。さっき聞いたときはビックリしちゃったよ。魔力をあげているんだよね」
「あー、そういえば言ってなかったっけ? テスヴァリルの時からね。当時は魔力を与える代わりに魔玉をもらっていたんだ」
出会った最初の頃は魔玉目的だったなー。
この世界に来てからは魔玉の使い道なんてないし、タダでご飯あげているようなもんだな。
「魔玉って……。コトミの無限な魔力があるといくらでも生産できるんじゃ……」
「まぁ、それは私も考えたんだけどね。ただ、さすがにやり過ぎるとバレそうだし。一度、ギルドへ持って行っただけでも、どこから盗んできたのかと疑われたしね」
あれは半分冗談のような話だろうけど。
「ぐうたらコトミが魔玉なんて希少な物を持っていたら誰でも疑うだろうね」
「こんな所にも裏切り者がいたか」
「裏切り者って……コトミはテスヴァリル時代の時の生活を振り返ってみたらいいよ。一緒に住んでいたときは家事炊事洗濯、全部私がやっていたんだからね」
……確かにそうだけど、あれは家賃代わりだから正当な報酬じゃないかね。
「あれは――」
「それより、テスヴァリルに……戻るの?」
反論しようとしていた私の言葉を遮り、思い出したかのようにアウルが言う。
「…………」
正直、今の状況がいいとは思えない。
このままこの世界にいたところで良いことはないのかもしれない。
「……アウルは、どうしたい?」
「んー? そんなの決まってんじゃん」
お風呂でまったり気分なのか、間延びしながら答えてくる。
少しの間。そして、真剣な表情に笑顔を浮かべたアウルが口を開く。
「コトミに付いていくよ。この世界で再会できたのも、何かの縁だしね。それに――親友を一人にするわけにはいかないだろうからね」
ニヤリ、と白い歯を見せ格好つける。
「誰が親友か」
まったく、コイツは相変わらずなんだから。
あからさまなため息をついて言葉を続ける。
「もし、アウルがテスヴァリルに行くとなった時、ルチアちゃんはどうするの?」
「んー、たぶんルチアもコトミに付いていくよ」
首を傾げながらもハッキリと断言するように言うアウル。
「私? アウルじゃなくて?」
姉妹なんだから付いていくとしたら姉であるアウルだろうに。
私が疑問に思っていると、アウルが悪戯っぽく笑いながらその理由を説明する。
「ふふふ、ルチアはね、助けてもらったコトミに感謝しているんだよ。それこそ、私と同じぐらいにね。……魔法を教えてくれた師でもあるから、私よりコトミを選ぶかもね」
あはは、と笑いながらそう語るアウル。
「バカ……。でも、それならそれで、決まり……なのかな」
シロは付いてくるだろうし、カレンについても言わずもがな。
「あとは……リンちゃん、か」
リンちゃんだけはテスヴァリルに縁もゆかりもない女の子。
一緒に連れて行くこともできるけど、身の安全は保障できない。
危険な異世界へ行くよりも、安全なこの世界で過ごした方が……。
頭を悩ませるが、そんな簡単に答えは出ない。
でも、あまり時間もないから、いつか話をしなきゃな。
暖かいお風呂の中で、アウルとシロの存在を感じながら少しだけ身体の力を抜いていく。




