259 妖精の気持ち
「ん〜〜っ」
朝。
清々しい朝かと問われれば微妙。
いつもどおり両隣にはカレンとシロ、その隣にリンちゃん、反対側にはアウルにルチアちゃん。
アウルは朝練自粛中かな?
なるべくリンちゃんの近くには居た方がいいしね。
窓に目をやると、カーテンの隙間から漏れる日の光に外は明るく、天気も良さそうに見える。
だけど、昨日のリンちゃんから話しを聞いて、今後のことを考えると少し憂鬱になる。
まぁ、一番大変なのはリンちゃんなんだけど……。
「……起きるか」
その後、恒例の治癒魔法。
シロも欲しいって、前は自分でやっていたのにな。
まぁ、いいんだけど。
朝ご飯中もみんなあまり口数は多くなかった。
みんなお疲れのようだけど、それだけではなく、私たちがいることでリンちゃんに負担をかけているのもその一因。
もう既に隠したり誤魔化したりできない状態まできている。
あとは、ペリシェール家という防波堤にすがりつくしかないが、それについてはリンちゃんの負担になっている。
……悩ましいところである。
いや、私が悩んだところで仕方がないのはわかる。
悩んでいるのは――。
「……やっぱり、距離を置いた方が良いのかな」
二階の窓から眼下に見える複数人の人たち。
昨日、声をかけてきた男性のような風体をした人たちがちらほらと。
恐らくテレビ局――メディア関係の人たちだろう。
今はまだ数組程度だが、リンちゃんの話が本当なら今後はもっと増えるに違いない。
メディア関係の人たちならまだしも、実力行使に走る人たちも出てくるかもしれない。
これが、今後も続くのである。
……私たちがここにいる限りは。
「ワタシはどこまでもついて行きますからね?」
私の葛藤を見抜いてきたのか、横からそんなことを言うカレン。
「……カレンの能力はまだバレていないし、普通の町娘として過ごすという選択肢もあるかも」
そう言うとカレンはあからさまなため息をつき――。
「姉さん、まだそんなこと言っているのですか? 何度も言いますが、ワタシは姉さんにどこまでもついて行きます。それがたとえ地獄の底でも、異世界のテスヴァリルでも、です」
その言葉に私は苦笑しながらもうなずく。
当然と言えば当然、か。
ただ、地獄の底はないとしても、テスヴァリルかぁ。
選択肢としてはゼロじゃないのかな?
私やアウルはもともとテスヴァリルの住民だし。
この世界みたいに科学が発展していないから相当不便だけど、生きていく分には問題ない。
問題なのは、はたして行くことができるかどうかだけど……。
「ちなみに、シロはどうやってテスヴァリルから来たんだっけ?」
かたわらでずっと魔力を吸収しているシロにそう尋ねる。
「ん……? 転移魔法で」
そりゃそうだわ。
「そうじゃなくて……。えっと、どれだけ魔力を使ったか、どうやってこの世界にたどり着けたか、だね」
シロは少し考え込む素振りを見せてから口を開く。
――それにしても、少しずつ人間味のある表情になってきたなぁ。
この子と初めて会ったときは、他の妖精同様無表情だったのに。
「魔力は、十年かけて集めた。かなりの量が必要。この世界へはコトミ――シャロの存在を目印にやってきた」
「十年っ!?」
初めて聞かされた事実に思わず声を上げる。
十年って、だからこっちの世界で再会するまでに時間がかかったのか……。
それだけの年月をかけてまで、私へ会いに来た。
そのことを考えると、少しジーンとくる。
もう少し、もう少しだけ優しくしてあげよう。うん。
「えっと、でも、別の世界なのによく探知魔法が使えたね」
探知魔法は距離が離れすぎると正確に判断できなくなる。
距離が離れると遠くを見るようにぼやけ、その人の魔力を認識しづらくなってしまうからだ。
別世界の私をどうやって探し出したのか。
「この世界へ来るときに探知魔法は使っていない。魂を解放する時に、印をつけて、それを追ってきた」
「…………」
ちょっと待て。
不穏なワードが少し……魂を解放? 印を付けた?
どういうことよ……。
「その辺りのことをもう少し詳しく聞こうか……」
そのあと、シロからテスヴァリルでの出来事を聞いた。
一言で聞いた、と表しているがその実、かなり衝撃的な内容だった。
私の記憶も曖昧だったため、あまり気にしていなかったが、断片的に思い出してきた。
だけど、帝国でシロと別れてからの記憶がだいぶ曖昧だ。
シロの話によると、魔力をもらいに私を探していたが探知魔法では引っかからず、ようやく見つけたときは私とアウルは息絶えたあとだったらしい。
幸いにもというか、不幸にもというか、魂だけは呪いの影響で束縛されていたため、そこに細工をしたとのこと。
「かなり無茶をしているように思えるんだけど……。魂の解放や印を付けるってそんなに簡単にできるものなの?」
「…………」
シロは無言で首を振る。
できない……ってことかな。
まぁ、普通に考えたらそうだろうよ。
「魂を解放するだけであればさほど苦労はしない。……でも、今回は魂を大量の魔力で覆い、漂白と循環の輪廻からも乖離させた。その際に印も付けた」
「えと、なんでそこまで手間をかけたの?」
「…………」
「…………」
うつむき加減に無言となるシロ。
……どうしたんだろ。
しばらくそのまま待つと――。
「……また、会いたかった、から」
――え?
ポツリ、と言葉を漏らすシロ。
シロが、妖精が、また会いたい――そんなことを言うことに驚きを隠せなかった。
――自然とポケットに手を伸ばす。
そこには――。
「あの時も、こんな季節で、二人一緒に居たよね」
それを手に、シロへと近づいていく。
「まさか、私が死んで、生まれ変わって、十年後に再会するとは思っていなかったよ」
手の中にある物を広げ、シロの首元へとかける。
紫水晶のペンダントを――。
「うん。やっぱり似合っているね」
瞳の色と同じ色をしたネックレスは、テスヴァリルの時と同じように輝いていた。
テスヴァリルの時は私の方が身長は高かったけど、今は逆転してしまっている。
「私も、また会えて嬉しかったよ」
そう言うと、シロは驚き――そして、はにかむように笑った。




