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257 街の噂話

「コトミお嬢様。お客様がお見えになられていますが、如何いたしましょうか」

「……え? お客さん? 私に?」


 呆然と立ち尽くす私たちに声をかけてきたのは見覚えのあるメイドさん。


「はい。エルヴィナ様と仰られています。応接室へお通ししますか?」


 エルヴィナ? エルヴィナ、エルヴィナ、エルヴィナ――あぁ、フェリサちゃん……ということは、フリックさんが訪ねてきたのかな?


「えと……勝手に使っても大丈夫ですか?」

「えぇ、リーネルンお嬢様からは、コトミお嬢様もペリシェール家と同等のおもてなしをしろ、と言いつけられておりますので」


 そうなんだ……っていいのかそれは。

 でも、まぁ、折角だからお言葉に甘えて使わせてもらおう。


「そうなんですね。それじゃ、お願いしようかな」

「はい。それではこちらになります」


 そういって連れられてきた応接室。

 そこでしばし待つと――。


「失礼します」


 先ほどのメイドさんが連れて来たのは――やはり、フリックさんだったか。


「おぉ、嬢ちゃん、無事だったか――」


 と、フリックさんが言いかけたとき、先ほどのメイドさんが「こほん」と、少しわざとらしく咳払いをした。


「……あー、っと……コトミお嬢様、無事で何よりです」


 ……えーっと、誰ですか?



 先ほどのメイドさんが退室し、フリックさんと二人きり――両隣にカレンとシロはいるが――になって、話を聞くと、どうやら応接室へ案内されている最中、私に敬意を払うよう念押しされたらしい。


「いや、私は貴族でもなんでも偉くもないですからね? ただ、リンちゃんが友達なだけですからね?」


 そもそも貴族制なんてとうに(すた)れているからね?


「それはそうなんだがな……。あのメイドの子が言うことも一理あるんだよ。街の噂を嬢ちゃんたち知らないのか?」


 口調は今までどおりに戻してもらった。

 さすがに落ち着かないし。

 それより――。


「街の噂……ですか?」

「あぁ、俺はいまさら驚かないが、街はペリシェール家の噂で盛り上がっているぞ? 具体的には黒髪の少女とレッドブラウンの髪色をした姉妹の噂だな」


 ……なんか嫌な予感がするなぁ。


「……どういう内容でしょうか」

「うーん、いろいろ入り交じってはいるが……一番多いのは、『ヘイミムの街の救世主、その正体はペリシェール家お抱えの魔法使い』だな。……いろいろと突っ込みたいところはあるだろうが……」


 なんじゃ、そりゃ……。

 ある意味間違っちゃいないが……。


「……人の噂も七十五日、しばらくすれば落ち着きますかね」

「いや、たぶん逆だな。噂が噂を呼び、さらに尾ひれが付いてくることになるな。テレビ局とかが既に嗅ぎ回っているぞ?」

「……さっき街で声をかけられました。まぁ、撒いて逃げることはできましたが……」


 なんかもう隠し通すことなんて無理じゃね? とか思うんだけど。

 かと言って名乗り出るのも嫌だしなぁ……。

 リンちゃんも、なんとかしようとしてくれているようだけど、(かんば)しくないようだしなぁ……。

 その後、フリックさんと情報交換しつつお別れとなった。

 この街へ来る途中、フリックさんの車から突然姿を消した際は少し驚いたようだけど、フェリサちゃんの件もあるし、あまり心配はしていなかったらしい。


 どういう原理か説明を求められたけど、説明するわけにもいかず曖昧に答えるしかできなかった。

 とは言え、街の噂を知っているフリックさんにはなんの意味も無かったようだけど……。

 それと、ヘルトレダ国の状況は今朝リンちゃんに聞いたとおりと同じだった。

 休戦――その方針で固まりつつあるから、これ以上の武力行使はないだろうとのこと。

 いろいろあったけど、やっと平穏な日々に戻れるな。



「終わったなぁ……」


 朝と同じセリフをこぼす私。

 リンちゃん部屋へ戻ってきて、ソファーでだらけるように座る。その両隣にはカレンとシロ。

 ……この二人もずっと一緒だけど、自由にしてくれていいんだけどな。

 そんなことを考えていると――。


「終わったぁぁっ……」


 突然扉が開け放たれ、大声を上げながら入室してくる少女――リンちゃん。


「あ、お疲れさま。落ち着いた?」

「あぁ、終わったわ、終わったわよ……」


 満身創痍(まんしんそうい)で入ってきたリンちゃんは、ドスンと勢いよくソファーに腰を下ろす。

 こら、はしたないぞ。


「うぅ〜、もうダメ〜」


 身体を仰け反らせながら唸っているリンちゃん。

 だいぶお疲れのようである。

 アウルとルチアちゃんも心なしか疲れているように見えるが、護衛としての役目か、リンちゃんほど身体を崩さずにソファーへ座る。


「ルチアちゃんもお疲れさま。大変だったでしょう?」

「えぇ……リンさんほどじゃないですが、少し慌ただしかったですね……」


 その口振りからするに相当忙しかったようである。


「私も(ねぎら)ってくれていいんだよ?」

「アウルは体力だけはあるからね。逆に迷惑をかけていないか心配だね」

「私だけ辛辣(しんらつ)!?」


 いや、でもほんと、頭脳労働なんて、あんたできないでしょ?


「クスクス、お姉ちゃんはちゃんとおとなしくしていましたよ」

「ならいっか。よく頑張ったね」

「あまり褒められている感じはしないね!?」


 久し振りのやりとりに自然と笑みがこぼれる。

 みんな無事にまたこうやって集まれた。

 それだけでここ数日頑張ったかいがあるというものだ。


「っと、それより、リンちゃんの方は結局どうなったの? なんとなく、終結したように思えるけど」

「あぁ〜……説明しようか……飲み物を飲んでからね……」


 そう言うと、ちょうどメイドさんが紅茶を六人分用意してくれた。



「ふぅ……やっと落ち着いた。なかなかに慌ただしい一日だったからね……。まぁ、明日からも別の意味で忙しいんだけど……」


 ……?

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