256 忙しいお嬢様
「お腹いっぱいでふ」
こら、はしたないぞ。
時間いっぱいいっぱいまで注文、食べきったカレンは食後のお茶とばかりにカレンスペシャルを作っていた。
「……よく、それだけ入るねぇ……」
カレンもそうだけど、シロも相当食べていた。
カレンと違っていまだに涼しい顔をしているのが少々怖いけど。
もうお腹いっぱいだよね? 無限に食べられるとか言わないよね?
「姉さん。ありがとうございます。これで数日は持ちそうです」
うん。いいんだけど、そういう食べ貯めはやめようね。
きっと身体には良くないだろうから。
これは姉である私が監督しなければな。
お会計の時の店員さんも、凄い疲れた表情をしていた。
うん、チップを弾んであげよう。
「もうちょっとだけお店を見て回ろうか」
まだお昼を過ぎたばかりだし。
そう思って道沿いに歩いていると――。
「コトミ・アオツキさんですか?」
と、いきなり男性に声をかけられた。
無視しても良かったんだけど、今はカレンとシロもいるし――。
「いえ、違います」
「「え……」」
なぜ、そこで戸惑うよ。
顔を知っていれば見間違うこともないと思うんだけど。
私の黒髪って結構珍しいらしいし。
いま周りを見渡すだけでも他にいないぐらいには。
「あ、えっと……その、ち、ちょっとお話をお伺いできたらなぁ……と」
しどろもどろになりながらも、なんとか言葉を繋げる男性。
人違い作戦はスルーして進めることにしたらしい。
よく見ると、手元にはマイクがあり、後ろの人は一般人が持つには少々大きなカメラを持っている。
……嫌な予感しかしないなぁ。
そう思って、カレンへ視線を移す。
こんな時は当然、魔眼を熾しているわけで――。
『どうやら、テレビ局の人みたいですね。不思議な能力を持った子供の噂、その真実は〜的な内容の、取材のようです』
なんじゃそりゃ。
そんな取材を受ける心当たりが……ないとは言わないけど。
まぁ、こういう時の対応としては――。
「逃げるが勝ち、だね。――カレン!」
「お供しますっ」
カレンは魔眼の能力で私の行動を詠んでいるため、何も言わなくても付いてくる。
ただ、体力的な問題はあるから、手を掴み引っ張るようにして、路地裏に入る。
シロも難なく付いてきた。
「「なっ……!!」」
慌てて追いかけてくる男性たち。
このまま追いかけっこしても、引き離せないだろうから、ちょっと裏技を使おう。
「ちょっと失礼するよ」
何個かの角を曲がり、男性たちの視界から離れたところで、カレンの背と膝に手を差し入れ持ち上げる。
「えぇ、お願いします」
カレンも慣れたように、自然と私の首へ手を回してくる。
「よっ、と」
足裏に魔力を流し、壁を垂直に駆け上って行く。
久し振りにこういう無茶をするなぁ。
そんな風に思いながらも、そのまま屋根の上を伝って男性たちから距離を取る。
ふと、目に入った空は雲ひとつ無い蒼穹で突き抜ける青さだった。
なんとなく、なんとなくだけど、テスヴァリルの時に見上げた空の色を思い出す。
「ふふふ」
腕の中のカレンもなんか楽しそうだし、たまにはこういうこともいいかな。
「よっ、と」
そのまましばらく屋根を渡り歩き、男性たちを撒いた路地裏とは別の所に飛び降りる。
「ここまで来れば大丈夫かな? 少し早いけどリンちゃん家に戻るかな」
スマホの時間を確認するもお昼をちょっと過ぎたあたり。
まだゆっくりすることもできるけど、さっきの人たちと鉢合わせしたくないし。
「そうですね。まだ開いているお店も少ないですし、またあらためましょう。デートは何度やっても楽しいですし」
カレンも特に異論無いので帰るかな。
後半の部分はスルー。
シロは言わずもがな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あ、リンちゃん」
リンちゃん家の扉を開くとリンちゃん他、アウルとルチアちゃんとばったり会った。
「あれ? コトミ? 早いね。もう少し街にいるかと思ったのに」
「あー、うん。ちょっとね……。なんかテレビ局の人に追いかけられてね」
ことの顛末を簡単に説明する。
すぐ逃げ出したから大した説明もできないけど。
「あー、情報統制はしておいたけど、完全には無理だね……。しばらくは大丈夫だと思うけど、時間の問題かな。そっち方面も何とかしないとなぁ……」
そう言って考え込むリンちゃん。
うーん、状況はいまいちわからないけど、なんやかんやで大変そうだなぁ。
「リンちゃん休んでる? いろいろと大変そうだけど……」
横目にアウルを見ると――苦笑いしながら首を横に振っている。
心なしかアウルとルチアちゃんも疲れているように見えるな。
「まぁ、大変だけど、まだ大丈夫よ。倒れる前には休むようにするから」
それは、倒れない限り働き続けるというわけじゃ……。
「あまり無理はしないでよ? 手伝えることは手伝うから、さ」
「うん、ありがとう。でも、戦いで役に立たなかった分、いま頑張らないと」
うーん、言ってもダメかなぁ。
仕方がない。いまは好きなようにやらせてあげよう。
アウルに視線を送ると口元がヒクつきながらも頷いている。
……リンちゃんに何かあったら許さないからね。
そう思いを込めると、何か感じ取ったのか、ハトのように何度もうなずきだした。
そんな立ち話をしていると、慌ただしくリンちゃんを呼ぶメイドさんがやってきた。
……大変だなぁ。
急ぎ足で去って行く三人の姿を見送りながら、あらためてそう感じる私たちであった。




