251 帰ってきた少女といなくなった少女
どれだけの時間をそうやって過ごしていただろう。
何分か、何十分か、何時間か。
どれだけの時間が経ったかわからない。
魔力酔いはほとんど治まった。
無理矢理魔力を使用してできた裂傷も治癒魔法で治した。
全身血塗れで、しかも渇いて張り付いて、不快ではあるが、それ以上の喪失感を私が襲う。
「……星が綺麗だ」
この世界に生まれ変わって、ここまで星が綺麗と感じたことはなかったんじゃないだろうか。
テスヴァリルではあまり気にもとめなかったけど、テスヴァリルの方が星は綺麗だった気がする。
この世界は大気が汚れているからな……。
いま、星が綺麗に見えるのは爆風で大気のチリが飛散したから、かな。
そんなとりとめないことを考える。
魔力酔いも治った。傷も治した。
でも――。
「何が、みんなを守る、だよ」
妖精とはいえ一人の少女が犠牲になった。
確かに、町は、そこに住む人の命は助かった。
でも――、誰かの犠牲の上に成り立つ平和なんて――。
「私は、選択を間違えた、のかな」
シロの言うとおり、みんなで避難していれば、手の届く人たちだけであれば――。
考えても仕方ないのはわかる。後悔しても。
でも――。
「シロ……」
一人の少女の名前を口にする。
――魔力を周囲に放出する。大量に。
だけど、それに寄ってくる少女は――もういない。
手の中に収まっている紫水晶のペンダントだけが、悲しく静かに光輝いていた。
遠くから羽音が聞こえる。
かなりの時間が経っているだろうから、なんの音かはなんとなくわかる。
徐々に近づいてくる羽音――ヘリの音。
機体からのライトに照らされる私。
眩しいわ……。
上空で高度を維持しているヘリ。
そこから何かが飛び出してくる――?
はぁ――?
ドスンと身体の近くに何かが落ちて少々ビビる。
「コトミっ! 大丈夫!? 傷が――!」
あぁ……アウルか。
というよりあの高さから飛び下りて平気なのかよ。異常だわ。
っと、それより――。
「うっさい。耳元で騒ぐな」
静寂を破ったその声量は少し、いや、かなりうるさかった。
「うっ……。な、なんか大丈夫そうだね」
まぁ、魔力酔いは治まったし、傷も治した。
見た目はズタボロだけど、身体は無事。
心は――。
「あれ? 妖精……シロは?」
「…………」
シロは――いない。
「…………」
そんな様子を感じ取ったのか、私の身体を起こし、そっと包み込むように抱き締めるアウル。
「……何よ」
「コトミはさ、たまに無茶をするよね。昔、ドラゴンと対峙したときもそう。自分のことよりも他人のことを優先する。他人が傷つくぐらいなら自分が傷つくために動く。今回も、街の人たちのために、こんな怪我を負った」
「…………」
「コトミのおかげで、この街が、みんなの明日が守られた」
「……でも、一人の少女を、守れなかった」
「それは……」
アウルが口を紡ぐ。
人の命と妖精の命、どちらの方が重いかなんて自明の理。
特にテスヴァリルでの妖精は討伐対象、とまではいかないけど、共存はできない存在となっている。
そのため、本来であれば、心を痛める必要もないのだけど――。
「……人の命を比較することなんてできないし、みんなの命が平等とも思えないけどさ。それでもコトミは命をかけて多くの人の命を救った。シロもその命を最後までコトミのために使った。……そのお陰で街の人は守られたし、コトミも生き残ることができた」
一呼吸を置き、言葉を続けるアウル。
「犠牲……ではないよ。その命で、コトミの命が、みんなの命が、明日へ繋ぐことができた。……悲しいことではあるけど、無駄にはなっていないんだ」
……シロは望んでいたのだろうか。
寿命のない妖精はその魔力が失われない限り死ぬことはない。
それなのに、私のワガママに付き合わせてしまい――。
『だい、じょうぶ』
脳裏にシロの最後の言葉が浮かぶ。
あれは、どういう意味だったのだろうか。
何が、大丈夫なのか。
わからない。
わからないけど――。
「私が……こんなところで、いじけているわけには、いかないよね……」
でも、ちょっとだけ……ちょっとだけでいいんだ。
今だけは……下を向いても、いいよね。
「……コトミ」
私の静かな嗚咽はヘリの羽音でかき消され夜空へと消えていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「コトミっ!」
「姉さんっ!」
ほぼ同時に私の名前を呼び、突撃をかます少女二人。リンちゃんとカレン。
「ぐっほぉ……。二人とも、ちょっと加減してね?」
これ、私じゃなきゃ大怪我するレベルだぞ?
ていうか私、血塗れだから服汚れるよ?
「コトミさん」
その後ろに付いてやってきたのはルチアちゃん。
結局みんなヘリに乗ってやってきたのか。
「ごめんね。みんな心配させちゃって」
「ほんとですよ……」
「ホントだね」
カレンは涙目になりながら視線を合わせてくる。
対照的にリンちゃんは呆れたような、ホッとしたような視線を向けている。
ルチアちゃんもどこかホッとしている。
アウルは……私の後ろで微笑んでいる。
「なんか、ムカつくなぁ」
「うぇっ!? なんで!?」
首だけ後ろを向いた私に罵倒されるアウル。
それを見て笑うリンちゃんとルチアちゃん。
カレンだけは私の瞳を覗いて、神妙な顔をしている。
たぶん、ここで起きたことを知ったのだろう。
別に隠すことではないけど、あまりみんなが落ち込むようなことにならなきゃいいな。
「とりあえず帰ろうか。リンちゃんの家に――」




