250 生き残った少女
頭ガンガンクラクラグルグル。
ガンガン〜クラクラ〜グ〜ルグル〜。
う〜〜、きっっつぅぅっっ……。
別に私はお気楽に遊んでいるわけではない。
自分の許容量を超えた魔法を使ったがために魔力酔いになった。
……今までの比にならないぐらいの魔法――障壁を使ってしまったがために。
きっっつぅぅっっ……。
指先一本動かせない、というより身体の感覚がまったくないから、生きているか死んでいるかもわからない。
……いや、これだけ魔力酔いの症状に苦しめられているんだから生きてはいるか。
変なところで納得しつつもこの苦痛に耐える耐える耐える……。
「…………っ」
やっと、少しずつ感覚が戻ってきた……。
とはいってもまだ動くことはできないけど。
なんとなく、横になっていることがわかるぐらい。
倒れているのかな? 固い地面に接しているし。
まぁ、力の抜けた状態で立っていたらそれはそれで恐ろしいわな。
頭ガンガンクラクラグルグル。
これは変わらない。
多少マシになったのかな? と思えるぐらいで。
無心でこの辛さをやり過ごす。う〜、辛い……。
ガンガン〜クラクラ〜グ〜ルグル〜……。
ゆっくりとだけど目を開ける。
うぅぅ……まだ、動けないし何も見えない……。
そういえば、シロは……?
そこまで意識が回らなかったからうっかりしていたけど、シロに魔力を供給してもらいながら障壁を使ったんだった。
以前、魔力酔いしたときはツンツンとイタズラされたけど、今回は何もない。
あまりにもひどい魔力酔いだからそっとしておいてくれているのかな?
魔力酔いは魔力の操作や制御ができなくなるのと同時に、身体は全身に筋肉痛や痺れのような症状が現れる。
これは個人差があるのだけど、私の場合は特にひどい。
魔力量の上限が著しく低いくせに、膨大な魔力を操作する術を持っているため、身の丈に合わない魔法を使ってしまうからだ。
結果、常人では考えられないほどの魔力酔いが現れる。今のように。くぅっ……。
目をゆっくりと開け、焦点を合わせていく。
そこに飛び込んできたのは一面真っ白の景色。
……朝? いや、違う。これは――。
「――っ!?」
シロ!? どうしたの!?
言葉も出ない状況で声をあげる。
横たわっている私の目の前に――シロが同じように横たわっている。
息が届きそうな位置にシロの顔が――。
……気を失っている?
それより、シロの姿が――。
「……ぎぎ、ぎぎぎ……っ」
力の入らない身体を強引に動かす。
ガンガンクラクラグルグルする頭に追加し、身体中にギリギリミシミシズキズキと激痛が走る。
「……シ……ロ……」
一体なぜ……。
まさか――魔力を消費し過ぎた?
心なしか……身体が透き通っているような……。
「シ……ロ……」
動かない口を無理やり動かし、目の前に横たわる少女の名前を繰り返す。
なんで――?
妖精なの、に。妖精なら……他人のことより、自分のことを、優先するはずなのに……。
「こ……んの、バカ……妖精……!」
悲鳴を上げている身体を無理やり動かし、シロへ手を伸ばす。
「っつぅぅううっっ……」
文字どおり悲鳴を上げる私。つらぁっ……。
シロの手を握りしめ魔力を――練る。
「――くぅぅぅっっっ」
魔力酔いの最中は魔法の使用や魔力の操作はできないと言われている。
だけど、一般的ではないが、方法は――ある。
「こんのぉぉぉ……」
身体の中をうねっている魔力を無理やり手に集める。
本来は血液の流れと同じように流れている魔力。
それが魔力酔いの最中はまったく制御が効かない状態――不整脈を起こしているような状態となっている。
しばらく身体を休めていれば収まる症状ではあるが、今回のように時間的猶予がないときは、無理矢理言うことを聞かせることになる。その結果――。
露出している腕がピシリと裂け、鮮血が噴き出す。
その数は一つ、二つ、三つと増やしていき、身体にも広がっていく。
身体の内側で魔力が暴れている。
制御不能な魔力を力業で押さえ込めようとしているのだ。
「いっつぅぅぅ……」
普通の怪我とは違い、内側からの暴力的な力で裂ける皮膚や血管。
全身が敏感になっている上での強烈な痛みに思わず声が漏れる。
それでも――やめるわけには、いかないんだよ!
噴き出す血の量は多くないが、腕、身体、足、と全身が裂けていく。
少しずつシロに注がれる魔力。
幸いにも魔力は枯渇することなく、いつもどおり回復している。
体力と気力は別問題だけど――!
まだ、シロは目覚めない。
それでも注ぎ続ける魔力。
だけど、ゆっくりとシロの姿は薄くなっていく。
――くっ。
「シ……ロ……!」
名前を呼ぶ。
魔力酔いと裂傷の痛みで、まともに声は出ない。
それでも――。
「シロ……!」
「…………」
ゆっくりと目が――紫色の瞳が現れてくる。
その表情は普段の無表情とは違い、慈悲に満ち溢れた眼差しとなっていた。
「……バカ」
紫色の瞳に向かい、そう文句を言う。
――その言葉へ反応するかのように、シロが口を開く。
だけど、その声は――届かない。
「な、んて……?」
噴き出す血で視界がかすむ。
魔力を注いでいるにも関わらず、薄れていくシロの姿。
「待って……」
シロが――妖精が消滅する。
テスヴァリルで出会い、一緒に暮らした少女。
別れたと思ったのに、十年振りに再開した少女。
付き合い自体は長くないけど、いざという時はその身をかえりみず手を差し伸べてくれた少女。
持ちつ持たれつで魔力はたくさんあげたけど、私はまだそれ以上のことはできていない。
タイガーベアーに囲まれた時も、王国兵に囲まれた時も、戦場の真っ只中へ飛び込んだ時も――。
私はまだ、その時の恩を――返していない。
いまここで、この子を助けなきゃ――。
「シロ――!」
願いも叶わず、姿が消えていくシロ。
もう少し……もう少しだけ――。
『だい、じょうぶ』
ふと、声が聞こえたような気がした。
シ、ロ――?
瞬間、握っていた手が――空を切った。
「……シロ?」
そこには誰も――いない。
「……シロ」
魔力酔いや身体の裂傷よりも――。
「……シロ」
一人の妖精、少女がいなくなった――消滅した事実が、私を襲う。
「シロ――」




