25 小さな襲撃
カサっ。
「――っ!」
焚き火を挟んで反対側の茂みが揺れた。
咄嗟に収納からナイフを出す。
「…………」
茂みに動きはないが……。
「ふっ!」
「ぴぃっ!!」
投げたナイフが命中したソレは、鳴き声をあげ、倒れた。
「て、敵襲っ!?」
リンちゃんが飛び起きて、銃をソレに向ける。
び、びっくりした……敏感すぎじゃない?
そう思い固まっていると――。
「あれ、ウサギ?」
そう、飛び出した瞬間、射ぬいたのはウサギだった。
「うん、つい物音がして」
「『つい』でウサギを仕留めるとかあまり聞かないけどね? というかナイフなんて持っていたの?」
ちなみに、投げたものは正式な投げナイフではなく、ただのペティナイフである。果物ナイフとも言う。
軽いし、安いし、手に入りやすい。
この国、刃物類やら銃器類は入手が困難となっている。
平和な国にしか通用しないような法律もあるため、入手は結構大変である。
というわけでなるべく簡単に手に入り、軽くて、しかも安く買えるペティナイフとなったわけである。コスパもいい。
魔物相手に戦うわけではないし、切れ味もそこまで求めなくてもいいしね。
「うん、リンちゃんのファイアスターターと同じ」
「あぁ、なるほど、そうか。ってなるかっ! 子供がナイフなんて持ってちゃ危ないでしょ」
「でも、あれは果物ナイフの一種だから、キャンプに持っていってもおかしくないよね」
「おかしく……ないのかな?」
え? って顔をしながら首をかしげている。
それより――。
「いいタンパク質源が手に入りました」
「……可愛いウサギさんを当然のように食料扱いするとか、鬼だね」
「この世は弱肉強食、弱いと生きていけないよ」
「子供の台詞とは思えないよね」
そんなことを話しながら、ウサギの元まで歩いていく。
「耳って食べられるのかな?」
「焼くとこりこりしておいしいらしいよ。ワタシも食べたことは無いけど」
そうなんだ、ってそれより、なんでそう言うことを知ってるのか。
「おっきい葉っぱとかあるかな」
「これでどう?」
近くの木からもぎ取ってきた葉っぱをリンちゃんから受け取る。
「ちょうどいい所にあるもんだね」
大きな葉の上にウサギを横たえ、先ほど投げたナイフで捌いていく。
腹を裂き、内蔵を取り出したあとに皮を剥ぐ。
「……すごい手慣れているね」
「あー、鶏肉を丸々調理することもあるからね。ウサギも似たようなものだよ」
「でも、さすがに皮や内蔵は取り除かれて売っているんじゃない? スーパー行ってもニワトリまんま、って売っていないと思うけど」
「う……インターネットの動画で見たんだよ。なかなか面白かったよ」
「面白いかなぁ……そんな動画」
「リンちゃんも銃の番組だと何でも見るでしょ。それと同じだよ」
そんなものかなぁ、とかブツブツつぶやきながら、一応納得しているようだった。
一通り切り終えてから水でなが――、
っと、危な。ついつい魔法で流すところだった……。
リンちゃんが寝ている間に、こっそりと自分のボトルに水を補充しておいたからそれを使おう。
「リンちゃん、ごめん私のボトル取って」
「ん? あぁ、これ? はい」
「流してもらっていい?」
「え!? 水はもったいないよ!」
「え……? あー、大丈夫。水ならまだあるから」
「えー、遭難の時って、水は貴重だよ?」
「大丈夫だよ。実はまだ持っていたんだ。残っているから大丈夫だよ」
「う~ん……わかった。コトミのことだから、大丈夫だよね」
珍しい、退いてくれたね。
「どうしたの? 珍しく素直だね」
「失礼な人だね!? 一応これでもコトミのこと、信頼しているからね」
「あ、うん、ありがと」
面と向かって言われると照れるわ。
手の平に水が流され、ウサギの肉を軽くすすぐ。
血の気が無くなったのを確認し、食べやすいサイズに切っていく。
あとは……。
「はい、これ」
ん?
差し出されたのは、肉を刺すのにちょうどいい枝が……。
「ありがとう。ってよくわかったね」
「まぁ、慣れているからね。こうやってキャンプすることもあったし」
「ふ~ん」
そういう取り留めない会話をしながら、肉を木の枝に刺していく。
リンちゃんは刺し終わった肉を、器用に焚き火の近くに立てかけていく。上手だね。
さて、あとは肉が焼けるまで待つだけだ。
「ねぇ、コトミ」
「ん?」
「さっきのナイフ見せて」
「あぁ、良いけど、普通のペティナイフだよ?」
先ほど水洗いしたナイフをリンちゃんに渡す。
「ん~、本当だ、普通のナイフだ」
「でしょ。手を切らないように気を付けてね」
しばらく眺めていたが、満足したのか、ようやく返してくれた。
大したナイフでも無いからね。
さすがに収納に入れるわけにも行かないから、ハンカチに包んで鞄の中に入れる。
鞘とか無いけど仕方ない。
まぁ、リンちゃんが忘れた頃に収納へ仕舞おう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
薪をくべながら肉の焼き加減をみる。
ん~もう少しかな。
お互い無言のまま、焚き火を眺める。
パチパチとした音だけが辺りに響く。
「二人だけはぐれてさ」
隣に座っているリンちゃんがポツリとつぶやく。
「うん?」
「きっと、コトミは不安で泣いたりするのかなー、とか、ワタシがしっかりしなきゃなー、って思ってたの」
焚き火に横顔を照らされているリンちゃんが言葉を続ける。
「……うん」
「でも、意外とコトミがしっかりしていて、わたしいなくてもよかったかなー、足手まといかなー、って思ってきた」
「思ってきた、って現在進行形?」
「うん、ウサギも狩って、原始人みたいに生きていけそうだし」
「誰が原始人やねん」
なんちゅーことを言うのか、この子は。
「やっぱり、ワタシはいなくてもよかった、かな」
リンちゃんが少し、寂しそうに話す。
「……そんなことないよ」
「え?」
「リンちゃんがいなかったら、火を熾せていなかったかもしれないし、火の番だって一人でやる必要があった。移動する時も一人だったら不安になっていたかもしれなかった。リンちゃんがいてくれるから、私もいつも通りにできているんだよ」
「そうなの?」
「うん、それに、不謹慎だけど――楽しい」
「……ぷっ」
私の一言に笑みをこぼすリンちゃん。
「あ、笑うなんて失礼なやつ」
「ゴメンゴメン、ワタシも同じ事を思っていたから」
「え?」
「楽しい、ってやつ。なんか昔に戻ってきたみたい。焚き火して、獲物を狩って、焼いて食べて」
「リンちゃんは意外と原始人みたいな生活してきたんだね」
リンちゃんの言葉へ返しながら、薪を一つまたくべる。
「昔の話だからね!? 今はやってないよ!?」
「ぷっ」
「あー、今度はコトミが笑ったー」
「あはは、ごめんごめん」
でも、せっかくなら、前向きにいないとね。
後悔しないよう、いまを精一杯に生きていこう。
 




