249 〔防衛戦〕
『明日を、みんなと、笑顔で迎えるために――』
少女の背中に手を添えながらシロは思う。
この少女と再会してからはなるべく魔力を蓄えるようにしてきた。
もちろん、自分の食欲を満たすという目的もあったけど、この子はまた無茶をすると思ったから。
事実、目の前の小さな少女はこの街を守るために、命を賭けて戦っている。
(まったく、懲りないんだから。ご飯はご飯らしくおとなしくしていればいいのに)
シロは辛辣なことを思いながらも、貯め込んできた魔力を少女に向かって注ぎ続ける。
ふと、上を見上げると夜空に展開している障壁にヒビが入り始めている。
小さい障壁であればさほど魔力を消費せずとも構築が可能であるが、街全体を覆うような障壁になると、桁違いの魔力が必要となってくる。
さらに、障壁の維持にも魔力が必要となるため、加速度的に魔力は消費されていくこととなる。
(魔力の供給より、障壁の消耗が早い。やはり、この子の放出力に限界があるか)
少女は元々魔力が少なく、放出力もその魔力量に応じて人並みであった。
シロの魔力が使えるようになってからは徐々に上がり始めたが、極めている制御力に比べまだまだ未熟であった。
とはいっても、テスヴァリルの中では高ランクの魔法使いと比較しても上位に位置するのであろうが。
障壁のヒビが少しずつ増えていく。
(そろそろ限界。魔力も残り少ない。やっぱり撤退するしか……)
シロは注ぎ込んでいる魔力を転移魔法に回そうとする。
(この子も一緒に連れて行かなきゃ。でも、この子の邪魔をすることになるけど――)
一瞬逡巡したシロだが、やはり撤退すべきだと、転移魔法を発動させようとした瞬間――。
「まだ……っ。まだ、いける……!」
(――っ)
少女の言葉に魔法の発動を踏みとどまり、視線を再び戻す。
この街を守ろうと、必死にもがいている少女がいる。
(なぜ……。なぜ、そうまでしてこの街を守ろうとするの? 自分一人だけであれば、簡単に逃げられるのに)
シロには理解できないでいた。
シロのような妖精族は基本的に自分本位で動く。
他者のために動くのは、それが自分にとって利益になるからである。
今も手伝っているのは、この少女から今後も魔力をもらうため。契約のため。
そのため、こんなところで死んでもらっては困る。
もちろん、いざとなったらこの少女の仲間も一緒に転移するつもりではある。
そのための魔力は惜しまない。当然、あとで返してもらう。
「ぐぬぬぬ……」
障壁はヒビが入りながらも徐々にその大きさを広げ、もう少しで街を完全に覆うまでの大きさとなる。
しかし、シロは魔力の残りが少なくなってきたことを理解していた。
このままでは魔力切れで障壁の維持ができなくなる。
(……時間が、足りなかったか)
久しぶりに少女と出会ったシロは、四六時中少女の魔力を吸い取るようにしていた。
それでも、わずかばかり時間が足りなかった。
もう少し時間があればと悔やむが、いまさらどうしようもない。
(…………)
手の平に少女の体温を感じる。
他者と触れ合うのはいつ振りだろうか。
今まで何百年と存在してきたが、一人の人間とこんなに長い時間を過ごしたのはこの少女が初めてであった。
今まで知り得なかった人の温もりを知ったのも、この少女が初めてである。
(まさか、わたしが人と同じ時間を生きることになろうとはね)
森の中で生活している妖精が人と交わることは滅多にない。
ほとんどの妖精が森に漂っている魔力だけで十分生命を維持できるからである。
しかし、シロの場合は森の魔力だけで空腹を満たすには至らず、時には魔物を倒し、時には人里に下り、こっそりと魔力を吸収していたわけである。
(…………)
もうすぐ魔力がなくなる。
この子を失うと、また彷徨い続けることになる。
同じ場所に留まっていては、周囲の魔力が枯渇するだけなのだから――。
(……そう、だね)
シロは口元を緩めると決意する。
(いいよ。最後まで、付き合ってあげる。ギリギリまで……うぅん、限界まで、ね)
シロは目をつむり、空いている手の平を垂直に、目の前に持ってくる。
「…………」
瞬間――シロの周囲を囲うように白く輝く宝玉が現れた。
その宝玉は、妖精の魔玉――一つ一つが相当の魔力を含んでいるが、以前と比べかなり数が少ない。それでも――。
「――解」
砕け散った魔玉はチリとなり、周囲に膨大な魔力が溢れかえる。
「シ……ロ……?」
「よそ見しない! 守るんでしょ、この街を!」
「――っ! ありがとう!」
「お礼はいつもどおり――」
「「魔力でね!!」」
二人の声が重なる。
(急げ……! 時間が、ない!)
「妖精女王が命じる!」
リン――と、周囲の空気が張り詰める。
「我は盟約を果たすため、命運尽き果てるまで悠久の時を生きる者である!」
シロが虚空を見つめ、詠唱――呪文を唱える。
周囲に漂っていた魔力が二人を取り囲むように集まってきた。
「汝も同様、永久の世界でその命を燃やし尽くすまで永遠に生きる者である!」
魔力が、二人の間に集結する。二人を繋ぐ架け橋のように――。
「我は求め、汝は答える! 魂に刻まれし古の盟約を今ここに――そして創り変えよ!」
二人の間に繋がった魔力の橋が強く光り輝く。
シロは数秒目を閉じ――そして、開いた。
「いま、我と汝との契約は交わされた! 刻の狭間を越え、その力を顕現せよ!」
本能に任せ小声で、しかし力強く呪文を唱えるシロ。
普段の気だるさやおとなしさは影も形も無い。
それが妖精女王としての能力なのか――。
「来るよ!」
「わかってる!」
遠くに流れ星が見える。
夜空を幻想的に儚く輝かすそれは、凶器となってこの街へ降りかかる。
視認できたときには既に遅く、その衝撃は二人に――街へと襲いかかる。
「くっ……!」
衝撃と共に遅れてやってくる爆発音。
音速を超えた衝撃を、少女の障壁が全体で受け止める。
衝撃は一瞬であった。
障壁の外側――街の外でわずかに生えていた木々は無残にも根本から吹き飛び、その衝撃は地面をえぐる。
永遠にも感じる時間の中、少女たちは障壁に魔力を供給し続ける。
いや、壊滅的な衝撃を受けた障壁はその効果を維持するために魔力を求める。――欲するがままに少女二人の魔力を飲み込んだ。
衝撃が障壁の表面を流れるように伝わり――障壁の割れる甲高い音が夜空へ響き渡った。




