242 〔世界の終わり〕
数え切れないほど赤く燃える火の玉が、透き通る青空に広がっている。
『魔法』というこの世界の常識ではあり得ない現象。
この光景を見た誰もが世界の終焉を思い描いただろう。
「リーネルンお嬢様……これはいったい……」
先ほどから静観を決めていたアノンも、目の前の非科学的な現象に対し、ついに言葉を漏らす。
他の隊員たちもその言葉に耳を傾けている。
「……本案件は黙秘レベルSの事案よ。これからのことについても、見聞きしたことは口外禁止。他の隊員に対しても同様よ」
隣で息を飲む声がする。
リーネルンの言葉に反応し、いち早く動きだしたのはアノンだ。
モニター前に座る各隊員に対し、現場への伝達を指示する。
やはり優秀な指揮官であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アウルとルチアが出て行ったあとの司令室は慌ただしくなっていた。
「ヘルトレダ国に新たな重車両――戦車を確認! これ以上、前線を維持することができません!」
モニターを凝視していた隊員が叫ぶ。
「コール隊長がやられました! 弾薬も尽きております!」
怒号が飛び交う司令室。
ロフェメル国の戦況はよくなかった。
かたや正規軍、かたや街の防衛のみを託された治安維持部隊。
防衛戦とはいえ、正規軍が優位な状況は誰が見ても明らかであった。
「後方のロベルト隊長がバックアップに向かいますが――間に合いません! リーネルンお嬢様! 撤退のご指示を!」
リーネルンは苦渋の決断を迫られる。
隊員たちを無駄死にさせるわけにはいかない。
しかし、ここを死守しなければ、結果は同じだ。
数秒の迷いが命取りになる。
リーネルンはそのことを理解しているため、すぐに答えを出した。
「前線に伝えて! 前線は放棄し――」
後退せよ――と、伝えようとしたところ、モニターが土埃で白く染まる。
「――っ」
リーネルンは机に両手を付いてうなだれる。
間に合わなかった――と。
「…………」
アノンも悲痛な面持ちでモニターから目を背ける。
「……え?」
そのまま数秒、モニターの映像が回復したところで、一人の隊員が驚愕の声を上げた。
そこには隊員たちの変わり果てた無残な姿ではなく――。
「アウル、ルチア……」
二人の少女が岩壁と共に立っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
モニターには二人の少女が映し出されていた。
絶体絶命の中、空から降って湧いたようにいきなり現れた少女たち。
その少女たちは、壁のような岩で隊員たちを守ると、自ら刃となって前線へと降り立った。
「アウル……ルチア……無茶しないでよ」
結局止めることが叶わなかった二人の少女。
リーネルンは二人の力を知っているとはいえ、見た目はか弱い少女である。
この残虐で非情な戦争にどこまで耐えられるかどうか。
できれば無事に戻ってこられるよう、リーネルンは祈ることしかできなかった。
地平線まで続く平原が無残にも焼けこげ、遠くに見える戦車が何機もはじけ飛び、軍用ヘリが一機、二機、三機、と続けざまに墜とされていく。
ショートカットの少女が剣を振るい屍を積み上げる。
その背後で魔法――と思われる現象を起こしている少女。
まるで映画を見ているような光景に、隊員たちは全員モニターに釘付けであった。
その中で、リーネルンだけは正確に戦況を把握していた。
(事前の情報によると、この街を占拠するために普通では考えられないほどの戦力を用意していると聞いた。噂では、不思議な能力を持った少女を確保するため、と言われているが……)
リーネルンはここにはいない一人の少女を思い描く。
(もし、その情報が本当であれば長期戦になる……。どちらかが引かない限り……)
モニターの目の前を高速で駆け抜ける何かがいた。
その何かに向かい、ショートカットの少女が飛び上がる。
ぶつかる――そう思った瞬間、その何かは一刀両断され空の藻屑へと消えていった。
「……っ!」
リーネルンは見てしまった。
数名の隊員も気がついただろう。
少女が射撃され鮮血が舞った姿を。
「アウル……っ」
リーネルンは歯を食いしばる。
自分の無力さを悔やむ。
しかし、何ができるわけでもなく時間だけが過ぎていく。
日は、まだ高い。
戦いは、まだ続いていく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
日が傾き、あとわずかで日没だというころ、アウルとルチアを取り囲む戦車や軍用ヘリ、戦闘機類。
時間稼ぎの役目は充分に果たした。
だけど――。
「アウル、ルチア……っ。動ける部隊に伝達! 少女二人を回収! 急いで!」
リーネルンは判断した。二人は限界だと。
この状況から救出可能かわからないが、二人を失いたくない。
コトミへ顔向けできない以上に仲間――友達を見捨てられない。
リーネルンの指示により、速やかに動き出す前線の隊員たち。
前線では部隊の立て直し、再編成が行われ、どんな事態にでも対応できるよう、待機していた。
当然、この指示のように、少女二人をバックアップすることも配慮されている。
いや、命がけで自分たちを、街を守ってくれた少女に対し、隊員たちは自ら盾になるつもりでいた。
多勢に無勢、それでも、わずかな可能性でもあるならば命を賭ける覚悟である。
(……間に合わない)
リーネルンは悟った。
絶望に染まる思考。
その現実から目を逸らそうとしたとき、アウルとルチアの前に何かが現れた。
「……っ!」
顔を上げるリーネルン。
(あれ、は……。あの、姿は……。コトミ! ……あれ? ぐったりしている?)
歓喜したリーネルン。
しかし、すぐ表情を曇らす。
(……なんで、また少女が増えているのよ……!)
全員を包み込むような大きい障壁。
恐らく、新たな少女の仕業なのだろうと。
そして思う。脅威はもう去ったのだと。
そう、安堵した瞬間、心の中のモヤモヤが、叫びとなって口に出ていた。
「ワタシが直接確認に行く!」
隣のアノンも眼下でモニターを覗き込む隊員も、みなリーネルンの発言に言葉を失った。




