241 後先考えない少女
アウルの鼻先を微かな香りがかすめる。
――懐かしい、匂い。
テスヴァリルで出会い、この世界で再開した少女。
その少女の存在を感じる。
――幻、か。
アウルがそう思ったところ――。
ゴツン、と頭部に岩をぶつけられたような大きな衝撃があった。
「――いったぁ……」
目が覚めた。
寝ていたわけではないが、意識が朦朧としていたところへの一撃である。
「いったい何が……って――」
アウルの胸に飛びこんできたのは黒髪黒眼の小さき少女。
「コトミ!? ――って、なんでぐったりとしているの?」
糸の切れた人形のように四肢の力が抜けているコトミ。
文字どおり目が回っている。
やはり、ダメだったようである。
「ああぁぁ、姉さん!? 大丈夫ですか!?」
そのコトミをアウルから引き剥がし、抱きかかえる、また別の少女。
銀髪緋眼とはまた珍しい。
アウルがそう思ったところ、また別の少女が口を開く。
「ただの魔力酔い。放っておけば治る。それよりこれをどうにかしてほしい」
白髪紫眼の、この世界では珍しい色彩をした少女がそうこぼす。
アウルは驚愕した。
その言葉や姿形ではなく、自分たちを包む込むように展開された――。
「しょう……へき?」
――障壁。
テスヴァリルならいざしれず、この魔法の無い世界でここまで立派な障壁が展開できるなんて。
その展開された障壁に向かってヘリや戦車の銃弾、砲弾が撃ち込まれているがビクともしていない。
「あの、君たちは……」
アウルがその状況を見かねて声をかけるが――。
「うぅぅ、姉さん〜。大丈夫ですか〜……」
「…………」
銀髪緋眼の少女はコトミを介抱し続け、白髪紫眼は呪詛を紡ぐように何かをブツブツとつぶやいている。
「…………」
アウルは理解した。
これはコトミが復活するまで待つしかないんだな、と。
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「いやー、やっぱり魔力酔いは慣れないね……。この程度の距離なら大丈夫かと思っていたんだけど……」
アウルとルチアちゃんの元に飛び込んだ瞬間、身体から力が抜けた。
さほど魔力を消費していなかったから、ものの数分で復活したけどやっぱり魔力酔いは辛い。
頭ガンガンするしクラクラするしグルグルするし、魔力を練ることどころか身体に力を入れることさえ難しいし。
意識が鮮明な分、その辛さがダイレクトに伝わってくる。
「出会い頭にヘッドバットくらうしね」
「それ、私のせいじゃないよね!?」
目の前のアウルが抗議の声を上げるが無視。
とりあえず二人の治癒を優先させないと。
「こんなに酷い怪我をして……まったく、ドジなんだから」
「ドジの一言で片付けないでくれるかな!?」
治癒魔法を連続でかける。
傷が深すぎて一回二回の治癒魔法じゃ完治しない。
どれだけ無茶をしたんだか……。
出血を止めるために、自分で傷を焼いているし。
「ほんと、バカだね」
「うっ……まぁ、それは否定できない」
はぁ、まったく。
「よし、これでいいかな。――ルチアちゃんお待たせ。辛かったでしょ。ごめんね」
怪我の度合いはアウルの方が酷かったから、仕方がなくアウルを優先した。
せっかくここまで来て死なれたら困るし。
「いえ、大丈夫です。わたしはお姉ちゃんほど怪我はヒドくないですし。どちらかというと、魔力が減って辛いです」
「あぁ……。そうだよね。この惨状を見ればかなり無茶したこともわかるよ」
焼け焦げた平原に、隆起した地面、そこら中で燻っているのは兵器だった物たち。
いまだにそこかしらで煙が上がっている。
「姉さん、この周囲に人は居ないみたいですね。それで、これ、どうします?」
ルチアちゃんの治癒が終わったところでカレンからそう声をかけられた。
カレンには魔眼を使って周囲の安全確認と脅威の排除をお願いした。
もちろんこれとは――。
「ヘリが二機に戦車が三機か。まだ人は乗っているんだよね」
「そうですね。全部で十人ちょっとです」
「そのまま死んでもらうのは忍びないし、捕まえて連れて行こうか」
一手間増えるけど、別に私は殺戮者になりたいわけじゃない。
血を流すことなく終えられるのであれば、それはそれでオッケーだ。
そんな面倒な注文に対しても、文句を言うことなく従ってくれるカレン。
いい子だねぇ。いろいろと重たいところはあるけど。
「シロもありがとう。助かったよ」
「魔力もらうからね」
すでに吸い取られているけど、まぁ、いいか。
なんだかんだでみんなを守ってくれたんだしね。
「それで、いきなり飛び込んで来たから事情がよくわからないんだけど……」
その後、兵士の人たち――捕虜の相手はカレンに任せてアウルたちから今までの経緯を簡単に教えてもらう。
「戦争が始まっちゃったからその最前線へ――ってバカなの?」
「うぅ……言葉もない」
「あの、コトミさん。お姉ちゃんも悪気があったわけじゃなくて、リンさんを守るために……」
「あぁ、ルチアちゃん。ごめんね。それはわかっているんだけど、やっぱり一言言いたくて……」
人の心配をさらに斜め上へ突き抜けて心配させるんだから、小言の一つや二つは言わせて欲しい。
「まぁ、お二人は前世からの長いお付き合いなので、このやり取りも日常的なものなんでしょうけどね」
「………………アウル?」
「なななな、何かな……?」
いきなり挙動不審になるアウル。
はぁ……。まぁ、私もカレンにバレちゃっているし、お互い様か。
「……このことはあとで詳しく教えてもらうからね」
「うぅ……コトミがルチアみたいなことを言い出した」
それはちょっと心外だなぁ……。
ルチアちゃんの方がもっと……っていかんいかん。
ルチアちゃんがこっちを見てニコニコしている。
いつも顔に出やすいと言われているし、気をつけよう……。
「えー、っと。それで、アウルたちの話だとリンちゃんたちは無事なのかな?」
「うん。前線はこのとおり死守したし、たぶん大丈夫だとは思うな」
そっか。それならよかった。
実際会ってみなきゃ完全には安心できないけど、ひとまず無事だということに安堵した。
電話に出ないのも地下深くにいるだろうからって。
それなら仕方がないか。――って地下?
アウルとルチアちゃんが電話に出なかったのはただ単にそれどころじゃなかったそうな。
まぁ、最前線で戦っていたらそうなるわな。
「とりあえずリンちゃんに無事を伝えた方が良いんじゃない? さすがに心配してるでしょ?」
「あ、でもそれは大丈夫じゃないかな」
アウルの話だと、リンちゃんの家……というより施設はこの街を前線基地として運用できるように、地下に司令室のような設備があるらしい。
なんだそれは……。
にわかに信じられないが、アウルが言うならそうなんだろう。
まぁ、ここで悩んでいても仕方がない。
とりあえずリンちゃんと合流するか。
「姉さん。こっち、終わりました」
――と、思ったらカレンから声をかけられた。
「あ、ありがとう」
そういえばカレンに任せっきりだったな……。
機嫌悪くなっていないか、嫉妬していないか心配だけど……。
女の子同士だし、誰に嫉妬するのかって話だけどな……。
「大丈夫ですよ。姉さんの役に立てていますし、それにワタシが一番だということは知っていますから」
「…………」
そんなこと言った覚えはないんだけどね。
まぁ、本人がご機嫌ならそれでいいか。
「……ねぇ、コトミ。その子たちって……」
考えごとをしていたらアウルから困惑の声が上がった。
まぁ、当然の疑問か。
テスヴァリルにいたアウルなら理解できるのだろう。
爛々と輝く瞳の、魔眼持ちの女の子に、白一色の女の子――妖精。
現代社会にはいないはずの存在。
害はないものの警戒するのは当然のことであった。
「んー、説明すると長いし、リンちゃんと合流してから話すよ」
そう言ってとりあえず締めくくる。




