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239 〔消えない戦火〕

「全てを貫き通せ! レディウス――ファイア!」


 ルチアの放った魔法は一条の光となり、侵攻中の戦車を貫き貫通する。

 制止する戦車。直後、光が貫いた穴から炎が噴き出し――爆ぜた。


「――っ、次!」


 息をつく暇も無く、新たに魔力を練っていく。

 急激な魔力消費は術者の体力と気力をも奪い去っていく。

 魔法使いとなって日の浅いルチアは今までに経験したこともない虚脱感や目眩(めまい)に襲われていた。

 それでも、膝をつくこともなく立ち続け、魔法を放ち続ける。


「残りの魔力もあとわずか……いつまで続くの……?」


 潤沢(じゅんたく)にあった魔力はもう残り少ない。

 魔力の減りに無頓着だったルチアでさえ、戦場での魔法連発は負担が大きく、魔力消費の影響が身体へ顕著(けんちょ)に表れていた。


「――ふっ」


 左右に切り返す刃で戦車の砲身を切り刻むアウル。

 いくら鉄をも切り裂く剣技ではあるが、戦闘機と違い、地上兵器は装甲が厚い。

 一撃で両断できないのが歯がゆく、何度も斬り返す必要がある。

 砲身を失った戦車は、備え付けられている小機関銃を使用するか、その躯体を利用した突撃しか攻撃方法はない。

 しかし、小機関銃は使用できない。

 なぜなら――。


「ぎゃっ!」


 ハッチと言われる、出入りするための天板から身を乗り出すだけで両断されるのだから。

 攻撃手段を失い、前進するしかない戦車。

 アウルは駆動しているキャタピラーを切り刻み、その進行を妨害する。

 中の兵士たちはまだ生きているが、生身の人間たちはアウルたちの敵ではない。

 それがわかっているからか、アウルは行動不能になった戦車から次の戦車へ向かって跳躍する。

 第四陣は再び地上からの侵攻であった。

 しかし、その中に生身の兵士はおらず、ほとんどが大小さまざまな戦車である。

 さらに数で押すため、今までにないほどの車両数であった。

 そのうちの半分以上は火を噴いて行動不能となっているが、あまりにも多い数の戦車で、アウルとルチアは消耗しだしている。


「……さすがに、数が多いよ」


 次の戦車を切り刻みながらアウルは思う。

 日が沈むまであと(わず)かである。



 戦車は基本的に中長距離を射程にした遠距離用兵器である。

 決して対人用兵器として至近距離で用いるものではない。

 しかし、この戦場では本来の用途として使用されず、対人用兵器として使用されている。

 砲身が火を噴き、ほぼゼロ距離射程で砲弾が炸裂する。


「――くぅっ」


 直撃はせずとも、砲弾によって生じた爆風や砕け散った破片が凶器となりルチアを襲う。


「これぐらい……」


 粉塵にまみれながらも魔力を練る。

 ――そのすぐ近辺で新たな爆発。


「――がっ!」


 軽い身体は爆風によって簡単に飛ばされ、数十メートルを転がり、岩壁の防護からもさらし出される。

 集中力の切れたルチアは練った魔力を霧散させる。

 すぐに起き上がることができず、視線を上げることしかできないルチア。


「マ、マズい……」


 先ほどの戦車が砲台の向きを変え、砲身がルチアを捉える。

 咄嗟に自身の下で小さな爆発を起こし、自分の身体を吹き飛ばす。


「ぐっ……」


 直後、元いた場所への砲撃。

 自身の魔法による衝撃へ重なるよう、砲弾の爆風が襲いかかってくる。


「くぅ……」


 失いそうになる意識を強制的に呼び戻し態勢を整える。



「――ルチア!」


 次弾装填中だった戦車の砲身が輪切りにされ、攻撃手段を奪われる。

 それと同時にキャタピラーを切断し、行動不能とする。


「お姉ちゃん……ありがと」


 ルチアは何とか身体を起こすと、駆け寄ってきたアウルへ苦笑いを返す。


「ルチア、大丈夫?」


 身体を支えるようにルチアへ寄り添うアウル。

 平気そうに見えるアウルであるが、ひどく出血をしており、止血できていない。


「わたしは怪我自体、大したことないけど……お姉ちゃんこそ大丈夫?」

「あはは、ちょっと無茶しちゃったかも。……それで、お願いがあるんだけど」

「……え?」



 ちょうど第四陣の切れ目だろうか。

 静まり返った戦場で、アウルとルチアは岩壁に身を寄せている。

 その戦場はしかし静寂とはいえず、周囲に戦車や車両の残骸、隆起した地面に、積み上げられた兵士たちの死体、くすぶる炎や異臭はこの世のものとは思えない惨状である。

 もともとそこにあった平原の面影はまったくと言っていいほど残っていない。

 その中に縮こまる幼い少女たち。


「あつっ……つつつ。やっぱり、痛いものは痛いね」

「……お姉ちゃん。本当に、大丈夫?」


 アウルは血を流しすぎたため、少々顔色が悪い。

 それにひかれるようにルチアも顔色は悪くなっている。

 しかし、ルチアの顔色は体調的なことではなく――。


「えーっと、こっちも、いいかな」

「……うん」


 アウルに促され、ルチアの指先に炎が灯る。

 そして、ルチアはそれをそのままアウルの傷口に押し付けた。


「――っ! っつー……。ふぅ、ありがとう。これで全部塞げたかな」


 至る所に負ったアウルの傷は案外深い。

 そのため、止血するにも時間がかかる。

 血を流しすぎないため、アウルは自身の傷口を――焼いた。ルチアの魔法で。


「お姉ちゃん……。ごめん」

「なんでルチアが謝るのさ」


 はだけていた衣服を整えるアウル。

 誰にも見られていないのが幸いか。


「…………」


 ルチアは言葉もなくうつむいている。

 そんな様子を見てアウルは思う。

 ルチアはまだ幼い。

 こんな戦場で大立ち回りをしていたとはいえ、中身はまだ十一歳である。

 精神年齢だけはアラサーのアウルとはわけが違うのだ。


「……私はね、こういう戦い、初めてじゃないんだ」


 そんなルチアを見かねたアウルは言葉をかける。


「――え?」


 突然の告白に戸惑うルチア。

 見上げた瞳には少し、ほんの少し涙を浮かべていた。


「私には、前世の記憶があってね。そこでも同じように剣で戦い、魔法を駆使し、生死をかけた戦いがあったの」


 空を見上げるアウル。

 地表で燃え広がっている炎と同じように、西日に照らされた朱色の空がそこにはあった。


「その時も無茶をしてね。やっぱり血を止めるために傷口を焼いたこともあったの」


 あはは、と――おだけるように笑うアウル。


「……お姉ちゃんは相変わらずなんだね」

「まぁ、ねぇ」


 頬をかきながら視線を逸らした。


「それで? コトミさんも一緒だったの?」


 ルチアの一言に目を見開くアウル。丸わかりである。


「あはは、鋭いね。ずっと一緒だったわけでもないけどね。でも、怪我をしても、()()のように傷口を焼いても、コトミであれば治せるからさ」


 そう言って、お尻を払いながら立ち上がるアウル。


「だから、怪我だらけでも、瀕死状態でも、死ぬわけにはいかない。死なない限り、治してくれるんだから――ねっ」


 剣を一振り。

 甲高い金属音が鳴り、遅れて銃撃音が響き渡る。


「……次の敵さんがやってきたのかな」


 アウルがそう漏らした瞬間、周囲に風が吹いた。

 再びの戦闘機、そしてバリバリと羽音を鳴らす軍用ヘリ。


「……時間的にも戦力的にもこれが最後かな。……最後がいいなぁ……」


 弱音を吐くアウル。

 しかし、戦場の火はその勢いが衰えることもなく燃え続けている。

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