238 〔戦争は続くよ、いつまでも〕
ルチアの後方支援で背後を気にすることなく突き進むアウル。
切り捨てた兵士はすでに百人を超えた。
それでも減らないヘルトレダ国の兵士たち。
周囲には大破した大小様々な車両や撃墜した軍用ヘリ。
人の屍も数え切れないぐらい横たわっている。
アウルが剣を振るう横を強風が駆け抜けていく。
血飛沫と断末魔を乗せて――。
ルチアの放った風魔法はただの強風ではなく、鉄をも切り裂く刃を織り交ぜた風魔法である。
その強風が渦を巻きながら物凄い速度で駆け抜けていく。
第三陣の攻撃が止んだ。
アウルはルチアの控えている四個目の岩壁へと後退する。
魔法で強化した岩壁は銃撃や砲弾を受け、周囲の地面が隆起している。
岩壁事態の損傷はあまり無いが、それを支える地盤が持たない。
そのため、場所を移動しながら弾除けの岩壁を作ったのである。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「はぁ、はぁ、うん。なんとかね」
したたる汗を手の甲で拭いながら答えるアウル。
大きな怪我こそ負ってはいないが、切り傷や擦り傷、多少の打撲など、少なくない負傷をしている。
これぐらいはコトミの魔法で簡単に治せるが、いま治癒魔法を使える者はいない。
能力的にルチアも使えることが出来るはずであるが――。
「ごめんね。わたしも治癒魔法が使えればよかったんだけど……」
昔のアウルは簡単な治癒魔法を使うほどの魔力はあった。
転生してからその魔力は恐らくルチアに引き継がれたのであるが、ルチアはまだ治癒魔法が使えなかった。
一般的な攻撃魔法と違い、人体構造へ影響させる治癒魔法は、魔法の中でも難易度が高い。
一度コツを掴んでしまえばコトミのようになんてことはなく使いこなせるが、その一歩がなかなか難しい。
もっと言ってしまえば攻撃魔法でさえ、本来であれば簡単に行使できる物でもない。
ルチアがいとも簡単に習得したのは、その想像力豊かなおかげなのか――。
「大丈夫だよ。まだ戦える。それより、ルチアの方こそ大丈夫?」
後方支援で岩壁に身を隠しているルチアであるが、こちらもまったくの無傷とはいかない。
飛んできた銃弾や砲弾の直撃こそ防いではいるが、やはり跳弾や爆風からの破片を全て
防ぐことは難しい。
二人とも小さな傷は多数あった。
「うん。大丈夫。まだ、日も高いし頑張るよ」
健気に返事をする少女。
アウルと違い、精神年齢は幼いはずであるが、気丈なまでに向ける笑顔にアウルは心が痛くなった。
「……お姉ちゃん。わたしは大丈夫だよ。お姉ちゃんがいるし、それにこの魔法を人のために役立てることができている。だから、大丈夫」
アウルの表情を読み取ったのか、そう答えるルチア。
ルチアが弱音を吐かないんだ。姉としての威厳を見せなければ。
そう、アウルは思い、ルチアの頭を撫でる。
「うん。お互い頑張ろう。生きて帰ったら――私のことを、話すよ」
驚いたルチアであるが、すぐに笑顔となり、言葉を返す。
「うん。絶対だよ」
二人が笑う。
その上空を――何かが駆けた。
遅れてやって来る暴風。
そして空気が爆発したような風切り音。
二人の視線が通り過ぎていった何かを追う。
「……こんなか弱い少女二人に、あんな物まで出してくるなんてね」
駆け抜けたそれは遠くの空で反転し、こちらへ向かってくる。
「ストーンシールド!」
ルチアの足元から、今までより何倍も大きい岩壁が、ルチアたちを守るようアーチ状に出現する。
そこに、花火が射出したような乾いた音が聞こえ――直後、耳を塞ぎたくなるような爆発音とともに、衝撃と振動が二人を襲う。
「人に対する攻撃方法じゃないよね」
アウルが嘆くが、ヘルトレダ国が聞き入れるわけがない。
通過した何か――空を駆け抜ける戦闘機――が再び反転して向かってくる。
「くっ……このままじゃジリ貧か……」
「お姉ちゃん、飛んでっ!」
「ほぇっ?」
ルチアのかけ声にアウルが振り向く。
いったい何――。そう思った瞬間、身体が宙を舞っていた。
「え、え、えぇーーっ……」
空中へと放り投げ出されるアウル。
逆さまにならないよう何とか体勢を整えるアウルに向かって、反転した戦闘機が突っ込んでくる。
「む、無茶苦茶だ――ねっ!」
そう嘆きながらも一閃。
アウルが剣を振り抜く。
その一撃によって戦闘機はアウルを避けるかのように二つに分かれた。
「――よしっ!」
ガッツポーズするルチア。
アウルもその様子を見て笑顔を浮かべ――地上からの銃撃音。
一足先に気がついたアウルは、今までと同様に剣を振るう。
――が、足元の悪い空中のため踏ん張りがきかず、数発の銃弾がアウルを掠める。
「――っ」
舞う鮮血。
「お姉ちゃん!」
落下する直前、ルチアの風魔法により急転回させ、アウルの身体を引き寄せる。
しかし、近すぎたため減速することも叶わず、ルチアを巻き込みながら二転三転転がって、二人は停止する。
その場で新たに発生する岩壁。
ルチアが二人を守るため、咄嗟に出現させたのだ。
「お姉ちゃん! 大丈夫!?」
血相を変え叫ぶルチア。
「大丈夫。掠り傷だよ」
そう気丈に返すアウル。
確かに出血そのものは多くないが、これまでの戦いで負傷していることもあり、その服には多くの血のシミができている。
「ごめんね……。わたしが無茶させたばかりに……」
姉を気づかうように、傷口を撫でるルチア。
「そんなことないよ。これぐらいの怪我で、あの戦闘機を墜とせるなら安い物だよ」
アウルの言うとおり、あの戦闘機を放置すれば地上からの攻撃部隊に集中できず、制圧されるのも時間の問題だったであろう。
「お姉ちゃん……」
そんなルチアを優しく包み込むよう抱き寄せるアウル。
「もう少し、もう少しだから……。頑張ろう」
自分に言い聞かせるよう、ルチアを励ますアウル。
日は傾きだしたがまだ夕刻というにはほど遠く、戦場の戦火は途絶えない。
それどころか、その命を燃やしつくさんとばかりに、激しく燃え続けている。




