234 〔地下組織?〕
通路の先は薄暗く、足元に気をつけながら進む必要があるが――。
「……階段?」
「うん。また少し下りるよ。足元に注意してね」
足元を照らすよう階段には少し照明が点いているが、正直心持たない。
慎重に階段を降りていく三人。
ちょうど一階分を下りたところで、少し広めの踊り場へと出た。
「電気が生きている間はこれを使うから」
そういってリーネルンが指差したところ、目の前の扉が開いた。
「エレベーター……こんな物もあるんだ」
エレベーターの光に照らされて反対側に目を向けると、そこにはさらに地下へと続く階段。
どれだけ深いかわからないけど、お言葉に甘えてエレベーターを使わせてもらおう、アウルとルチアの二人はそう思った。
エレベーターに乗り込み階層ボタンを押すリーネルン。
行き先が二種類しか無いのは専用エレベーターだからであろうか。
どんどんと地下へ潜っていくエレベーター。
どれだけ深くへと潜っていくのか。
アウルとルチアが不安に駆られそうになった時、軽快な到着音が鳴り響いた。
「着いたよ」
リーネルンに促されエレベーターを下りるアウルとルチア。
目の前には行き止まりの通路があるが、リーネルンは先ほどと同じく何も無い壁を探っている。
「あった、あった」
そう言って地上と同じようなモニターが現れ、リーネルンと認証したのち、機械的な声が響く。
すると目の前の壁――のように見えた扉が開いた。
再び続く薄暗い廊下。
先ほどと違うことは分かれ道が複数あるところか。
「付いてきて」
リーネルンのあとに付いていき、何個かの角を曲がる。
とある扉の前に着いて、リーネルンが扉を開く。
「「…………」」
アウルとルチアの二人は声を発することもできず、目の前の光景に見入っていた。
そこには――。
「リーネルンお嬢様、お待ちしておりました。」
そんな三人の元にやってきた女性。
リーネルンのよく知った女性は、いつもの制服に身を包みやんわりとした笑顔で迎え入れられた。
「ん。アノン、首尾はどう?」
「はい。レンツ様にバーデル様、リーネルンお嬢様不在のため、この場は私が、現地はロベルトが指揮を取っているところでありますが、戦況は……あまり芳しくありません」
アノンの視線を追った先には大型のモニター。
上空からの映像なのか、前線でもある北門とヘルトレダ国であろう兵士、それにロフェメル国、いやヘイミムの治安維持部隊が映されている。
大型モニターの周囲にも数え切れないほどのモニターが並べられ、前線の様子を映しだしている。
「リンさん……ここは?」
薄暗い室内に入りながらアウルが口を開く。
「……ヘイミムの街は国境に面しているし、ヘルトレダ国とは何度も争いを繰り返してきた。その中で前線を維持するためには有事の際、正規軍の本隊到達まで持ちこたえる必要がある。ここは、そのために作られた施設なの」
リーネルンが前に進みながら説明する。
そのまま、扇状に手前が高くなっている雛壇の間を通り抜けていく。
上段は……司令塔のように一段上にあった。
複数の隊員たちが何やら作業をしており、慌ただしく動いているように見える。
アウルとルチアはリーネルンに付いていき、数段階段を下りる。
目の前に一番大きいモニターが備わっており、全体の戦況がわかるようになっていた。
「……本隊の到着はまだ?」
リーネルンはモニターの中の状況に眉を寄せ、傍らに立つアノンへとそう問いかける。
「申し訳ありませんが……明朝、日の出まで持ちこたえる必要があります」
ギリッ――小さく歯ぎしりの音が聞こえる。リーネルンは悲痛な面持ちで、アノンへ言葉を続ける。
「なるべく後退して。最悪、街を捨てることになろうとも、人命の方が大事」
「……お嬢様。お言葉ですが、それは国命に反することでは……」
「わかってる。わかっているよ……」
アノンが最後まで言い切る前にリーネルンはうつむきながら言葉を重ねる。
「……代わりに、ワタシが出撃る」
「――っ、お嬢様。それはダメです。レンツ様とバーデル様不在のいま、指揮を取れるのはリーネルンお嬢様、ただ一人なんです。行かせられません」
リーネルンの発言にいち早く反応するアノン。
当然であろう。司令官自ら戦場に出ることなど、普通はあり得ない。
そんな数人の兵士と殺り合うより、数百人規模で人命をかけ戦うことが司令官の役目なのだから。
「アノンとロベルトがいれば大丈夫だよ。……ワタシは目の前で人が死ぬことを黙って見ていられない。それに、ワタシは――誰よりも強いよ?」
殺気――それに反応したアノンが一歩距離を取り、身構える。
リーネルン自身が言ったとおり、彼女は強い。
少なくともペルシェール家でリーネルンに勝てる人間はいない。
ただ、それはあくまで一対一の戦いにおいてであるが。
「…………」
「…………」
見つめ合うリーネルとアノン。
剣呑な雰囲気の中、身体の力が抜けそうな口調で横から口を挟まれる。
「あの~……お取り込み中のところ申し訳ないんだけど……。代わりに私たちが行こうか?」
リーネルンとアノンの視線を一同に受け止めるのは恐縮しながら小さく手を上げているアウルであった。
その横には呆れ顔でため息をついているルチア。
目が合うと苦笑いで応えてきた。
「……アウル。遊びじゃないんだよ。これは戦争なんだ――」
「知っている。人を殺し、殺される、国同士の残虐な争いだよ」
そういうアウルの目は悲しそうに――だが、確かな意思を持って語る。
「私たちはリンさんの護衛だよ。その護衛対象が戦場のど真ん中へ行ってもらったら困るよ。それなら、リンさんが満足するように私たちが戦場へ向かう」
「……それなら、いま、護衛任務を解除するよ」
リーネルンは一瞬目を伏せたが、顔を上げはっきりとした口調で答える。
「あはは、それは困るな。コトミに頼まれたんだ。リンさんを頼むって。守ってくれって。そんな友人からの頼み事――断れないよ」
「アウル。それはただの――」
「それに、私はリンさんより強いよ?」
リーネルの言葉を遮り、アウルが口を開く。――周囲に殺気を撒き散らしながら。
武術をたしなむ者からすれば、その殺気はまるで猛獣に見つめられたかのような錯覚に陥るだろう。
「「――っ」」
リーネルンとアノンが警戒態勢を取る。
アウルの脅しは嘘ではない。
伊達に魔物が蔓延る異世界で剣士と名乗っていた訳ではないのだから――。
「あはは、ゴメンね。別に敵対したいわけじゃないんだ。今の状況をどうにか打破したい。そういう気持ちは私もみんなと一緒なんだよ。だから――私たちに任せてくれないかな。もちろん、ヤバそうだったらさっさと引き上げてくるよ」
「…………」
殺気は収まったが警戒しながらリーネルンは考える。
ちなみに、アノンは顔面蒼白で今にも倒れそうであるが、倒れなかっただけでもさすがではある。
「ごめんなさい。姉は脳みそまで筋肉で出来ているみたいで……。でも、言いたいことは伝わったみたいで良かったです」
やんわりとした口調でルチアが場を和ませる。
これで多少は剣呑とした雰囲気が改善すればいいが。
「ルチア……さすがにそれはお姉ちゃんも泣いちゃうぞ?」
「でも、それだけ心強いってことだよ。お姉ちゃん」
「ん? そ、そうかな。それならいいかな……」
チョロ。ルチアはそう思ったが、今は目の前のことを先に片付けなければ。
「そういうわけでリンさん。わたしたち二人に任せてくれないでしょうか。無理や深追いはしません。今日一日、夕方までの時間稼ぎだけです」
夜間は視界も悪く、待ち伏せのことを考えると進軍はないだろう。
ルチアはリーネルンと同じくそこまでのことを考えていた。
「…………」
リーネルンは考える。
確かに、アウルやルチアであれば一騎当千の力を持っている。
しかし、まだ子供である二人を戦場へ送り込むには抵抗があった。
戦場に立つということは殺されることも、相手を殺すこともあるのだから。
「……リンさん。私はね、人も殺したことはあるよ」
「……っ」
アウルの衝撃的な一言でその場が固まる。
リーネルンやアノンはアウルの発言で息を詰まらしていた。
ルチアは……変わらない。姉の発言に何も動じていなかった。
「もちろん正当防衛だけどね。積極的に人殺しをしたいと思ったことはないけど、それでも大切な人を守るためであれば、人を殺すこともいとわないよ」
リーネルンも大切な人を守るためであれば人殺しもいとわないつもりではある。ただし、まだそういった経験はないが――。
「……はぁ」
リーネルンは大きなため息をついた。
恐らく、ここで言い合っていても無駄なのだろう。
そして、恐らくアウルの言うとおり、リーネルンが戦場に向かうよりも、二人に任した方が成功率も生存率も高そうだ。
リーネルンは感情的になりながらも冷静に現状を分析していた。
「……わかった。でも無茶はしないでね。二人に何かあったら、ワタシはコトミに顔向けできないんだから」
リーネルンは折れた。大切な友人を失いたくないのはみんな同じなのだ。
それであれば、成功率の高い方に賭けるだけ――覚悟を決めるだけだ。
「あはは、うん。もちろん。私はこんな所で死ぬつもりはないよ。妹が元気になって、親友と再開できて、新たな友人が出来た。人生これからなのに、こんな所で死んでたまるか、って感じだよね」
あはは、と笑い合う少女たち。
「……あなたたち、いくつよ」
あまりにも年老いた物言い、やりとりに、空気と化していたアノンはため息とともに小さくつぶやいていた。




