231 見えてきた最前線
フリックさんが手配した車に乗り込む私たち三人。
この車も結局フリックさんが運転している。
社長自ら大丈夫か……。
さっき名刺を見せてもらったんだけど、奥さんが副社長で、旦那さんが社長だそうだ。
話を聞くと、フリックさんの奥さん、マリセラさんはかなりのやり手らしい。
まぁ、副社長だから当然か。
反対にフリックさんは、実力はそこそこでマリセラさんには敵わないけど、いろいろと持っている人らしい。
事業の選択と集中、投資や回収。
根拠も何もなく思いついたことが、ことごとく当たり、今の地位に登り詰めたとのこと。
野生の勘と強運の持ち主。
今回のように何度も命の危機に陥ったこともあるが、その都度持ち前の強運で乗り切ってこれたらしい。
無茶苦茶な人だな……。
今回も戦争が起きるから家族の元へ帰ろうとしていたけど、運悪く飛行機が撃墜された。
ただ、そこに運良く私が居たってわけだ。
……運が良いのか悪いのかよくわかんないな。
まぁ、フェリサちゃんのことで私の素性はバレちゃっているし、変に口止めの必要はなかったからよかったんだけど。
「いやー、それにしてもコトミの嬢ちゃんにはみんな助けられたなぁ。感謝してもしきれないぞ」
「あのー、内密にお願いしますよ? マリセラさんも人の話を聞かなかったですし。目立つの嫌なんで」
ホント、この家族はわかっているのかな?
それにしてもフリックさんの言うとおり、家族三人、何かしら関わっているな……。
「わかってる。わかっているよ。ただ、受けた恩は全力で返したい。それだけの話さ」
「ホント、頼みますよ……」
大丈夫かよ。まったく。
「ん。姉さん。食べないと力出ませんよ?」
話が一区切りついたところで、隣のカレンからハンバーガーを一つ手渡される。
「ありがとう。フリックさんも遠慮せずにどうぞ」
「あ、あぁ……いただこう」
明らかに挙動不審になっているな。
そりゃ、まぁ、三十個もハンバーガーを頼めば引くわな。
四人いるからって一人あたり八個も食べるかよ。
両隣の二人で二十個以上食べるだろうしな。
私も二個で十分だし。
「ふぅ……」
小さくため息をつきながら手の中にあるハンバーガーへかぶりつく。
時刻は昼過ぎ、いくら国境を越えたとはいえ道のりは長い。
このペースだとヘイミムの街に着くのは早くても夕方かな。
フリックさんの話だと、ヘルトレダ国の兵士たちは今頃ヘイミムの街へ侵攻中だろうとのこと。
宣戦布告されてからすでに半日以上経過しているからな。仕方がないか……。
それよりリンちゃんが心配だ。
電話をしても繋がらないし。当然メールの返信もない。
アウルとルチアちゃんも同様。
三人とも無事に避難してくれていればいいんだけど……。
ご飯を食べて少し考え事をしていたら、隣に座るカレンがうつらうつらとしてきた。
お腹いっぱいになったから眠くなってきちゃったんだな。
車の揺れがちょうど心地良くなっているんだよねー。
私はリンちゃんたちが心配でそれどころじゃないんだけど。
反対に座るシロは相変わらず何を考えているのかわからない表情をしている。
魔力は吸い取られ続けているから起きてはいるんだろう。
……いや、寝ていてもこの子は魔力吸収を続けているか。器用なもんだ。
フリックさんは変わらず運転を続けている。
「ふぅ……」
戦争……か。
テスヴァリルはこの世界ほど平和な世界でもなかったから、争いや戦いは日常茶飯事であった。
国同士の争いは多くなかったけど、それでもそれなりに血生臭い日常を送っていたと思う。
それが、この平和な世界に来てからはほど遠いものになった。
「ねぇ……さん」
おっと、起こしちゃったか……と、思ったら寝言か。
もたれかかって眠るカレンの髪を撫でる。
私は……どうしたいのだろうか。
リンちゃんやアウルにルチアちゃん。
大切な友人や仲間はもちろん大事にしたい。
戦争や戦いに巻き込まれているようであれば助けたい。
今の状況がどうなっているかわからないけど、侵攻から数時間は経過しているし、みんな無事避難していることを願うだけだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ん?」
外の景色や眺めていたらフリックさんが何かに気がついたような声を上げる。
「どうされました?」
膝の上に頭をのせて眠るカレンを起こさないよう声を潜めて話しかける。
「いや……もうすぐヘイミムの街なんだが、あれが……」
フリックさんの視線をたどり、地平線の向こう側に目をやると――。
「――っ! 煙が……」
そこには薄らとではあるが黒煙のようなものが立ち上がっている。街の方角から――。
「…………」
わかっている。わかっていたことじゃないか。
ヘイミムの街はこの戦争の最前線。
被害が出るのは当然だ。
それでも――。
「この、やるせない気持ちは、どうしようもないよね」
歯を食いしばる。
「んぅ……ねぇ、さん?」
私の憤りを感じてか、カレンが目を覚ます。
「あぁ、ごめんね。起こしちゃったか」
「ふぁう……。いえ、大丈夫です。それより、どうかしましたか?」
小さく欠伸をしたカレンが魔眼を熾し、訪ねてくる。
「――っ、姉さん、あれは……?」
私の考えを詠み取ったのか、前を向き言葉を詰まらすカレン。
「うん。きっと……ヘイミムの街、だろうね。カレンは……視えるかな?」
地平線までだとだいたい四、五キロあるか。
さらに街影も見えないから、街までは十キロぐらいあるのかな。
……残り十キロ、もうすぐ街に着く。
街がどうなっているか、リンちゃんたちがどうなっているか、わからない。
もしかしたら最悪なケースが待っているかもしれない。
それでも――現実から目を逸らさずに前を向こう。
「……姉さん。視えました」
「――っ、どう?」
焦る気持ちを抑え、冷静になって聞き返す。
「黒煙は……街の外で上がっているようです。そこに、ヘリコプターが数機、戦車……それから人影、です。どうやら、囲われているようですね。人影は……姉さんの記憶にあった――アウルさんとルチアさん、です」
「…………」
いま、なんて……?
ヘリと戦車に囲まれた――アウルとルチアちゃん?
なんで――?
考えるより先に、身体が動く。魔力を――練る。
「シロ――、魔力をっ!」
「――え?」
急に声をかけられたシロだが、私の魔力に呼応するように、シロの身体から新たな魔力が流れ込んでくる。
魔力酔いをするが四の五の言ってられない。
それに、この程度の距離、気合と根性で何とか乗り切って見せる!
「カレン!」
「えぇ、どこまでもついて行きますよ」
妖艶な笑みを見せるカレン。
殺る気満々だね!
「――行くよ!」
そして、転移した――。




