227 偶然の再会
どうする……。どうすればいい?
ロフェメル国への空路が絶たれてしまった。
他の移動手段を探すか?
陸路……車や鉄道は……いや、結局は国境を越えることができないだろう。
スマホを操作しながら考える。
インターネットの情報だとヘルトレダ国が宣戦布告し、ロフェメル国へ行くことはおろか、しばらくはヘルトレダ国から出ることもできないだろうとのこと。
「こんな時に……」
少しでも早くリンちゃんの元に向かわなければならないのに。
いま報道されている情報だと、ヘルトレダ国は昨夜に宣戦布告し、今朝から侵攻が始まっているようだ。
リンちゃん……無事だといいのだけど……。
電話もしたけどなぜか繋がらないし……。
「姉さん……」
私の焦りが見えたのか心配そうに声をかけてくるカレン。
いっそのこと転移でリンちゃんの元へ向かうか……?
シロは……リンちゃんの位置がわかんないか。
私がシロから魔力をもらって転移するか……。
いや、そんな方法で行ったところで、魔力酔いになって動けなくなるだけだ。
向こうの状況がわからない以上、そんな方法で向こうに行っても状況を悪くするだけかもしれない。
くっ……どうすれば……。
「おや? あの時の嬢ちゃんじゃないか?」
声をかけられ、スマホを凝視していた顔を上げる。
そこにはどこかで見たことのあるような、帽子を被ったガタイのいい男性。
どっかで会ったっけかな……?
人の顔を覚えられないから、こういうときホント困る。
困ると言っても治るわけでもないしな……。
そんな困惑が相手にも伝わったのか、男性から説明してくれた。
「あー、ほら、ソムヌイの村で会ったじゃないか。ご両親のことは本当に残念だと思うが……」
ソムヌイ? 両親って……あぁ、あの時声をかけてくれた――というより、暴走していた男性を戒めていたおっちゃんか。
「あの時の……ご無沙汰しています。偶然ですね」
「そうだな。それより、元気か? ご両親のことは……」
「えぇ、大丈夫ですよ。幸いにもいろいろとありすぎて、落ち込んでなんていられないです」
ホントいろいろとあったよな……。
あれからまだ一週間も経っていないのに。
「そうか、それならよかった。ところで、嬢ちゃんはどこかへ行くのかい? 今の状況じゃなかなか難しいようだが……」
電光掲示板に目をやりながらそう言うおっちゃん。
この状況じゃ足止めくらっているのが丸わかりか。
「えぇ……ロフェメル国へ帰ろうとしたのですが……」
周囲を見渡しながら言葉を濁す。
周りは相変わらず困惑の声に溢れている。
飛行機が飛ばないんじゃどうしようもない。
「ふむ……。なぁ、この前のお詫びと言っちゃなんだが、連れて行ってやろうか?」
……え?
「俺もロフェメル国にあるアルセタの街に用があってな。こんな状況だけど、ちょっとした伝を頼りに、行こうと思っているんだ」
アルセタ? アルセタは私の家がある街だ。
そんなところに向かうって、なんて偶然なのか。
それより――。
「伝……ですか」
「あぁ、嬢ちゃんさえ良ければ……三人ともいいぞ」
それは願ったり叶ったりだけど、良いのかな。
周りを見渡すも状況が良くなる兆しがない。
それならこのおっちゃんを頼るのも悪くはないか……。
「もし、良ければ、お願いできるでしょうか。どうしてもロフェメル国へ行かなければならないので……。わがままついでに、途中の空港で降ろしてもらえると助かります」
飛行機の途中下車って簡単に言っているけど、そんな簡単じゃないよね……きっと。
「あぁ、いいぞ。そうと決まれば話は早い。早速ついてきな」
そう言っておっちゃんは空港内を足早に歩く。
いいのか。ちょっと申し訳ないんだけどありがたい。
そのまま私たち三人も遅れまいとそのあとについて行く。
『姉さん。あの人は信用になるのですか?』
脳内に直接語りかけてくるのは、カレンの魔眼による能力だ。
『うーん、正直わからないけど、大丈夫じゃないかな』
私もカレンの念視に反応するよう答える。
『またそんな安直に考えて……』
横から見つめてくるカレンが、あからさまに呆れた表情をする。
『ま、いざとなったらカレンが守ってくれるんでしょ? 頼りにしてるよ』
そう念視で伝えてやると、カレンは照れるように言葉を返してくる。
『ま、まぁ、当然姉さんを危ない目に遭わせませんが、やはりリスクというものは最小限に抑える物であって……』
カレンの小言が続きそうではあったが、前を歩くおっちゃんが止まったため、会話はそこでストップした。
「悪いけど、ここで出国手続きを頼めるか?」
やってきたのは空港の片隅に設けられた出国カウンター。
これはまさか……。
「もしかしてプライベートジェットですか?」
「おぉ、そうだ。民間ジェットは軒並み運行中止だしな。まぁ、仕方がないさ。それに、お金のことは気にするな。どのみち一人でも向かっていたんだ。二人、三人増えたところで変わりはないさ」
私が何か言いかけたのを察したのか、おっちゃんは何事もないかのように振る舞う。
「……それならお言葉に甘えようかな」
せっかくの好意だ。
無駄にしたくはないし、それに早くヘイミムの街に行きたいのもある。
お言葉に甘えよう。
っと、ただ念のため――。
そう思い、カレンを見ると……コクッとうなずいた。
うん。嘘やでまかせじゃないようだね。
好意でやってくれている気持ちに申し訳ないが、自分の身を守るためにも、ある程度こういうことは必要だ。
どこの世界にもきれい事だけじゃすまないのだから。
「おう。任せておきな。それじゃ、個人識別カードは持っているな」
「はい。持って……あっ」
カレンは取ったばかりだけど、シロは……持っているはずがない。忘れてたな。
「おい、まさか……」
「…………」
あちゃ〜……どうしたものか……。
シロだけ置いていくわけにもいかないし。
「……わたしは大丈夫」
どうしたものかと考えていたところ、今まで傍観を決めていたシロがポツリとつぶやいた。
「……え? 大丈夫って……?」
「あとで追いかける」
あとで……って、転移で来るの?
まぁ、確かに、一人なら三人よりも少ない魔力ですむか。
「うーん、そっか……じゃあ仕方ないけど、いいかな?」
「いい。でも、あとでご飯いっぱいもらう」
ご飯って、魔力のことだよな。
そんなまどろっこしい言い方するなんて珍しいね。
あー、部外者がいるからか。
妖精なのにそんな気遣いができるんだねー。
「おいおい……いいのか?」
そんなことを考えていると、おっちゃんが心配そうに声をかけてきた。
「はい、大丈夫です。……と、言っても仕方がないですよね。個人識別カードを持っていないと」
「まぁ……そうだな……。方法が無いわけじゃないが、できれば危ない橋は渡りたくない」
あー、あー、あー、私は何も聞いていない。
このおっちゃん、何気にそういう世界で生きているのか?
個人識別カードの誤魔化しや偽造は極刑ですよ?
これがあれば世界中行き来出来るのだから当然だろう。
私は何も知らない。何も聞いていない。
「……冗談だよ。冗談。そんなこと、できるわけないだろ」
「ですよねー……あはは……」
なんか、変な空気になっちゃったな……。
「コホン、そんなわけで、出国手続きを頼むわ」
おっちゃんに促され、順番に出国カウンターで手続きを終えていく。
シロとはいったんここでお別れ。
向こうに着いたらなるべく早く呼ぶからね。




