221 〔軟禁状態からの脱出〕
コトミ・アオツキ――。
ヘイミムの街でアウルに襲われたとき、命がけで守ってくれた友達――いや、親友。
不思議な能力――魔法のおかげで、初回の襲撃は難を逃れたが、二回、三回と剣を交えるたびにコトミは大怪我を負った。
コトミと同等、いや、それ以上の能力を振るう少女――アウル。
剣技だけで魔法使いと同等にやり合う剣士。
いや、近接戦闘だけでいえば、剣士の方が優位というのは当然のことか。
ただ、アウルの剣技はこの世界の常識から外れていた。
武術を学んでいるリーネルンだからこそわかることだろうが、アウルの剣技はこの世のものとは思えない動きをする。
銃弾を弾くほどの速さと正確さに、人を吹き飛ばすだけの力強さ。
コトミと剣を交えていた時も余裕の表情だった。
そんなアウルになんとか食らいつくコトミ。
リーネルンはその時初めてコトミの強さを知った。
数日前の肩を並べ歩けるなんて考えがおこがましく感じる。
――次元が違う。
コトミとアウルの戦いを間近で見てリーネルンは思う。
――自分は守られるだけで、共に歩むことなんてできない――と。
無力、劣等、葛藤、様々な感情が入り乱れる中、瀕死の重傷を負うコトミ。
リーネルンの脳裏に初めて浮かぶ感情――自分は……無力だった。
何も出来ないと悟ったリーネルン。
それでも、コトミの勝利で場が収まり、なんとか無事に切り抜けることができた。
一件落着かと思ったが、そこに、新たな能力者が現れた。
アウルの妹――ルチア。
彼女も平凡なリーネルンと違い、コトミやアウルと同様に異能の持ち主だった。
なぜ――? リーネルンは疑問が頭を埋め尽くす。
なぜ、自分に能力が授からないのか。
なぜ、自分がコトミの隣で肩を並べることが出来ないのか。
なぜ、自分が――無力のままなのか。
そんな苦しみに苛まれる日々が続く中、コトミの両親が乗った飛行機が墜落する。
離れていくコトミ。――その背中はあまりにも遠かった。遠すぎた。
コトミの様子を定期的に監視する。
監視するという言葉使いは悪いが、要は心配だからだ。
そこに、また一人、少女の面影があった。
――きっと、また、能力者だ。
心が、痛い――。自分の無力さが、辛い――。
リーネルンは苦悩する。自分の無力さに――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どれだけの時間が経ったのだろうか。
うつらうつらと、ベッドの上で大の字になっているリーネルン。
そこへ、コン、コン、コン――と、扉がノックされる。
「――っ」
リーネルンはベッドから飛び起き身構えた。
武器も何も持たないが、この身だけでも最後まで戦える。
諦めることは、決してしない。
「……はい」
扉へ向かって声をかける。
ゆっくりと開く扉。そこには――。
「……パパ?」
扉の向こうにはリーネルンの父親レンツ・ペルシェールがいた。
「リン……。すまない。私の力ではこの国を抑えることができなかった」
レンツは目を伏せながら悲痛な面持ちでそうこぼす。
「……どういうこと?」
先ほどの尋問の場で、レンツは何一言発さなかった。
それをリーネルンは、国の利益のために娘の友人を裏切った、良心の呵責に耐えきれなかったからだと思っていた。
「コトミ嬢の情報が、この国の上層部――国王やその重鎮に漏れた」
「……パパが漏らしたんじゃないの?」
リーネルンはてっきり大切な友人、コトミの情報を売ったのはレンツかと思っていた。
あまりにもタイミングがよすぎるとこでの召集令。
レンツが何かを仕組んでいるような、そんな予感があった。
「……私ではない」
それ以上のことを話すつもりはないのか、話を変えるレンツ。
「リンもすでに掴んでいると思うが、この国は隣国、ヘルトレダ国と一触即発の状況に陥っている。上の連中はその戦争にコトミ嬢の能力を利用しようとしている」
「…………」
驚くようなことではない。
コトミの能力を知っていれば誰もがその能力を欲するであろう。
ただ、いつの間にこの国がそこまで掴んでいたのか。あまりにも早過ぎる。
「……っ、そうか」
リーネルンは気がついた。気がついてしまった。
疑いがレンツに向いてしまっていたが、違ったんだ。
本当は――。
コトッ、と考えを遮られるように、テーブルの上に袋が置かれた。
「これは……」
「リーネルンと付き添いたちの荷物だ。五分後にセキュリティを全て解除する。どの程度維持できるかわからないが、その間に逃げろ」
レンツはそう言うと背を向け歩き出す。
「パパ……」
リーネルンはレンツの背中へ手を伸ばす。
伸ばすが、その背中は遠く、遠ざかっていく背中へは追い付けなかった。
「……私は一緒に行けない。どうか――どうか生きてくれ」
扉が音を立てて閉まる。
その音がまるで全てを遮断するかのように――。
「…………」
リーネルンは服の袖で目元を拭う。
悲しんでいる場合ではない。
今は、今できることをやらねば。
「まずは、スマホ――。よかった、電源を落とされているだけか」
レンツから渡された袋にはスマートフォンが三台入っていた。
まったく同じ機種だから、恐らくリーネルンとアウル、ルチアの物だろう。
リーネルンは自分のスマホを手に取り電源を入れる。
電源が入るのを待っている間、カチリ――と、何かが開く音がした。
リーネルンは音のした方――レンツの出て行った扉を見る。
セキュリティが解除されたか――。
リーネルンはそう思うと扉へ手をかけ、ゆっくりと外を覗く。
覗いた先はホテルのような通路となっており――誰もいない。
まずはアウルとルチアに合流しなければ。
リーネルンはそう考え一歩を踏み出す。
慎重に廊下を歩き、隣の部屋らしき扉の前へと立つ。
中の気配を探るよう聞き耳を立てていると――。
カチャリ、と目の前にある扉のノブがゆっくりと回りだした。
「――っ」
咄嗟に扉の陰へと身を引き、しゃがみこむリーネルン。
誰か知らないが、このままでは見つかってしまう。
(ちっ、やるしかないか)
あまり強硬な手段を取りたくないが今の状況では仕方がない。
足音を消してはいるが、扉から出て来た人物はゆっくりと近づいて来ている。
あと少し……いまっ!
相手の足が陰から出て来た瞬間、その足をめがけ横払いをする。
重心移動をしている足を払う。それが何を意味するか。
リーネルンは次の動作に移るため、身体を起こそうと動き出す――が、払おうとした足は、リーネルンの横払いを避け、空振りに終わる。
(え――?)
気が付いた頃にはリーネルンの足は捕まれ、上へと持ち上げられる。
「ふにゃぁあっ!」
急な逆さづりで変な声を上げるリーネルン。
エージェントとして完全なる失態であった。
「あっ……リンさんゴメン、つい……」
「え、その声は――」
後ろ向きで逆さづりにされたため、相手が誰か見えていないリーネルン。
無理矢理払おうとした足を止め、首だけをなんとか動かし、持ち上げている当人を見る。
「アウル……。よかった、無事だったんだね。……って、とりあえず降ろしてくれるかな」
「あ、ゴ、ゴメン」
慌てたように手を離すアウル。しかし、そんな状態で手を離したらどうなるか。
「ふぎゃっ!?」
「あぁ!? ゴメン!」
リーネルンは両手が塞がっていた。
スカートを履いていたから、それは仕方がないことであった。
女子供しか居ないとはいえ、さすがにあの格好はマズい。
一応の淑女としては守らなければいけないものであった。
「あいたたた……」
「リ、リンさん大丈夫ですか……?」
ルチアがリーネルンに手を貸し身体を起こす。
「な、なんとかね……。二人とも無事のようで良かったよ」
頭をさすりながら起き上がるリーネルン。
「それより、クロエ――お供の子は見ていない?」
今ここにいるのは、リーネルン、アウル、ルチアの三人だけである。
「あ、あの子は帰ってもらったよ。用があったのは私とルチアだけみたいだったし、あのまま居たら巻き込まされそうだからね。ただ、主を放っておくわけにもいかないだろうから、近くにはいるかもしれないけど」
なるほど。この国はコトミの他に、アウルとルチアのことも掴んでいるのか。
リーネルンはアウルの説明だけで状況を理解した。
「ん。ありがと。アウルもそういう機転が利くんだね」
「リンさんもコトミと同じようなこと言うね……」
リーネルンの言葉に肩を落とすアウル。
「あの、あまりゆっくりしている時間は無いのでは……?」
二人のやり取りを見かねたルチアが声をかける。
「あぁ、そうだね。なんにせよここから脱出しないと」
目隠しされたわけでもないから、ここまでの道順はリーネルンも他の二人も覚えている。
このビルから脱出するため、来た道を辿るように三人は駆け出して行った。
 




