218 〔仲の良い二人〕
無事にフェリサを見つけたコトミは男たちと対峙していた。
男が銃を突きつけるも、コトミは怯んだ様子もなく――。
「男が、吹き飛んだ……?」
あまりの出来事に女性がぽつりとこぼす。
誘拐犯二人のうち、一人がモニターの外へと消えていった。……壁に大穴を開けて。
「はぁ、あの子、加減を間違えたわね」
こめかみを押さえながらリーネルンがつぶやく。
もう一人の男もいつの間にか倒れていた。
大の男たちが十歳そこらの少女にまったく歯が立たない。
リーネルンはともかく、情報処理担当の二人は己の目を疑っていた。
リーネルンの友人であるコトミのことは、二人も耳にしたことはある。
一緒に森で遭難した同じ学校のクラスメイト。
見た目は平凡で、特筆すべきところはないが、コトミに対するリーネルンの入れ込みようは尋常ではなかった。
そのコトミが、いまモニターの中で、誘拐犯を淘汰し、さらわれた子供を救出している。
まるでマンガの中のヒーローである。
「「…………」」
二人は言葉も無く、モニターを凝視している。
「これで終わりかな?」
飛んで行った男の近くにはカメラが無く、現状が把握できないけどコトミに任せれば問題ないだろうとリーネルンは考えた。
「公安に連絡して。足が付かないように何重にも経由してからね」
「……御意」
そう指示を出し、リーネルンはスマホを取り出す。
女性は突然の出来事に混乱しながらも、一瞬で状況を把握し、最適解を導きながら公安へと連絡する。やはり、優秀であった。
「さて、最後の仕上げだよ。コトミが離脱するまで気を抜かないでね」
「「御意」」
「ふぅ」
『あとでちゃんと説明してもらうからね』
スマホを仕舞うリーネルンは、最後に言われた言葉を思い出す。
(今のワタシを見たらコトミはどう思うかな。住む世界が違うからと距離を置くのだろうか、それとも畏怖してこの関係が終わってしまうのか)
大きすぎる力は恐怖の対象となる。
だが、そう思ったリーネルンは苦笑した。
似た者同士――そう、コトミも同じことで悩んでいたのだと、思い出した。
コトミの力も強大すぎる。
一つ一つの能力はさほど高くないが、科学で解明されない異能な能力。
非現実な能力は誰もが欲する力となるだろう。
(ワタシだってあの子の異能を受け入れたではないか。あの子だってきっと、いまのワタシを受け入れてくれるはず。すぐに全部を話すことができないけど、いつかは、近いうちに、きっと)
モニターの中ではフェリサを連れて一階へと戻るコトミの姿があった。
(口では何だかんだ言っておきながら根は優しい女の子だね。困っている人を放って置けず、後先考えないで行動する。だからあの時、あの森の中で、秘密がバレることにも構わず、ワタシを助けてくれた)
リーネルンは誓った。誰にでもない自分自身に。
(あの子は絶対に守ってみせる)
それが、命を救われた精一杯の恩返しだと言わんばかりに、強く想う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(さて、誘拐犯たちは公安に任せるとして、この家の持ち主へも制裁を加えなければ)
そうリーネルンが考えていたところ、コトミが行動に移した。
あとは逃げるだけなのに二階の書斎を漁り出したのだ。
「何をやっているのよ。急ぎなさいよ」
もうあまり時間が残されていない。
(コトミのことだからワタシの言うことは素直に受け止めると思ったのに)
リーネルンはそう思うが、時間は非情にも過ぎていく。
コトミであれば公安程度ならどうにでもなる。
しかし、いまここで問題を起こすわけにはいかない。
まだ、世の中に、世界に、コトミの存在を知られるわけにはいかないのだから。
「仕方ない。公安へ新たなリークを、地下室を優先的に捜索させるように。時間を稼いで!」
リーネルンが指示を出し、もう一度コトミへ電話をかけるためスマホを取り出す。
モニターに映るコトミはクローゼットを開けて何かをしている。
(あれは、金庫? ……消えた。あぁ、なるほど)
リーネルンは何かを察したように笑みを浮かべる。
モニターの中ではコトミが公安に見つかり、去っていくところだった。
(ふぅ……まったく、ヒヤヒヤする)
「後処理はお願いね。痕跡も全て消すように。あと、今回の件での黒幕も調べておいて」
「御意。お嬢様はどうされますか?」
「あの子を追いかけてくる。行き先はわかっているから。ただ、念の為に追跡は継続で」
それだけ言うとリーネルンは車両から飛び出し、小走りでコトミの所へと向かって行った。
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主の居なくなった狭い車両の中で、情報処理担当の女性二人は思った。
これは、確かに黙秘レベルSに該当する禁則事項だと。
お嬢様も規格外の存在であったが、それを凌駕するほどの存在。
銃火器などの兵器よりも脅威となるその力。
むしろ、銃火器でさえ子供のオモチャとなんら変わりがない。
あの子の存在が知れ渡れば世界が混乱する。
戦争の火種ともなり得るだろう。
あの子を巡っての戦争さえ起きかねない。
何より、一人の少女が確実に不幸となる。
……いや、二人か。
命令通りにコトミを追跡していた女性たちが、モニターを覗き込む。
……あの少女たちが笑っている。
少女たちは異能の力とは関係ない、ただの仲がいい友人たちのように見えた。
この二人の安泰のため、秘密は何がなんでも守り通そう。
そう、二人は心に誓ったのだ。




