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216 〔心配する父親〕

「まだ、見つからないのか?」


 苛立ちを含んだ声色で、執事のアルントンに問いかけるリーネルンの父親レンツ・ペリシェール。

 リーネルが遭難してから三日目の朝、さすがのレンツも心配になってきたようだ。

 エージェントとしての教育を完遂(コンプリート)しているリンは多種多様な技術を習得(マスター)している。

 その中には今回のような、サバイバルを想定した訓練も盛り込まれているため、レンツはさほど心配していなかったのである。

 ただ、そうは言っても人の子である。

 三日も行方知らずとなっていれば心配の一つや二つは出てくるものだ。

 コトミの両親と違ってその点に関して言えば常識人だったようである。

 その後、しばらくしたら無事救助されたと連絡があり、ほっと胸を撫で下ろしたレンツであった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ん〜〜っ」


 リーネルンはベッドの上で大きな伸びをした。


「久しぶりの寝床……と言っても、病院のベッドだからあまり寝やすいわけじゃないけど、地面よりはマシだよね」


 コトミと共に救出されたリーネルンは念の為にと検査入院をすることになった。

 できればコトミと同じ病室を望んでいたが、片や平民、同じ部屋にしてもらえるはずがなかった。

 すでに貴族制は無くなっているはずであるが。


「ワタシは気にしないって言っているのにね。でもまぁ、これからの話し合いには居ない方が良かったのかな」


 リンはそう漏らすと身体を起こす。

 時間的にそろそろかな、と考えたところ、ちょうど扉がノックされる。


「どうぞー」


 大きく返事をし、来訪者を迎え入れる。

 さて、やりますか。と心の中で思いながら。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「リン、大丈夫か?」


 リーネルンの元にレンツがやってきた。

 もちろん母のバーデルも同行している。


「あ、パパ。うん、なんとかね」


 三日間遭難していたとは思えないほど、ハキハキとした口調で返事をするリーネルン。

 病室にはリーネルンと両親しかいないため、リーネルンの口調もいつもどりに砕けたものとなっていた。

 医者からは大きな怪我もなく、栄養失調や脱水症状に見舞われている様子はないと連絡を受けている。

 怪我どころか小さな擦り傷さえもまったく無いのが不思議ではあったようだが。

 ちなみに、遭難していた割には小綺麗なことには誰も気がついていない。

 普通、三日も身体を洗わなければそれ相応に汚れているものではあるが。


「……受けた連絡によると、例の子と一緒だったようだね。戻ってきたばかりで悪いが、報告してもらえるか?」

「…………」

「……リン? どうした?」


 リーネルンは一瞬目を伏せたが、レンツの方を向き、ハッキリとした声で答える。


「黙秘レベルSの事案、を宣言するよ。コトミのことについては禁則事項として、詮索は禁止とする」

「なに?」


 レンツの顔が驚愕に染まる。

 黙秘レベルS。

 それがなにを意味するか、レンツやリーネルンも知らないわけではない。

 発動された場合、その内容を知ることはほぼ不可能。

 仮に情報を得ようとした場合、何人の命を奪うことになるのだろうか。

 犠牲になった人数の分、情報を得られればマシな方だが、最悪の場合、ただ単に人の命を(もてあそ)んだだけとなる。


「……正気か?」

「正気も正気。これはペルシェール家だけに留まらず、この国を……いや、世界へ影響する事項だと考えている」


 レンツは考える。

 この黙秘レベルは冗談で言えるものではない。


(たかが子供一人を(かば)うためだけに宣言したのか? いや、リンは私たちよりも聡明で賢い。そんな非合理的なことはしないだろう。となると、本当にそれだけの影響力が、あの子供にあるのか? ……いや、今はそんなことを考える時ではない。仮に影響があるとした場合、今後のことを考えねば)


 レンツもペルシェール家を背負って立つものである。

 現実を正確に捉え、最善の選択をするがために、思考を切り替える。


「リンに問おう。我々はどうしたらいい?」


 子供に判断を仰ぐと言ったら頭を疑われそうだが、情報がまったくない状態で正確な判断なんて出来るわけがない。

 それに、リーネルンであればレンツと同様の――いや、レンツよりも的確で合理的な最適解を導き出すであろう。

 どんな回答が来るのかと、身構えていたレンツではあるが。


「なにも。今までと何ら変わらず」

「…………」


 拍子抜けである。

 世界規模で影響が出るのであれば、レンツたちに限らず、国へ強固な要求をするともレンツは考えたのだが。


「あえて言うのなら、不要な接触は極力避けて欲しい。対応は引き続きワタシがやるよ。あ、恐らくだけど、ワタシたちの『敵』ではない」


 敵、一言で簡単にまとめているが、要は障害となるかどうか、である。


「……なぜそう思う?」

「――勘」


 リンは間髪入れず答える。

 勘……か。

 リンの勘はよく当たる。

 当たるが、上への説明には少々根拠に欠ける。

 どうしたものかと、レンツが考えていたところ。


「まだ確証を得るまでには到っていないけど、不測の事態が発生した際は、ワタシが責任を取る」


 レンツの目を見ながらリーネルンは力強く答える。

 不測の事態……それが何を意味するのか、わからないリーネルンではないだろう。


「いいだろう。リンに全てを任せる。もし、手に負えない事態が起きたら――」

「わかっている」


 リーネルンはレンツが何かを言う前に断言する。


「…………」


 二人の間に不穏な空気が流れる。


「あの子に関することは、ワタシが全ての責任を持つ」


 一人の少女が、一人の少女の人生を、世界を変えようとしている。


「わかっている」


 ぽつりと、自分自身に言い聞かせるようにリーネルンは言葉を漏らす。

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