215 〔友達の気持ち〕
コトミは人と違う。
リーネルンがそう思うのも無理はなかった。
銀行強盗に遭遇しても落ち着いており、銃を見ても騒ぐことはなかった。
大人でさえ震え上がる場面でも、コトミは平然としていたのである。
不思議な子供――。
その子供との再会は案外早く訪れ、幸いにもクラスメイトとなり、友達にもなれた。
コトミに興味を引かれたリーネルンは、一緒に居る時間を増やしていく。
体面を取り繕っているリーネルンにとって、ペリシェール家以外でコトミだけが唯一心を許せる存在となった。
そして、アルテスト自然公園での出来事。
コトミは頭が良くて聡明な女の子だ。
謎解きも順調に進んでいく。
だけど、最後にトラブルが起きた。
イノシシに追われ散り散りとなるクラスメイト。
追いつかれる――。そう思い、リーネルンが手を出そうとしたとき、一足先にコトミがイノシシの気を引くために反転した。
リーネルンは驚愕した。
自身の運動能力を理解しているからこそ、コトミのあの動きは普通じゃないことに、誰よりも真っ先に気がついた。
そんなコトミを最後まで見届けよう。
リーネルンはそう思い、コトミを追いかけるように反転する。
その手にピンク色の銃を持って――。
『コトミッ!』
息も絶え絶えという様子で叫ぶリーネルン。
リーネルンも体力には自信を持っていた。
自信があったが、それ以上にコトミは異常であった。
同じ距離を同じ速度で走ったはずなのに、一切息が上がっていない。
この子はいったい――。
リーネルンは息を整えながらもコトミの隣に並ぶ。
――並べたことが嬉しかった。
今まで、隣に並ぶことも、並べられることもなかった。
それが今、対等な存在として、隣に少女が、『友達』が、並んでいる。
ぶつかりそうになる肩。
そんな些細なことがリーネルンにはとてつもなく嬉しかった。
この子なら、この子となら、一緒に歩んでいける――と。
その後、不覚にも奇襲を受けてしまった。
なんとか体勢を整えようとするコトミとリーネルン。
ただ、それも虚しく、二人は大空へと投げ飛ばされる。
考える間もなく落下していく二人の少女。
リーネルンは死をも覚悟した。
でも、後悔はしていない。
最後に、『友達』と肩を並べられたのだから――。
もうダメだと思っていた。
それなのに、コトミに受け止められ、生き長らえることができた。できてしまった。
――確信。そう、リーネルンは確信した。
この世のものとは思えない、不可思議な能力――いや、異能の持ち主。
リーネルンも人並み以上の能力を持っているが、それとは比較にならないほどの異能を持つ少女。
リーネルンは歓喜した。
今まで自分と対等な存在は居なかった。
周りの子供たちとは住む世界が違い、同じ世界に住む人たちに同年代の子供は居なかった。
リーネルンの待ち望んでいた『友達』がやっとできる。
そう思ったリーネルンは遭難したというのに喜びを隠せなかった。
『そろそろ教えてくれてもいいんだよ?』
聞きたい。コトミの異能のことを。
聞きたい。コトミの過去と未来のことを。
聞きたい。コトミのワタシに対する気持ちを。
聞いて――受け入れたい。
リーネルンはそう思ってもコトミはなかなか話してくれない。
秘密にしたがる気持ちはわかる。
リーネルンにも人には言えない秘密があるのだから。
でも、コトミになら――。
油断した。
数日遭難した程度、今までの訓練に比べればなんてことはないと思っていた。
その心の余裕が災いしたのか。
迫り来る脅威に手持ちの銃弾を全て打ち込む。
やはり三八弾では威力不足か……。
こんな時にも反省と教訓を忘れていないリーネルンであるが、さすがに身の丈が自分の倍ほどある相手へ素手では分が悪い。
覚悟を決めるが――。
『私、秘密にしていたことがあったんだ』
――え?
目の前に迫り来る脅威。
覚悟を決めたリーネルンにコトミが声をかけた。
なんのことか。リーネルンがそう答えるよりも早く、身体に変化が現れた。
――赤くなっていた足首の腫れが引いていく。
『今まで内緒にしていて、ごめんね』
そこからのコトミは凄かった。
目に焼き付いて離れず言葉にできない。
予想していたよりも遥かにコトミの能力は異能だった。
現代科学では絶対に解明できない異能。
たたずむコトミに声をかけることができない。
それでも――。
(いま……いま行かなくて、いつ行くって言うの!)
リーネルンは一歩、また一歩と、少しずつ距離を詰める。大切な『友達』に向かって――。
『バカ同士これからも仲良くいよう』
良かった。
コトミはやはりコトミだった。
異能な能力を持っていても、それ以外は普通の女の子。
子供……のようで子供ではない女の子。
リーネルンはその『友達』を抱き締める。
絶対に離さないよう、力いっぱいに――。
コトミの秘密、『魔法』。
これは現代科学では絶対に解明できない不可思議な異能である。
やはりコトミには秘密があった。
リーネルンはその異能に戦くと同時に、コトミ自身へも戦慄を覚えた。
これだけの絶対的な異能を、十歳そこらの子供が手にしている。
それをひけらかさせず、秘密にし続けるその精神力。
リーネルンも他者にはない能力を有しているからこそ、コトミのその行為に疑念を抱いた。
なぜ、一人で抱え込めるのだろうか――と。
リーネルンはコトミを観察する。観察し続ける。
コトミにはまだ秘密がある。
リーネルンの『勘』はそう言っていた。
観察し続ける中で見えてきたことがある。
隣に並んだと、肩を並べられたと思っていた『友達』。
気が付いてしまった。
その『友達』は、対等ではない――と。
むしろ、リーネルンより何歩も前に進んでいると。
――気が付いてしまった。
リーネルンは苦悩する。
自分にも、それだけの能力があれば――と。




