214 〔とある権力者家の会話〕
薄々は感じていた。
この少女は人と違うということを。
リーネルンは自分自身が他の子供達とは、考え方や所作が違うと言うことは理解していた。
コトミも同じように、他の子供達とは違うように思えた。
その中でリーネルンがコトミに興味を抱くのも時間の問題だった。
「不思議な子がいるんだ」
両親を目の前に、食卓を囲いながらリーネルンは話し始める。
「同じクラスの女の子なんだけど、周りの子供たちとは違っているの。大人しい子なんだけど、瞳の奥には子供らしくない意志があって、タイプは違うけどワタシみたいな子なの」
父親のレンツはグラスを傾けワインを一口含む。
「リンが興味を示すとは珍しいね。普通の子供はペルシェール家のような特別な教育を受けていないから、年相応の子供だと言うのに」
手を顎に添えながらレンツは考え込む。
それもそのはずである。
ペルシェール家は幼少期からエージェントに必要な訓練、教育を受けることになっている。
リーネルンも同じように教育を受けていたが、リーネルンの場合は十五年かける教育をわずか七年で習得した。
記憶力、演算能力などの知能、俊敏さや体力を含む身体能力、全てが規格外であった。
過去を振り返ってもこれだけ有能な人間はいない。
歴代最高のエージェントになるだろう、と両親をはじめ、この屋敷にいる人間全てが思っていた。
「うん、周りの子供たちはみんなそう。だけど、その子だけは違った。まだ、数日しか過ごしていないけど、きっと何か秘密がある」
「ふむ、リンの洞察力、直感力は我が家系の中でも秀でている。そのリンが言うのであれば間違いないのであろう」
レンツは安易に結論を出さず考える。
ただの子供であればなんら問題はないが、ごく稀にリーネルンのような子供も現れる。
簡単に答えを出したとして、結果的に手遅れにならなければいいが。
仮に危険因子となる場合は排除せねばならない。
敵対する可能性がわずかでもあるのであれば、なおさらではある。
そうでないのであれば、できるだけ友好な関係を築いておきたいと思うのであるが――。
「その子のことを調べさせよう。名前はわかるかね?」
「うん。その子の名前は――」
リーネルンは一息つき、答える。
「コトミ・アオツキ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
コトミ・アオツキと言う子供の調査結果が提出された。
結果から言えば……いたって普通の人間であった。
どこの国にも組織にも属しておらず、派閥関係ともまったく縁のない、ただの人であった。
レンツは報告書に目を通す。
「両親は東国の出身。仕事は大手の商社勤務で、現在は国外で勤務をしている、と」
ここまではいい。
両親が国外を飛び回っているなんて言うのはよくある話だ。
「その娘はマンションで一人暮らし、週に三日は家事手伝いの人が手伝っている。一部を除き、成績は優秀、運動能力も人並み以上にあるようだね」
確かに、リーネルンの言う通り、普通の子供よりかは優秀なようだ。
レンツはざっと目を通しただけで、自分の中に結論を出す。
「良くも悪くも、普通の少女だね。十一歳で一人暮らしをしている、と言うのが気にかかるが、その程度は常識の範囲内だ」
リーネルンはレンツが机に置いた報告書へ手を伸ばす。
「背後関係も洗ってみたが、特に何かあるわけでも無かった。あまり気にも留めなくてもいいだろう」
報告書に目を通して、リーネルンが口を開く。
「コトミ本人に特筆することはないけど、周りではいろいろと起きているみたいだよ。ほら」
リーネルンが指し示した項目に目を通す。
その項目は、コトミの住む地域に関することが、詳細に書かれている。
「幼少期、暴走車が奇跡的にバランスを崩し園児を避ける。同じ園で瀕死だったはずの少女が結果的に軽傷で助かる。遠足で迷子になった少年が無事保護される。川で流された子供が救助される。火事で逃げ遅れた住民が大きな怪我もなく救出される」
リーネルンがここ数年に起きた出来事も含め読み上げる。
「近所では年齢の割にしっかりしていて、神童とまで呼ばれていたみたい。でも、こども園の先生たちには気味悪がられていたらしいね。面白い噂まであるよ。悪魔が乗り移っているとかなんとか」
少し砕けた口調になりおどけてみせる。
「……一つ一つは大したことのない事件だけど、コトミが生まれてからのこの十年間、この地域では大きな事件や事故が起きても死傷者がほとんどでていない。もちろんゼロではないけど、他の地域に比べ圧倒的に低すぎる。それに、助け出された人の証言に『いきなり現れた少女に助け出された。礼を言いたかったけど、一瞬の内に消えてしまった』と言うのもあるよ」
まるで東国の言い伝えにもある子供の霊みたいだね。とリーネルンは報告書の一枚を見せ、説明する。
「不可思議な、非科学的な出来事で、鵜呑みにすることはできないけど、この地域ではきっと何かが起きている」
「…………」
レンツは言葉を発せないでいる。
確かに、報告書にはそのように書かれている。
書かれてはいるが、誰がそこまで推測できるだろうか。
もし、リーネルンの言うとおり、全てが一人の少女の行動で起こされたことであれば、見過ごすことなんてできない。
それが少女本人によるものかどうかはわからないが、早めに手を打っておく必要がある。
いや……、既に手遅れの可能性もあるが。
「ワタシに任せて。幸いにも既に接触が済んでいる」
いつの間に……我が娘ながら恐ろしい。
そう思ったレンツは、娘にコトミの調査を一任しようと考える。
この子なら変な警戒をされずに近づけるだろう。
身体が未熟であるから身体能力には劣るものの、他の能力についてはレンツよりも長けている。
それに、強運の持ち主でもある。
あえて欠点を言うならば経験が少ないことであるが、そんなものこれからの長い人生で培っていけばいい。
そう考えたレンツは不安ながらも期待を胸に秘め、リーネルンを送り出す。




