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213 〔初めての出会い〕

「こちらをお使いください」


 エレベーターに乗り、移動したメイドはとある部屋の扉を開けてそう言った。

 中に入るとホテルのような作りで豪華絢爛(ごうかけんらん)というわけではないが、そこそこの敷居の部屋だと思える。

 ただし、窓は無い。


「お声がかかるまでしばらくお休みください。外で待機していますので、御用の際はこちらのベルでお呼びください」


 そう言ってテーブルの上にハンドベルを置いた。


「……ワタシと一緒にいたメイドはどうなったの?」

「同じように別のお部屋でお休みいただいています。お車でお待ちになっていたご友人たちも同様です」


 ――ちっ。

 リーネルンは内心を見透かされたことに心の中で舌打ちをする。


「それでは、ごゆるりとお休みください」


 メイドは一礼し退出していった。


「……はぁ、まったく」


 ため息を付きながらベッドへ大の字で倒れ込むリーネルン。

 コトミがいれば、はしたないとたしなめられそうであるが、幸いにもこの部屋には誰もいない。――が。


「……なんで監視カメラが部屋の中に付いているのよ」


 リーネルンの視線の先には部屋の片隅に設けられたドーム状のカメラ。

 完全に軟禁状態である。


「さすがにお風呂やトイレには付いてないでしょうね……」


 リーネルンはこの現状にうんざりし、しばし目を閉じる。


(このままここにいたところで状況は改善しない。だけど、どうすればいい? 何が起きている? ……まずは現状の整理、からか)


 リーネルンは目をつむったまま、ここ最近の出来事について振り返る。

 半年ほど前にコトミと出会った。これについては完全に偶然なはず。

 そもそもアルセタの街に引っ越した目的はコトミとは関係がない。

 コトミとは……銀行強盗の時、初めて出会ったか。

 あの時は確か――。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「金を出せ」


 低い声で窓口にいる男はそう言った。


(あ、これやばいやつだ)


 寒い時期が終わり、暖かい気候に気分が穏やかになりつつある頃、その日リーネルンは母――バーデルに連れられ銀行へとやってきていた。

 普段であれば用事はメイドたちに頼むところではあるが、今日はたまたま、たまたまリーネルンとバーデルでやってきたのである。

 待合室の椅子で足をぶらぶらさせながらバーデルを待っていたところ、先ほどそんな声が遠くから聞こえてきたのだ。

 周りの大人たちは誰も気がついていない。

 いや、男の目の前にいる局員だけが顔を青ざめながら受け答えをしていた。


 男に気づかれないよう、バーデルのもとへ行き、早々に離脱しなければならない。

 リーネルンはそう思い即行動へ移すも、男はそれ以上に迅速に行動を移した。……いわゆる短気だったのである。


「早くせんかぁぁいっっ!!」


 何事かと思いつつ、周囲の客たちは大声を上げている男に視線を向ける。


「銃だ!」「ご、強盗!」「に、逃げろ……」


 一気にパニックへと(おちい)る銀行内。

 局員が緊急通報ボタンを押したからか、非常ベルのような音が店内に鳴り響く。


(あぁ、早く逃げなきゃ)


 バーデルは人の流れに押され、外へと非難していることが、遠めにでも捉えることができた。


(視力はいい方なんだよ)


 呑気にそんなことを考えつつ、同じように外へと駆け出そうとしたところ、その子が目に入った。


(女の子……? 最後のお客さんみたいだけど、逃げ遅れたの?)


 黒髪黒眼の幼い少女。

 歳はリーネルンと同じぐらいか。

 目を合わせて、外へと(うなが)すが、一向に逃げる気配を見せない。


(にぶちんかっ! ちっ、仕方がない。子供を一人だけ残すわけにはいかないか)


 自身が子供ということを棚にあげ、黒髪黒眼の女の子を心配し足を止めたリーネルン。



 男に促さられ、人質となった全員が職員エリアの奥に座らせられる。

 リーネルンは自然を装い名前も知らない女の子の隣に座る。

 他に大人の職員が五人ほどいるが――。


(その人たちは仕事でもあるから自力で頑張ってもらおう)


 リーネルンは自分と同じか下ぐらいの年の子を横目で見る。

 黒髪黒眼と幼く見える女の子であるが、ずいぶんと落ち着いているようにも見える。

 一言二言言葉を交わすが、返事がそっけない。

 まぁ、この状況で大笑いされるよりはよっぽどマシではあるが。


(う~ん。特に怯えている感じはないよね。何者なんだろう)


 その後も少し言葉を交わし、なぜか哀れみのこもった目で見られるようになった。


(……この子、感情が無いくせに、こういうところで感情乗せてくるの、反則じゃない?)


 密かにダメージを受けている心を落ち着かせつつ、リーネルンは行動に移す。


(他に共犯者がいるわけでもなさそうだし。敵は一人。問題なし)


 太ももに収納してある愛銃を取り出し、消音器(サプレッサー)を装着したあたりで横から声をかけられた。


「しーっ」


 人差し指を口に持っていき「静かに」の意図を伝える。


(いきなり銃を取り出したらさすがにびっくりするか。でもま、ちょっとの間だけ静かにしていてね)


 リーネルンは普段の反復練習のように、スライドを引き、安全装置を外す。

 隣で頭を抱えている少女を横目で見つつ、男に照準を合わせ――引き金を引いた。

 平然と男の銃のみを狙い、弾き飛ばす。

 この距離で、あの的の大きさ、リーネルンであれば朝飯前であろう。

 ホルスターに銃をしまいつつ、隣であきれたようにしている少女にピースするリーネルン。


(なんでそんなにげんなりしているのよ。少しは喜んでもいいんだよ)


 少女の内心はいざ知れず。

 その後リーネルンはバーデルと合流し、公安局で事情聴取を受けたものの、身分を明かすことであまり拘束されることなく無事帰宅した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 リーネルンはもう会うこともないだろうと思っていた少女。

 それがまさかすぐ再会するとは思ってもいなかった。


『ワ、ワタクシのことはリンって呼んでください』

(なんであの子がここにいるのよ〜!)


 リーネルンの内心は穏やかでなかった。

 銀行強盗の時に垣間見せてしまった力の一部。

 お(しと)やかなお嬢様として過ごそうとしていた学校生活。

 それが早速崩れてしまいそうになっている。

 ただ、不安に駆られながらも、少し、ほんの少しだけ、心の奥底で期待している自分がいた。

 『人と違う存在』という使命……いや、レッテルを貼られ、一人で生きていくことしかできなかったこの人生(いのち)

 コトミと出会ったことで人生(いのち)の歯車が噛み合い、動き出す。

 リーネルンにとって人生(いのち)の分岐点がここにあった。


『ワタシたち友達だよね』


 リーネルンは打ち明けた。打ち明けてしまった。

 黙っていることもできたはず。できたはずなのに。

 むしろ、コトミにとっても知らない方が幸せだったのかもしれない。

 リーネルンのような存在は火種ともなり、常に危険が付きまとうのだから。

 それがなぜ、打ち明けようと思ったのか。

 それは『勘』――リーネルンは自分自身の『勘』を信じた。

 これから何が起きるか、どんな陰謀が待ち構えているか、そんなことも知らずに。

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