21 鬼ごっこからの落下
畜生ごときにやられるものですか。
足に魔力を流し加速する。
足元が悪いがそこは力業で回避!
そのまま舗装されていない道を進む。
後ろを振り向くと同じぐらいのスピードであとを付いてくるイノシシが目に入った。
「う~ん、これぐらいじゃ引き離せないか」
公園の動物? でもあるし、あまり危害は加えたくないけど、仕方ないか。
意を決して魔力を練ろうとしたところで、進行方向へ新たなイノシシが……!
「えぇ~、イノシシ多すぎでしょ」
しかも二匹。
片方は小さいからうり坊ってやつかな?
仕方なく速度を緩める。
だけど、後ろから迫ってくるイノシシは速度を緩めることなく……。
「よっと」
その場でジャンプ。
「「「ピギィッッッ」」」
すとらーいく。
うん、そりゃあの勢いで突っ込んだらねぇ……。
さて、どうしたものか。
絡み合っている三匹を眺めながら考える。
獣とは言え食べるわけでもないのに殺すのはなぁ。
持って帰るわけにもいかないし。
首を振りながら立ち上がるイノシシ。
うーん、このまま逃げるか。
一人なら問題なく振り切れるだろうし。
そう思い踵を返そうとしたところ――、
「コトミっ!」
「あ、リンちゃん。どうして来たの?」
後ろに息を切らしたリンちゃんが来ていた。
そのまま皆と逃げたわけじゃないのかな。
「はぁ、はぁ、勝手に行っちゃうからでしょ、もう! 運動神経いいみたいだけど獣相手に素手は無謀でしょ」
片手にはあのピンク色をした銃を持っている。
「普通の子供はそんな物騒なもの持ち歩かないよ」
「いいの! それより怪我は大丈夫?」
両手をヒラヒラさせながら無事をアピールする。
「私は問題ないよ。それよりアレどうしようか。殺すのも忍びないし」
イノシシの区別はつかないけど、こっちを威嚇しているイノシシがさっき走ってきたやつかな。
他の二匹はその後ろに守られているかのようにして立っている。
「あぁ~、そうね。危害加えられないのならそのまま行こっか。持って帰るわけにもいかないしね」
「同じこと言うね……。そう言うわけだから引き下がろうか。ゆっくりね」
「大丈夫よ。視線を外さないようにゆっくりと下がるんでしょ。わかってる」
さすが、知っているね。
二人してゆっくりと下がる。
大した驚異でも無いけど、また追いかけっこは勘弁してほしい。
数メートルの距離を時間をかけながら下がる。
目の前のイノシシは変わらず威嚇を続けている。
こちらを脅威と判断したからなのか、さっきと違って襲ってこない。
私たちとしても無駄な殺生はやりたくないからちょうどいい。
「あと、少し……」
無言でうなずくリンちゃん。
よし、これで離脱――しようとしたところ、右手の茂みから突然何かが飛び出してきた。
気を緩めた瞬間を狙われた!?
条件反射的に魔力による防御壁――障壁を展開する。が、その勢いを殺しきれず横っ飛びに吹き飛ばされる。
……リンちゃんごと。
「ふぁぎゃあっ!?」
心の中で謝りながら突っ込んできた物を確認する。
……またイノシシか!
しかもさっきのより二周りほど大きいし……ってそんな悠長なこと言っている場合じゃなく……。
イノシシの勢いがよっぽどついていたからか、重力に逆らいながら空中に投げ飛ばされる。
茂みを抜け、視界が開ける。
そこで――青い空が見えた。
「え?」
横を向くと遠くに地平線が見える。
こんな時でさえキレイな景色だと思ってしまった。
空中で態勢を整え、視線を下に向ける。
……下には何も無かった……地面さえも。
いや、正確にはかなた遠くへ地面が見える。
「ちょっ……!?」
「うひゃあ! コトミこれどうすんの!?」
一瞬の浮遊感のあと、重力に引かれ落下を始める。
高さは五十メートル程度、十五階建てマンションと同等の高さである。
普通に落ちたのであれば即死する高さだ。
四の五の言っていられる状況じゃないっ……!
「リンちゃん! こっち!」
手を伸ばし、リンちゃんの身体を引き寄せる。
「どうするのよ!? これはさすがに死ぬよ!?」
「静かに! 集中させて!」
魔力を練り上げ風魔法により上昇気流を発生させる。
私の魔力では完全に落下速度を相殺できない。
落下までの数秒間繰り返し魔法をつかう。
あぁ、もう! とか言う声が腕の中で聞こえるが気にしていられない。
一人ならまだしも、二人分の体重を支えるには魔力が……。
「最後はこの足で支えるしかない!」
「無理でしょっ!?」
血相を変えたリンちゃんの叫び声が聞こえる。
「しっかり捕まって!」
返事を聞かず、いやもう聞く時間もない。
ゆっくりと流れていく景色の中、目前まで地面が迫っている。
魔力を足に集中させ固定。
衝撃を逃がしつつ落下の衝撃に耐える。
落下の瞬間には足裏へ風槌の応用で空気を作り出し、衝撃を吸収させる。
これで、耐えられるかっ!
――落下。――そして、衝撃。
永遠にも感じられる激痛から数秒――。
「た、耐えた……」
気が緩んだ瞬間、後ろに倒れ込む。
あ、足が……、足だけに限らず全身の骨にヒビが入っている感じがする。
無意識に治癒魔法を全身に張り巡らせているお陰で、少しずつだけど痛みが引いていく。
「あ、リンちゃん……大丈夫!?」
腕の中の女の子を見る。
「な、何とか……。よく生きていられたね」
「無事? 怪我とかは無い?」
まだ完全に回復していないけど、痛みはだいぶ和らいだから先にリンちゃんに治癒魔法をかける。
「大丈夫……かな。まだ心臓ドキドキしているけど、痛みはない、かな。あはは」
「なんで笑っているのよ……」
「いや、今回ばかりはさすがに死んだと思ったんだけどね。まさか助かるとは思わなかったよ」
リンちゃんから視線を外し、落ちたであろう岩壁を見る。
確かに、あの高さじゃ普通はすぷらったーになるよね。
いや、本当に助かって良かった。
安堵の息を吐く。
「コトミは身体大丈夫? あの高さからじゃ大怪我ではすまないよ?」
「んぅ? うーん、たぶん大丈夫」
「たぶん……って、平気そうにしているのがホント謎なんだけど。なんで大丈夫だったかはわからないけど、きっとコトミが秘密にしていることに関係あるんだよね」
「うっ……」
「そろそろ教えてくれてもいいんだよ?」
腕の中で上目遣いにつぶやくリンちゃん。
私が男だったら陥落されていただろうけど、そんな手には乗らないよ!
「そ、それよりそろそろどいてくれないかな。重いよ」
「レディーに対して重いって失礼でしょ。もう」
そう言いつつも身体を起こす。
私も砂ぼこりを払いながら、差し出されたリンちゃんの手をとって立ち上がる。
「ありがとう」
「お礼を言うのはこっちだよ。助けてくれてありがとう。でもま、元はと言えばコトミがイノシシなんかに後れを取ったからだよね」
「う、ごめん」
確かにそうだわ。油断していたな。
魔物と違い脅威が無いからって、油断するべきじゃなかったな。
「まぁ、結果オーライでいいんだけどね」
それでもやっぱり反省。次からは気を付けよう。
自分は問題ないとしても、他の人を巻き込むのは良くない。
魔法の無いこの世界では、たかがイノシシでも脅威となり得るのだから。
 




