209 本当の告白
「カレン……びっくりしないで聞いてほしいんだけど……」
真剣な表情で私の話に耳を傾けるカレン。
「実は……十一歳って言っていたけど、違うんだ」
「…………………………はい?」
たっぷり十秒以上沈黙を保ってから、声を上げるカレン。
そんな反応を気にも止めず、私は言葉を続ける。
「さっき話した異世界、そこで十八年過ごして、そして転生――この世界に生まれ変わったの。だから実年齢は……」
それ以上の言葉を口にすることができず下を向く。
カレンと視線を合わせることが出来ないまま。
「…………………………」
無言のプレッシャーが辛い。
実際は数十秒程度なのだろうが、永遠にも思われる時間が私を襲う。
「………………カ……か」
「……え? なんて?」
目を合わせられないまま、カレンが何かつぶやいている。
少し身体を寄せ、その声を聞き漏らさないよう聞き耳を立てる。
「姉さんは……」
うん。
「バカですかっ!?」
「うひゃあ!?」
急に大声を出され椅子から転げ落ちそうになる。
み、耳が……。このやりとり、前にもあったような……。
「そんなことで悩んでいたんですか!? そんなことを隠そうとしていたんですか!?」
普段、感情を大きく表に出さないカレンが涙を流しながら叫んでいる。
個室にしておいて良かったなぁ、なんて現実逃避的な考えが頭をよぎるが追い出す。
「ワタシが……ワタシがどれだけ、姉さんの心配を……悔しい思いをしていたのか……」
最初の勢いは削がれ、徐々にしぼんでいくカレンの言葉。
「ワタシが……まだ……まだ、姉さんに、信頼されていない……だから、と思って……う、う……」
最後の方は嗚咽にかき消え、その言葉がしぼんでいった。
「カ、カレン……ごめんね? 悪気は無くてね? やっぱり恥ずかしくてさ……」
あわわ、ワタワタ、とカレンに近寄り説明、もとい弁明する。
カレンはなかなか泣き止まない。
普段であれば抱き付いてくる状況なのに、それすらもせず静かに泣いている。
や、ヤバイ……完全にやっちゃったか……。
「ご、ごめんね? これからは隠し事しないからさ……。なんでも話すから、さ。機嫌直してくれないかな……」
女の子の涙に弱いのは男だけじゃないんだよ……。
特に、普段元気な子が静かに泣くって……かなりくるものがあるんだよ……。
その後、数分間は十分焦らされ、カレンはゆっくりと顔を上げた。
この数分間ってめちゃくちゃ長いんだからね……。
誰にともなくそう愚痴をこぼす。
「姉さん」
「ひゃい……」
顔を上げたカレンは瞳が紅く――比喩でもなんでもなく、魔眼が爛々と力強く輝いていた。
泣き腫らした目を隠すように輝いている魔眼。
今までの中で最大級に魔力が込められている気がする。
あ、これ、あかんやつや。
今この瞬間だけは膨れっ面も可愛い仕草ではなく、猛獣に睨まれているような、そんな感覚に襲われた。
「力を抜いてください」
うん。誰が見ても怒っているな。憤怒という言葉がぴったりかのように……。
逆らっちゃいけないんだろうと、本能的に察し身体から力を抜く。
これからの展開に背筋を凍らせながら……。
ふと、視界に入ったシロは手を合わせ目をつむっている。くそっ……。
「もっと、もっとですよ」
立ち上がり、私の眼を覗き込むように瞳を近づけてくるカレン。
うわぁ、入ってくる……。
わずかな抵抗も虚しく、私が今まで隠していたこと――もう既にほとんど暴露してしまったが――の中へも入ってきた。
こじ開けられた心の中にカレンの意識が入ってくる。
初めての感覚に戸惑いながらも決して不愉快ではなく、逆にカレンの慈しむような感情を心で感じる。
『姉さん……コトミ姉さん』
心に直接語りかけられるように、名前を呼ばれる。
丸裸にされた心では嘘や誤魔化しが効かず、正直な思いが――想いがカレンと交差していく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ふぅ」
満足したのか、自分の椅子へ座り、身だしなみを整えるカレン。
私は……疲れた。ひっっっっじょうに疲れた。
恥ずかしい……。
何が恥ずかしいのか。言葉では言い表せないぐらい恥ずかしい。
心を直接覗かれたんだから、そりゃ当然だろう……。
「また隠し事したら、視にいきますからね?」
お前は私の旦那かなにかか。
たっぷり十数分堪能したカレンは、そりゃもういい笑顔だった。
その後、料理が運ばれてきたので、とりあえずお昼ご飯とする。
案外遅かったのは気をつかってくれたのか……。
「……覗いてみてどうだった?」
ご飯も中盤、気になってカレンへ聞いてみた。
「もぐもぐ……。――うーん、もう隠していることは無さそうでした」
「…………」
ど、どこまで視えたんだろうね……。
「あ、でも、視えなかったのもありましたよ。でも、それは姉さんが悪いわけじゃないようなので、情状酌量の余地あり、です」
なんだ、その犯罪者予備軍のような扱いは……。
指をクルクル回しながら続けるカレン。
「たぶん、姉さんが無意識下で閉ざしているんでしょうね。何があったかはわかんないんですけど。姉さんが意識していないことは視られませんでした」
すごいこと言っている気がするんだけど……。
それって、ホント丸裸にされたんじゃ――。そういえば心なしかカレンの機嫌がいいような……。
「ふふ、ふふふ」
何を……視たんだろうか。
「でも、姉さんはやっぱり姉さんで、良かった、です」
えと、それはいったい……?
ニコニコとしながら食事を進めるカレン。
私も同じく食事を進めるも、味は良くわかんなかった。
食後のティータイム。私はげっそり。頑張った。頑張ったんだよ……。
シロはシロで我関せずという風にご飯食べていたし。
はぁ。
「カレンさんや。私の個人情報はあまり言い触らさないでくださいね」
悲願するように、念のため伝えておく。
「なにを言っているんですか。姉さんはワタシだけのものなんですから、誰にも言うわけないじゃないですか」
「…………」
それはそれで怖いが……まぁ、信じておこう。うん。
はぁ、小さくないため息をつきつつ、丸く? 収まったことに少しだけ安堵する。
「とりあえず、明日で五日目だからやっと帰れるね」
長い。長かった。
いや、平和な五日間であれば良かったんだよ。
でもね、そうじゃなかったから大変だったんだよ。
この五日間を思い出し、少しげんなりする。
「帰る……姉さんの家は隣国のロフェメルにあるんですよね。アルセタの街に帰るんですか?」
「いや、とりあえずはリンちゃんの家かな。まだ長期休みの途中だし、いろいろと報告することもあるから」
「…………」
ん? どうした?
「ずいぶんリンさんと仲がいいようですけど、浮気はいけませんよ?」
三白眼をこちらへ向け、そんなことをカレンは言う。
「浮気ってなによ、浮気って。まったく」
あんたは私の旦那かなにかか。
心を詠んだからか、国のことやリンちゃんのことがわかっちゃったか。
まぁ、別に隠すことはないし……というよりは何も隠せなくなっちゃったしな……。
うぅ……私、変なことしていないよね……。
「浮気したら姉さんの恥ずかしい過去を暴露しますからね」
やめてくれ、ホントに。




