208 妖精の扱い方
「出かける準備は大丈夫?」
服を着替えながらそうカレンに声をかける。
今回のゴタゴタでだいぶ汚れてしまったから洗わなければ……。
もう替えの服もないしね。
「はい、大丈夫ですよ」
新しい服に袖を通していたカレンが振り向き、そう答える。
「ちなみに、シロも呼んでいい? あの子、放っておくとあとで大変だからさ」
少し、カレンの表情をうかがいながら聞いてみる。
「いいですよ」
せっかく遠い世界からやってきたのだから、しばらくは相手してあげたい。
カレンからしたら憎き相手なのかもしれないけど――。
「って、いいの?」
さっきのさっきまで、恨み辛みいろいろと言っていた気がするんだけど……。
「ちゃんと説明してくれましたから」
背中を向けながらそう答えるカレン。
説明したらいいのか……?
なんでかなーっと疑問に思っていたらカレンが教えてくれた。
「内緒にされるのが嫌なんですよ。ワタシは姉さんの一番になりたいと思っています。誰よりも姉さんのそばに居たいし、誰よりも姉さんのことを知りたい。コソコソされるのは嫌いです」
……これは、浮気とかできないな。いや、やらんけど。
背中を向けていたカレンが急に振り返ったので、余計な考えを頭より追い払う。
「……わかった。これからはなるべく相談するね」
「なるべくじゃなくて、絶対です」
「…………」
これは、重いなぁ……。
そんなことを思いながらも、二人準備が整った。
「それじゃ、シロ呼ぶか」
そう言って魔力を拡散させる。
いつもは中途半端に余った魔力を放出しているけど、今回は大量に撒き散らす。
「姉さん、なにやっているんですか?」
「ん? ……あぁ、魔眼で視えているんだね」
普通の人には見えない魔力も魔眼であれば視える。
当然、魔力生命体の妖精族にも感知ができる。
というわけで――。
「待たせてゴメンね」
音も無く現れたシロに対し、そう声をかける。
「……本当にそう」
うわー……今度はこっちが不機嫌だわ……。
なんだこの恋愛ゲーは。難易度高すぎるだろ。
「あの、魔力あげるから、ね」
「言われなくてももらう」
早速、魔力吸収するシロ。さっき放出した分も既に無くなっていた。
はぁ、どうにか機嫌を直さんと……。
「とりあえずご飯に行こうか……」
どうにか機嫌を直してもらいたいけど、どうしたもんか。
いい考えが浮かばないままホテルを出て――。
「あの、シロさん」
どうしたものかと考えていたら、カレンがシロに声をかけていた。
「…………」
後ろに並んで歩く二人。シロは無言でカレンに視線を向ける。
「先ほどはごめんなさい……。姉さんを取られると思って、つい感情的になってしまいました」
頭を下げて謝罪するカレン。
「………………ん」
シロは無言のままカレンを見つめていたけど、最後に小さく頷いていた。
若干だけど、シロの機嫌も良くなったのかな?
まぁ、人の気持ちに機敏な方じゃないし、気のせいかもしれないけど。
何はともあれ仲良くしてくれたら嬉しいかな。
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お昼ご飯をどこで食べようかと考えていたけど、込み入った話もしそうだし、この前行った個室のあるお店でいいかな……。
これからのことも相談しなきゃいけないし。
「えーと、いろいろと聞きたいことは山ほどあるけど……、シロはこれからどうするの? まぁ、聞くまでもないとは思うんだけど……」
店員さんに注文したあと、向かいのシロに向かってそう話しかける。
「……ん。魔力をもらいに来た。だから、一緒に居る」
だよねぇ。テスヴァリルからわざわざ世界を越えてやってきたほどだし。
それにしてもどういうつもりなんだろうか……。
いや、食い意地張っているというのはわかるんだけど、どんなつもり――心境でここまでやって来たのだろうか。
妖精は自由気ままでその表情は読めないが、聞いたら教えてくれるのだろうか。
……まぁ、カレンがいるので聞くに聞けないが……。
「シロさんは別の世界から来たんですよね。わざわざ姉さんの魔力をもらうためだけにやってきたんですか?」
隣のカレンが私の気遣いも無駄にどストレートに聞く。
「あ……カレン、それは……」
「姉さんは黙っていてください」
うっ……。カレンってこんなに強い子だったっけ……。
シロは私の方をチラリと見てから――。
「そう。でも、詳しくはまだ言えない。この子が心配するから」
「…………」
シロがそんな風に言うとは思っていなかったのか、カレンは苦虫を噛み潰したような表情をしている。
……さっきは二人仲良さそうに喋っていたのにな。
シロもどうしたんだろうか。
妖精ならそんな言い訳のような説明はしないのに。
……あれ?
「私が? 心配?」
「そう。シ……コトミの機嫌を損ねると魔力をもらえない。だから」
……この子、そんなこと気にしていたのか。
というか、妖精なのにそんなこと気にするの?
私の中の妖精という定義が崩れつつある。
「ということは、姉さんはまだ何か隠しているんですね」
座高の高いカレンが見下ろすように、ジト目で睨んでくる。
うっ……。確かにまだ言っていないこともあるけどさ。
「隠しているというか、言い辛いと言うか……」
私も異世界からやってきたことはさっき伝えた。
でも、転生――別の世界で死んで、生まれ変わったとは言っていない。
言えないだろ……実は精神年齢はずっと高いです、なんて。
今までどれだけ年相応――今の姿の――ことをやってきたのか。
鉄道も子供料金で乗ってしまったしな……。
いや、でもあれはいいのか。
この世界では本当に子供だし。
「姉さん、ワタシはどんな姉さんでも受け入れるつもりですよ。それより、隠しごとされている方が辛いです」
「…………」
そう、だよね。
もう、異世界のことは伝えてしまったしな……。
シロの方を見ると、ジッと私を見ている。
その表情は――相変わらず読めないが、後押しされているように思えた。
仕方が――ないか。




