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207 〔白い少女の気持ち〕

 いつだろうか。自分の心が変わってきていることに気がついたのは。

 森にいるときは何も考えずに魔力を吸収していた。

 生きるために、野生動物が食事をするかのように。

 人間と同じ姿、人間と同じ声、人間と同じ動作や仕草。

 だけど、魔力を主食とする妖精の、その本質はやはり人間とは違った。


 魔力の豊富な森にこもり、時たま出くわした人間の魔力を奪う。

 そこに感情は無く、ただただ本能の(おもむ)くままに魔力を吸収していった。

 普通の妖精であれば、それだけで一生を過ごせただろう。

 森の魔力で腹を膨らませ、ときたま迷い込んできた人間の魔力で喉を(うるお)す。

 そうやって過ごしてきた。


 でも――自分は他の妖精と違った。

 お腹いっぱいまで魔力を吸収すれば、森も人間も、みんな死んでしまう。

 ――加減がわからなかった。

 結局、自分で抑えながら吸収するしかなかった。

 だから――いつもお腹を空かせていた。


 突然変異の影響なのか、他の妖精と自分は違う。

 それが自分の体質であった。

 こんな体質だから今まで空腹感に(さいな)まれていた。

 妖精だから空腹で死ぬことはない。

 それでも、消滅するまでに、一度でいいから、お腹一杯の満腹感を味わいたかった――。



 一人の少女と出会った。小さき人間の少女。

 でも、その小さき人間が、自分よりも強大な魔物を制した。

 非常に興味深かった。

 魔力を無駄に拡散させながらも魔法を使い続ける少女。

 魔力量にものを言わせ、効率無視で魔法を放っている。

 膨大な魔力を持つであろうこの人間であれば、多少の魔力を分けてくれるはず。

 漂う魔力を味見したときはおいしかった。

 この人間について行く。

 本能がその欲求に逆らえなかった。



 人間と過ごすうちに、自分の自我が目覚めていくことがわかった。

 (もや)のかかった頭が透き通っていくかのように。

 妖精女王となった今であればわかる。

 人間と同じ姿をし、人間と同じ言葉を交わし、人間と共に居たとしても、妖精は妖精であった。

 そこに理性や感情は無く、ただ本能の求めるままに魔力を吸収していった。

 ……今までの()()()もそうだった。

 小さき人間の少女――シャロと出会い、同じ時間を過ごす内に、心の中で小さな感情が芽生えてきた。

 今まで感じたことのない気持ちを心の内に感じる。


 初めは戸惑いこそあった。

 なぜ、一緒に居たいと思ったのか。

 なぜ、また会いたいと思ったのか。

 なぜ、離れたくないと思ったのか。

 本能のままに魔力を求めていたからそう思ったのだろう。

 そう、思っていた。……でも、違った。

 シャロがこの世界から消えてしまったとき、ぽっかりと心の中から何かが抜け落ちたような気がした。

 初めての感情に戸惑いを覚えた。

 ――また会いたい、と。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……ばか」


 とあるホテルの屋上。

 屋上と言うには何も無く、人が出入りするための入り口もない。

 そんな何も無いホテルの屋上に一人の白い少女が、建物の縁へと腰掛けていた。

 風が――、少女の白く長い髪をなびかせる。


「……ばか」


 足をぶらぶらと揺らしながら遠くを眺め、ぽつりと言葉をもらす。

 少女は長い、長い旅路を終えこの世界へとやってきた。


「……ばか」


 世界を渡るためには膨大な魔力が必要である。

 テスヴァリルで十年かけてかき集めた魔力を、少女は転移魔法のためにためらうことなく消費した。

 ――とある少女に再び出会うために。


「……ばか」


 目当ての少女を見つけたときは戸惑った。

 以前の姿形の面影もない。身長も小さくなってしまった。

 でも、その優しさは変わっていなかった。


「……ばか」


 姿形や声は変わってしまったが、その眼差しや人を射殺(いころ)さんとする目つきは相変わらずであった。

 おいしい魔力もいつものようにおいしかった。


「……ばか」


 また、一緒に居られる。

 そう思ったのも束の間、お預けを食らってしまった。

 そばに居た人間。その人間に横取りされてしまった。


「……ばか」


 妖精は基本的に自分本位で動く。

 そこに感情や道理などは何も存在しない。


「……ばか」


 自分にとって利益があるかどうかだけである。

 ……ただし、どこにでも例外というものはある。


「……ばか」


 少女の表情はほとんど変わりないが、見る者が見れば気がつくのであろう。

 単調な言葉にも、ある種の感情が混じっていることを。


「……ばか」


 ゆらゆらと胸元のペンダントが揺れる。

 日の光を受けて瞳と同じ色に輝くペンダント。


「……ばか」


 作りは粗いが十年経っても輝きを放ち続けるペンダント。

 少女はそのペンダントを気に入っていた。


「……ばか」


 少女の言葉は続く。

 どんな想いを持って紡ぐのか。

 遠くを見つめ、その言葉を紡ぐ。


「……ばか」


 繰り返される言葉が彼方へと吸い込まれるように消えていく。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 どれだけそうやって呪詛(じゅそ)をつぶやいていただろうか。


「……やっと終わった」


 膨れっ面の少女が再び笑顔を取り戻す。

 ――いけない。甘い顔をしてはいけない。

 崩れそうになる表情を少女は引き締める。

 普通の妖精であれば頬を(ほころ)ばすことも、そのことに気がつき引き締めることもしない。


「よっと」


 立ち上がり魔力を練る。

 撒き餌のように撒き散らされている魔力をめがけて――。

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