206 少女たちの気持ち
「……ワタシの方こそ、ごめんなさい。姉さんと、シロさんが見えない糸で繋がっているように見えて……。悔しかったんです」
見えない糸……あぁ、魔力か。
まぁ、ある意味、糸といえば糸なのかな。そんないいものではないけど。
「ワタシの知らない姉さんを、シロさんは知っている。ワタシが初めて会ったシロさんを、姉さんが知っている。いきなり現れたシロさんを受け入れ、魔力の繋がりを躊躇することなく持った。……ワタシの居場所は無いんだと……そう思い知らされました」
うっ……。そんなつもりじゃなかったんだけど……。
とはいえ、カレンを悲しませたのは事実か……。
これも、説明しておかなきゃ、ダメなんだろうな。
「ごめんね。シロはね、持ちつ持たれつの関係というか、利害関係の一致というか……。カレンが思っているほどいいものではないんだよ」
「そう、なんですか?」
カレンの身体から力が抜け、私に身を預けるように体重をかけてくる。
「うん。詳しくはまた説明するけど、ちょっとしたことで知り合ってね。危ないところを助けてもらったこともあるし、害はないんだよ」
「危ないところって……別の世界でもそんなことしていたのですか」
カレンが咎めるような、少し呆れた声を上げる。
「うっ……ま、まぁ、そんなわけでね、できればカレンも仲良くしてほしいんだけど」
仲良くしてほしいというより、ギスギスしないでほしいかな。
妖精族は自由奔放だから、あまり特定の人と仲良くできないけど、喧嘩することもあまりない。
そういう意味では普通にしてくれたらいいな。
「…………」
カレンが無言で私の眼を覗き込んでくる。
魔眼は熾していない。
翠眼の瞳が私のことを見つめている。
能力を使って心を読んでいるわけではない。
素のままの私を、着飾っていない私を見ているんだ。
「……わかりました。その代わり条件が……いえ、約束してほしいです」
見つめ合うこと数秒、カレンがため息交じりにそんなことを言い出す。
「うっ……何かな……。私の出来ることであればなんでもやるけど……」
あまり無茶な条件を突き付けられても無理だけど……。
「勝手にどこかへ行かないでください」
「……へ?」
えっと、どういうことだろうか。
「異世界からの来訪者……逆を言えば異世界へ行くことも可能かもしれない。正直、わかりませんが、もしそうなった場合、ワタシを絶対に連れて行ってください」
真剣な眼差しで私を見据え、そう言ってくる。
異世界――テスヴァリルのことだろうけど、そんなことは可能だろうか。
実際、シロは世界を渡ってこちらの世界へやってきた。
どれだけの魔力が必要かわからないけど、もしかしたら可能なのかもしれない。
私やアウルのケースもあるし。
いや、私たちは転移というより、転生だったか。
そういえばシロは転生のことも知っているのかな?
念のためあとで聞いてみるか。
「姉さん……。約束……してください。約束してくれるだけで、それだけで、ワタシは……安心できるんです」
お願いします。とカレンは目をつむる。
って、いけないいけない。
変なことを考えていないで、まずは目の前のカレンをなんとかしないと。
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと考えごとしていて……。えっと、うん、そうだね。異世界へ行けるかどうかはわらかないけど、カレンを置いて、どこかへ行くことはしないよ。約束する」
「姉さん……約束ですよ」
腕を背中に回して身体を密着させるカレン。
安心したのか全身から力を抜いて抱き付いてくる。
「ふふ、まったく。甘えんぼうなんだから」
背中をさすりながらあまり高くないカレンの体温を感じる。
少しの間、そのままゆっくりとした時間が過ぎ――。
クルクルクルゥ~。
「……お腹、減ったね」
「…………」
すみません……。と小さくつぶやくカレン。
時刻は……昼前か。
備え付けの時計で見るとそれなりの時間が経っているようだった。
「もう、大丈夫かな?」
「はい……。すみません、いろいろとご心配をかけて……」
身体を起こすと、カレンは少しバツの悪そうに謝ってくる。
「ふふ、いいんだよ。不安なことがあれば、たまにはこうやって話せばいいよ。そうすれば安心するでしょ?」
毎日は困るけど、たまにはこうやって過ごすのも必要なんだろう。
「姉さん……。はいっ」
さて、カレンも元気が出たことだし、お昼ご飯……の前にお風呂に入ってないから身体の汚れが……。
うーん、どうするか。
段々と臭いも気になってきたし、人の視線が気になってくる。
だけどはらぺこカレンの相手もしなければならないし……。
「姉さん、お風呂入りましょうか」
悩んでいたらカレンからそう声をかけられた。
「え? 大丈夫なの?」
「少しぐらい大丈夫ですよ。それに、姉さんに食い意地がはっているって思われたくないですから」
う……。それはごめん。
でもね、もう手遅れだと思うんだ……。
「あはは……。じゃあとりあえずお風呂入ろうか」
誤魔化すようにその場を離れ、浴槽に湯を張りに行く。
その後、恒例の洗いっこ。
カレンはいつもどおり、というか、いつも以上にていねいに洗ってくれた。
距離が近くなったというか、壁が無くなったというか。
やっぱりテスヴァリルのことを話したからかな。
そんなに変わるものなのか、よくわからなかったけど、カレンを見ると嬉しそうにしているから、結果良かったのかな。
浴槽でもカレンはベッタリだった。
……心の距離だけでなく、身体の距離も近づいてしまったか……。




