203 朝ご飯からの擦れ違い
「ま、間に合ったぁ……」
街中の朝早くから開いている商業ビルの前でタクシーから降ろしてもらった。
そのまま急いで商業ビルへと駆け込む。例のアレだ……。
「なんとか威厳を保てましたね」
なんでカレンは残念そうに言うのかな。
「ちょうどいいし、朝ご飯食べていこうか」
時計を見るといつも朝ご飯を食べている時間だった。
服の汚れもひどいし、いつもどおりフードコートでいいや。
シロは……食べるか。
以前、大量の甘味を食べていたことを思い出し、少し懐かしい気持ちになった。
そっか、あれからもう十年以上経っているんだもんな。
「姉さん。今回はお願いしてもいいですか?」
席を確保し、いつもどおりカレンが買いに行くかと思ったら、そう声をかけられた。
「ワタシはこの人と話をします」
「…………」
すんごい嫌な予感がする。
シロの方を見ると何も考えていないのかじっとしているし。
カレンは射殺さんばかりに睨みつけているし。
できればカレンとシロを一緒にしておきたくない。
だけど……。
「…………」
カレンに睨まれ、渋々とその場を離れる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
うーん……。
どうしたものかなぁ。
いつものようにハンバーガーショップで、バーガーができあがるのを待つ。
こんな朝から二十個も頼めば、そりゃ時間はかかるわな。
「ふぅ……」
小さくため息をつき、先ほどの二人のことを考える。
カレンとシロ……。
そもそもシロがどうやってこの世界に来たのかわかんないな。
理由は魔力のためだろうけど。
下手したら私が転生者ということがバレるかもしれない。
もしバレてしまったら、カレンは私を見る目が変わるんだろうか。
……いや、なんとなく、それぐらいでは変わらない気がするな。
そう考えると、秘密にしておきたいことってなんだろうか。
うーん……。
元テスヴァリル人のこととか、転生者のこととか、実はアラサー……とか。
魔術師とかはもうバレちゃっているしなー。
……あまり、バレても問題ないのか?
いやいやいや、転生者とかわけのわからない存在の人を、そんな簡単には受け入れられないだろう。
……でも、もしかしたら――もしかしたら、カレンなら――。
「お待たせしましたー」
「……っ」
声をかけられ、考えていたことを中断する。
店員さんに心配されながらもハンバーガー山盛りのトレイを受け取る。
考えていたことの結論は出ないけど、とりあえず二人の元へと戻ろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お待たせー……」
少しおっかなびっくり声をかける。
シロは……表情変わらず。
カレンは……うわぁ……苦汁を飲まされたときのような顔をしている。
「姉さん」
「ひゃい」
急に呼ぶから変な声が出ちゃったじゃないか。
「こっちに座ってください」
「…………」
言われるがまま、カレンの隣へと座る。
「…………」
三人とも無言のまま、お互いの様子をうかがう。
「…………」
えーっと……どういう状況なんだろ。
シロは変わらないけど、カレンはなんというか……悔しそうにしている?
なんでだろう。でも、きっと私のことについてだろうなぁ……。
「と、とりあえず食べようか」
そのまま見つめ合っていてもらちがあかないので、ハンバーガーの山から一つ取る。
「ほら、カレンもシロも、食べれば?」
今の私は頑張っている。
この緊張感の中、なんとかやっている。
うん、誰か褒めてほしい。
「姉さん」
「ふぁい」
ハンバーガーを口に入れたところでいきなり声をかけられる。
「あとで話があります」
「…………」
口に含み、咀嚼したハンバーガーの味はよくわからなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後、ハンバーガーを無事食べ終わり――カレンの食欲はこんな時でも変わらなかった――、カレンに引き連れられテラス席のすみっこまでやってきた。
シロは律儀にさっきの席で待っている。
「姉さん」
「はい……」
なんで私はこんなに詰められているのだろうか。
カレンの方が若干身長高いため、見下ろすような立ち位置となっている。
後ろは壁。万事休すである。
「…………」
「あ、あの、カレンさん……?」
カレンは周りに見られないのをいいことに魔眼を熾している。
しかも、結構魔力を込めてるし。
「姉さん……ワタシは……ワタシは……。必要の無い、存在ですか?」
……はい?
いきなり何を言い出すことかと思えば、なんだろうか。
カレンの瞳の奥深くを覗く。
「何か、あったの?」
目の前のカレンは今にも泣き出しそうな、そんな顔をしている。
「なんで……なんであの人に、だけ……。ワタシには……」
心の底から絞り出そうとした声は小さく、最後の方は聞こえなくなった。
「カレン、どうしたの?」
頭を撫でようと手を伸ばしたところ、カレンは一歩あとずさった。
「……カレン?」
「姉さん……ごめん、なさい」
カレンはそのまま背を向け、振り返ることなく走り去っていった。
「カレン……」
伸ばした手は空を切り、むなしく風が吹き抜ける。
フードコートの騒がしさだけがうるさく響き、心は静かに波打っていた。
 




