201 白い少女との邂逅
どのぐらい寝ていたのだろうか。
目を開けるもそこは真っ暗闇の中で、何も見えない。
だけど、腕の中には大切な温もりがあり、この闇の中でも不安に駆られることはなかった。
「すぅ……すぅ……」
カレンはまだ寝ているようだ。
このままの状態じゃ良くないことはわかっているけど、身動きさえ取れないこの状況を打破する方法が思いつかない。
スマホは真っ先に試そうとしたけど、このドタバタで落としたのかどこかへいってしまった。
おかげで今が昼なのか夜なのか、時間さえもわからない。
「んぅ……ねぇ、さん?」
「ん? 起きた?」
暗闇の中でモソモソと動く気配がしたけど、カレンが起きたのかな?
それにしても私が起きているのがよくわかったな。
……あぁ、魔眼か。
魔眼であれば光の射さないこの暗闇でも見通せるか。
「はい……。あの、姉さんは寝れましたか? ワタシが重いんじゃ……」
「まぁ、軽くはないけどね」
ここの空間が狭く、二人密着するしかないとはいえあまりにも窮屈な体勢だ。
横並びでもいいんだけど、カレンは血を流しすぎているし、できればこうやって暖めてやりたい。
重さは……まぁ、自然に魔力強化しているからさほど辛くはない。
ただ、胸部の圧迫は半端ないけど……。
カレンの方が辛そうな気はするけどそんなことないのかな。
「うっ……。すみません……」
「気にしないの。さっきまで重傷だったんだから。早く良くなって」
「……はい。ありがとうございます」
申し訳なさが伝わってくるが、それ以上にカレンは嬉しそうである。
はぁ、まったく。
「……って、こら、どこに顔突っ込んでんのよ」
「姉さんの匂いで回復です」
「するわけないでしょ」
首元に鼻を寄せながら、どこぞやの動物みたいにクンクンしている。
はぁ、まったく。
「今だけ、だからね」
どうせこれだけ密着していたら二人とも同じ匂いになっているだろう。
カレンの髪が鼻をくすぐるが、しばらくそのまま好きにさせてやる。
「水いる?」
こんな状況だけど、魔法のおかげで水分補給はなんとかなっている。
食べ物は無いけど多少は仕方がない。
水さえあれば一週間は生き延びられるから。
それよりも、もっと深刻な問題が……。
「いえ……その、トイレが近くなるので、あまり……」
だよねぇ。
身動きが取れないため、当然そういった生理現象にも対応ができない。
このままじゃマズいってことも理解しているけど、どうしようもない。
「あの、ワタシはこのままでも……」
「我慢しなさい」
なんで嬉しそうなのよ。
それに息づかいが荒くなってるし。
はぁ、まったくこの子は……。
……ん?
「……姉さん、これって」
カレンも気がついたか。
この予兆は確か――。
そう思った瞬間、狭かった空間が、窮屈な体勢が、光も射さない暗闇が――全て爆ぜた。
「――なっ!?」
開けた視界が白く染まる。
……いや、急に明るい所へ出たから目が追い付いていないだけか。
それより、この浮遊感――嫌な予感しかしない。
「姉さんっ!」
胸に抱いていたカレンは……ここにいる。
それだけは安堵し、なんとか無理やり目を開けて、周囲の状況を確認する。
……予想どおりというか、なんというか――。
「なんで、急に大空へ投げ出されているのよ……!」
大声で嘆いても、その声は落下する風切り音にかき消され、むなしく吸い込まれていく。
空を飛んでいるのは私たちだけではなく、身体を覆っていた瓦礫たちも一緒に舞っている。
「いったい何が……!」
腕に力を入れてカレンと離れないようにする。
地上ははるか彼方の先。
さすがにこの高さは耐えきれない……。
何か手はないかと周囲を見渡すと、目の前に見慣れた姿が現れた。
『――シャロ、やっと……やっと、見つけた』
風切り音の合間を縫うように聞こえてきたそれは、懐かしい世界の言葉だった。
「シ……ロ……? ……シロっ!?」
その姿は十数年経っても変わっていない、白い小さい一人の少女――妖精だった。
『下りるよ』
「――え?」
言うが早いが、シロは私の身体に触れると魔力を練り――景色が一転した。
「わだっ!?」
変な体勢でいたから思いっきり地面にお尻をぶつけてしまった。
「あいたた……転移するならそう言ってよ……」
治癒魔法をかけながら周囲の状況を確認する。
少し小高い丘……って、見覚えがあると思ったらここはあの岩の上か。
カレンも何が起きたかわからずキョロキョロとしている。
あ、シロと目があった。
「……姉さん、この人は?」
私を庇うようにと前へ出るカレン。
「あ、この子は大丈――」
ぶ、と答えようとしたところ、背後から凄まじい轟音が鳴り響いた。
咄嗟に身構え、背後を振り返るとそこには先ほどまでいた傭兵組織。
そこへ、空から数え切れないほどの瓦礫が降りかかっていた。
「「…………」」
カレンと共にその光景を呆然と眺める。
瓦礫は建屋や残っていた倉庫などに降りかかり粉塵を大きく上げる。
そして――何かに引火したのか、耳を紡ぎたくなるような爆発音があたりに響き渡った。
「うぁー……」
迫り来る衝撃と爆音――。
目の前にはテレビで見たことのあるようなキノコ雲がもくもくと上がっていた。
まるでテロだな……。テロ組織だけに。
あそこにいた人たちは……まぁ、ご愁傷さまだね。
「っと、それよりカレンやシロも大丈夫?」
後ろで同じように呆然としているカレンに声をかける。
「ワタシは大丈夫です……って、この人はなんですか?」
先ほどと同じ言葉を並べるカレン。
「あー、とりあえず落ち着いて。敵ではないから」
カレンの肩を叩き、そのままシロへと近づいていく。
「姉さんっ」
背後からカレンの声が聞こえるが、その言葉に構わずシロに話しかける。
「えーっと、いろいろ聞きたいことがあるんだけど、シロ――でいいんだよね?」
『…………?』
目の前の白い少女は、記憶にある姿そのまんまでたたずみ、首を傾げていた。
胸元に見覚えのあるペンダント。
あ――。あれは、私があげた……。まだ、持っていたんだ。
そのことに懐かしく、目元が熱くなってくる。
『あー、こっちの言葉わかんないか。シロ、でいいんだよね』
想いをごまかすように、感情を隠すように、テスヴァリル共通公用語であらためて聞いてみる。
『ん。シャロ、やっと見つけた』
感動の再開? なのかちょっと疑問だけど、目の前の少女はなんとなしに喜んでいるようにも思えた。
相変わらず表情がわかりづらいな。
『積もる話も沢山あるんだけど……とりあえずここを離れたい、かな』
そう言ってスマホを探すが――無い。
あの爆発に巻き込まれてしまったか……。
仕方がない。かなりの距離があるけど歩くか。
『いったん下りようか』
いまだ警戒しているカレンに近づきお姫様抱っこする。
「わわっ」といきなりのことに驚いたカレンだが、ちゃっかり腕は首に回して密着してきた。
『先に下りているね』
シロにそう残し、岩山から飛び降りる。
風魔法を利用し、衝撃を吸収しながら着地すると、シロもふわりと横に降り立った。
重力魔法も使えるのかな。うらやましい限りだ。
「あの、姉さん……。そろそろ説明いただかないと……」
腕の中からカレンがそうこぼす。
あー、歩きながら説明するか。
 




