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200 〔紛れ込んだ白い少女〕

 とある世界で魔力の波動が広がる。

 常人には見えない魔力の波は人を害することもなく、勢いよく広がっていく。とある少女を中心にして。


 「スキャン……チェック……ネクスト……」


 声色は少女の物だが、抑揚(よくよう)の無い()()は機械が発している音声のように思えた。

 とある世界の森の中。日の差す開けた場所でその少女はたたずんでいた。

 目をつむり、自然体で、口元だけがわずかに動いている。先ほどの言葉を紡ぎながら。


 「スキャン……チェック……ネクスト……」


 少女は一人ずつ魔力を確認していく。自分の求める『魔力』を見つけるために。ただ、それは途方もない作業であった。

 魔力探知は万能ではない。

 元から同じ世界に居たのであれば、ある程度絞った範囲で魔力探知は可能である。

 ただ、少女は別の世界からやってきたのだ。

 どこにあるかわからない微弱な魔力を、少女は一つずつ確認していく。

 しかし、この世界の人口は六十億人を超える。

 仮に一秒間で百人の人間を確認したとしても約二年かかることになる。


 それでも、少女は止まらない。

 少女にとってこの地がどこの世界の物かそんなことは関係ない。

 大事なことは、ここに『おいしいご飯』があるということ。

 微弱な魔力だけを頼りにやってきた少女は永遠と言葉を紡ぎ続ける。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 あれから一年と少しが経過した。

 少女が確認した人数はこの世界の人口半分にもまだ達していない。


 「スキャン……チェック……ネクスト……」


 一年前と何も変わらず、今日も少女は言葉を紡ぐ。


 「スキャン……チェック……ネクスト……」


 永遠と続く少女の言葉を世界も見守っている。

 別世界(よそ)からの来訪者。

 紛れ込んだ異物――白い少女は本来、世界に(うと)まれ除外されるべき対象であるが、この少女に対して、世界は敬意を払っている。

 妖精女王――世界が違うとはいえ敬意を払うのも当然である。

 世界そのものに意思疎通を図る方法は無いが、少女が一年もの間、外部からの影響や干渉を受けずに探知できたことはこの『世界』のおかげであろう。


 「スキャン……チェック………………」


 一定の間隔で紡がれていた少女の言葉が止まる。

 しばし、無言の時間が流れ――。


 「………………見つけた」


 先ほどまでの無機質な声色とは変わり、感情の乗った言葉でつぶやく。

 無表情だった少女の口元が緩み、眼を見開いた。


 「やっと……見つけた」


 長かった。長かったがその少女は微塵も苦労を感じさせず、十数年前と同じ笑顔でこうつぶやく。


 「ありがと。お邪魔するね」


 少女は姿を消した。誰に見られることもなく、人知れず姿を消したのだった。



 風が吹き、木々が揺れ、葉擦(はず)れの音が聞こえる。

 森の中で音色を奏でているそれは、まるで少女の来訪を歓迎するかのように、森の中へと響き渡っていた。



 少女の旅路が、長い旅路がいま終わろうとしている。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 とある国の上空に、白い影が現れた。

 雲一つ無い快晴の中にポツンとある白い影。

 その白い影は周囲を見渡すと、ゆっくりと地面へと降りていった。


『……何これ?』


 白い影は少女だった。

 服も靴も髪も肌も全てが白く染まった少女。

 瞳はかろうじて紫色の色彩を保っている。胸元のペンダントも。

 しかし、それ以外は何もかもが白く染まった少女。

 その少女が再び言葉を発する。この世界の言葉とは違う言葉を。


『魔力の反応は、この中……』


 少女の顔が曇る。

 長い年月捜し求めていた魔力が瓦礫に埋まっている。

 状況はよく理解できないが、それでもいい状態でないことは少女にも理解ができた。


「おい! 貴様! どこからやって来た!」


 物静かな少女とは裏腹に、怒気を含んで叫ぶ兵士らしき人物。

 少女はその声を気にも止めることなく、周囲を観察し続ける。


『やっぱり中……でも、生きている』


 伏し目がちだった少女は一瞬喜びの感情を表に出した。


「おい! 聞いて……っ!」

『うるさい』


 さすがの少女も、うるさくわめく兵士が目障りとなったのか。

 一振りした手によって、兵士は吹き飛び、意識を刈り取られる。

 妖精は魔力の扱いに長けているが、攻撃魔法や治癒魔法など、魔力を変換構築する技術は持ち合わせていない。

 魔力そのものを放出することにより、今のような攻撃手段とすることはできるが、魔法使いのような魔法を使うことはできない。



『この世界に魔力持ちはほとんどいない』


 探知しているときも思ったことであるが、魔力を持っている人間がこの世界にはいない。

 個人を識別する程度の魔力は感知できるが、それを利用して魔法を使うことはできないし、ましては魔力吸収による魔力補充は望めないと思う。

 そこで、少女は気づいてしまった。

 この世界で生きていくことが難しいことを。

 なにせ、魔力が潤沢(じゅんたく)に存在していた前の世界と違って、この世界に魔力はほとんど存在しない。


『飢え死にしてしまう……』


 死活問題であった。早く『ご飯』を確保しなければ。


『どうしようか』


 少女は瓦礫の山を前にして悩む。

 まだ魔法を使うだけの魔力は残っている。

 だけど、瓦礫を無理やりどけると崩れる可能性もある。

 どうしたものか。


『あ、そうだ』


 そこで少女は(ひらめ)いた。

 簡単に中身だけ救い出す方法を。

 両手を軽く広げた少女は魔力を練る。

 妖精が使う魔法は、実は魔法では無い。


 魔力を直接操作することにより発現している擬似的な魔法である。

 収納魔法は濃密な魔力で包み溶かし込むことで実現している。

 障壁は魔力で壁を作ることにより同様の効果を得ている。

 転移魔法も同じく、魔力により無理やり座標軸を動かし、今いる場所から瞬間的に移動する。

 相当な魔力を保有するこの少女だからこそ出来る荒技である。


『……いくよ』


 少女はその場から姿を消した。

 目の前にあった大量の瓦礫と共に。

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