20 オリエンテーリング
「うーん、これなんてどこにあるんだろうね」
カタリーナちゃんがリストの写真を逆さまにしたり、裏返したりして見ている。
食後遅めのスタートを切った私たちは順調にオリエンテーリングをこなしていた。
話し合った目的の物は全て回収済み、現在はリストから新しい目的地を模索している。
「こういう時はコトミさんを頼ればいいのですよ」
おーい、なに勝手なこと言ってくれちゃってんの、この子は。
「え、あ、コトミちゃん、わかる?」
はぁ、仕方がないな。
心の中でため息をつきつつ、渡されたリストを見てみる。
「ん~? どこかで見たような」
「え!? ホント?」
水の中にあるのがいまいちわからないけど、建物自体は見たことあるような。
うーん、どこだったか……。
「コトミさん、頑張って思い出して。脳細胞は灰色ですよね」
リンちゃんはまたなに訳のわからないことを言っているのよ。
「あ、思い出した」
「さすが灰色の脳細胞です」
「……これ、社会の授業で習ったやつだよ。たしか先週出てきたと思うけど」
「「「あ」」」
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載っている建物は遠い国の名所なため、本来この公園には存在しないはずだが……。
「ここ、かなぁ」
「どれですか?」
広げた地図をリンちゃんが覗き混む。
指を指した先には『スモールワールド』の文字。
「私の考えが正しければミニチュアモデルがここにあると思う」
「では、そこに向かいましょう」
ちょっと、いきなり決めて大丈夫?
みんなの意見も聞かないと……。
「さすがコトミちゃんね」
「コトミの言うことなら大丈夫だろ」
「行こう行こう!」
いいのか……。
とりあえずは行ってみて、ダメならその時また考えればいいか。
そんな風にリストへ載っている建物、風景、植物や動物を写真に納めていった。
『スモールワールド』は考えていたとおり、ミニチュアモデルがあったんだよね。
「さすがにヤギは参りましたね。近づくと逃げるんですもの。久し振りに本気で気配を消しましたよ。本気を出さないと近づけないヤギって何者って感じですよね」
なんか、物騒なこと言っているけど大丈夫か?
周りの子たちはあまり気にしていないだろうけど、ヤギに近づくリンちゃんの手腕はホント素晴らしかった。
素早い動きもそうだけど、気配の消し方や意識の外から忍び寄る技術が何者って感じ。
「やだ、コトミさん。そんなに見つめられたら照れちゃいますよ」
「はぁ……呆れているだけだよ」
「なんですか、それ。ほら、見てください、このヤギさん。キレイに撮れています」
確かにしっかりと撮れている。
しっかり撮れていることには問題ないのだが……。
「なんでヤギとの二ショットまで撮っているのよ……」
何枚かあるうちの写真にヤギとリンちゃんの二ショット――自撮りがあった。
「いいでしょう。意外と気づかれないものでしたから勢いにのって撮ってみました。さすがに近すぎたみたいですから、その直後には逃げ出していましたけどね」
鼻歌混じりに説明するリンちゃんは機嫌が良さそうだ。
中々の強敵攻略に嬉しかったのかな。
「もうすぐ時間だけど、あとはどうする?」
先頭を歩く男子から声がかかる。
「最後に高得点狙いたいですね。どれがいいでしょうか」
リストの紙を広げながら悩むリンちゃん。
結構な量をクリアしているから十分な気がするけど。
「よし、これにしましょう」
指を差した箇所をみんなで覗き混む。
そこにはデフォルメされた白くてもこもこな生き物が書かれている。
白くてもこもこが居るところだと……平原かな?
「あと二十分ぐらいしか無いけど大丈夫?」
「急げば何とかなるんじゃないかしら。ほら、その平原ってあそこから行けるようですし」
指差す方を見ると、確かに『平原への近道』って書いてある。
おもいっきり怪しいけど……。
「それじゃあ、ちょっと急ぎ足でいくか」
先頭の男子がそう言いながら速度を上げる。
近道と言うだけあって地面は舗装されておらず道幅も狭い。
左右は木々が生い茂っており、迂闊に踏み込むことも出来ない。
子供二人が並んだら歩けないほどなので、自然と一列になって歩くこととなる。
先頭からリーダーの男子ともう一人の男子、リンちゃん、私、真後ろはカタリーナちゃん、その後ろにまた男子となっている。
並び順はリンちゃんが指示した。
理にかなっている並びだから私は文句ない。
やっぱり前後に盾と殿は定石でしょう。
進んでいる道は日の光が届いていないこともあり、先がよく見えない。
人の手が入った道だから危険は無いと思うけど、一応注意して進むか。
と、言っても私はリンちゃんよりも身長が低いため、前は見えない。
仮にリンちゃんより高くても、リーダーの男子たちがいるから結局は一緒なんだけど。
「ん……? あれは……なんだ?」
リーダーの男子が一言つぶやき、その歩みを止める。
「どうしましたの?」
リンちゃんが前を覗き混みながら問いかける。
「いや、あれ。何か動いていねぇ?」
私もリンちゃんと同じように身体を横にずらして前を見る。
丸く茶色い物体が道の真ん中に転がっている。
あれは……、こっちに向かってきている?
「イノシシ?」
誰かがつぶやいた。
少しずつ姿がはっきりしてくると、確かにそれはイノシシだった。
体長一メートルほどもある成体、かな?
「やべ、逃げるぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
先頭の男子たちが反転し、他の子達の横を通り抜けるようにして駆ける。
他の子たちも状況をよく飲み込めていないようだけど、男子に続いて元来た道を引き返す。
盾役が真っ先に逃げ出してどうするのよ!
そんな心の抗議は無視して我先へと逃げる男子たち。
あぁ、もう。
まぁ、イノシシ程度ならそんなに危険は無いし、私が殿を務めるかな。
そう思い、他の子たちを見送ろうとしたところ――。
「ほら、コトミも逃げるよ」
リンちゃんに手を引っ張られる。
「ちょ、急に引っ張らないでよ」
「ぼーっとしてるからでしょ。万が一の時はワタシが何とかするけど、あまり人に見られたくはないし」
小走りに駆けながらそんなやり取りをかわす。
前を見ると男子たちは既に見えなくなるところまで離れており、残りは私たち三人だけとなった。
「カタリーナちゃん、大丈夫?」
「はぁ……はぁ……、だ、だめかも……。これ以上……走れない……」
息も絶え絶えという感じに答える。
後ろを見ると、イノシシは既に近くまで迫っており、このままだと追い付かれそうである。
逃げ切ることは出来ないか……よし。
「リンちゃん! カタリーナちゃんのことは任せたよっ」
「ちょっと! コトミさん!」
反転しつつ足元の小石を拾い、イノシシに向かって駆ける。
「よっと」
イノシシに向けて拾った小石を投げる。
生き物と言うものは、飛んできたものに対し条件反射的に目をつぶる習性がある。
一瞬でも視界を奪えれば十分。
その瞬間を狙ってイノシシの頭上を飛び越え、背に手を当てる。
「風槌」
威力を小さめに、空気の衝撃波を当てる。
「ぴぎゅっ!!」
潰れたカエルのような鳴き声……実際に潰れてはいるけど。
風槌の反動を利用し、勢いそのままに向こう側へと着地する。
この一撃で伸びてくれればいいんだけど。
「ブ、ブヒッ!! ブヒィィィッッッ!!」
やっぱりそうはいかないか。
というよりイノシシって、ブタみたいに鳴くんだ。
そういえばブタはイノシシから進化? 退化? したんだっけ。
って、そんなことより、チャンス!
このままみんなと引き離そう!
そう判断し、反対側へ駆ける。
「コトミッ!!」
「リンちゃん、あとはよろしく! こっちは大丈夫だから!」
肩越しに見たリンちゃんはどこか心配そうな顔をしていた。
でも、大丈夫だからねっ!




