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2 新たな物語の始まり

 長い夢を見ていたような気がする。


 どこか懐かしく。


 それであって(はかな)い。


 そんな夢を。


 深い眠りから少しずつ、目が覚めようとしている。


 夢の内容はもう、思い出せない。


 何か大切なものを失ってしまったような、そんな気がする。


 喪失感に(さいな)まれながらも、少しずつ意識が覚醒していく。


(ん……朝?)


 周囲の状況はよくわからないが、(まぶた)越しの(まぶ)しさから明るくなっていることがわかる。

 目覚めを意識すると身体の感覚が戻ってきた。


(いつの間にか眠ってしまったのかな……)


 記憶が曖昧になっている。


(まだ、寝ぼけているのかな)


 むず痒い目をゆっくりと開け、目を擦ろう……として、手が動かないことに気がつく。


(――え?)


 感覚は……ある。けど、手が……足も思ったように動かない。


(えぇと、なんで?)


 少し混乱しながらも冷静に状況を分析する。


(直前まで何をしていたか……は、まったく思い出せない)


 周囲は……身体が動かないから良くわからないけど、明るかった。

 寝起きだからか、良く見えない。

 わけがわからなかった。


(そう言えば、魔法は?)


 身体の内側に意識を向けると、魔力の流れを感じることができた。


(ほっ……魔力があれば、とりあえず魔法は大丈夫かな?)


 見えないのに無闇に魔法を使うのはマズいだろう。


「あー、うー」


 そう思い、とりあえず誰かいないかと声をかけたけど、言葉にならなかった。


(え……?)


「あらあら、起きちゃったのかしら」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 女性の声が聞こえた。

 輪郭(りんかく)がボヤけてよく見えないが、近づいてくる気配がする。

 横たわっている私の側に誰かが立ち――持ち上げられた。


 ええぇぇっ? 巨人族……っ!


 咄嗟に魔力を練り、離脱……しようとしたところで、敵意の無いことがわかった。

 ……って、もしかして、私……赤ん坊になってる?

 混乱しながらも、その女性は話しかけてくる。


「よしよし~、気分はどうかしら?」

「あー、うー」


 ……完全に赤ん坊の声だ。何か言葉を発しようとも、まともな単語にすらならない。


「ふふふ、ご機嫌ね」


 身体を揺らしながら女性はそんな事を言う。

 母親だろうか。


「今日は天気もいいし、少し散歩しようかしら」


 やっぱり赤ん坊になっている。

 う~ん、夢じゃ……ないよねぇ……。

 ゆらゆらと、腕の中で揺らされ、次第に(まぶた)が重くなってきた。

 うぅ……ひとまず、危険は無さそうだし……。

 心地よさに(あらが)えきれず、意識を手放す。

 とりあえず、状況把握は、また、今度……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 あれから数日経過して、ある程度の状況を理解した。

 どうやら私は赤ん坊になってしまったらしい。

 らしい、というのは直前の記憶がまったく無く、確証を得られないからだ。

 私の記憶の中では確か十八歳だったはずだけど、身体が縮んでしまっている。

 なぜ赤ん坊になってしまったのかはわからない。


 誰かの攻撃か、魔法か、それとも――死んで生まれ変わったのか。

 もちろん、ただの夢である可能性もある。

 それでも、意識はハッキリとしているし、感触がリアルと言うこともあり、これは現実だと思うことにした。

 むしろ、夢であっても、そこで生きるのであれば、それが現実となるし。

 ……夢で無いことを願う。


 今の状況と今後の事について考える必要がある、かな。

 幸いにも時間はたくさんある。

 なぜなら――、


「あら、いつの間にか起きていたの?」


 小さい身体が持ち上げられる。


「よしよし~。ホント、コトミは泣かない子ね。手間がかからなくていいのは助かるけど、泣かない子は障害抱えているって言うから、ちょっと心配かしら」

「……あー、うー」


 とりあえず元気の良さだけはアピールしておく。変に心配されても嫌だし。

 はぁ、早く言葉を発せられるようにならないかな。

 たぶん、口とか喉の発達がまだなんだろう。

 こんな状態であれば、しばらくは身動きも取れないだろうし、考え事するにはちょうどいいかな。


「ふふふ、そうね。こんなに元気な子ならきっと大丈夫よね」


 ゆらゆらと身体が小刻みに揺らされる。

 うぅ……なんでこんなに心地いい揺れなんだろうか……。

 考えなきゃいけないこと、いっぱい、あるのに……。

 仕方ない……時間は、いっぱい、あるし……。

 また今度……。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 半年ほど経って、やっと身体が動くようになってきた。

 赤ん坊の身体ってこんなに動けないんだ……。

 動けると言ってもせいぜい寝返りを打つとか、座る程度なんだけど。


「うーっ、あー」


 まだ発音は無理そう……。

 身体を動かせるようになったのは良かったけど、睡眠時間は変わらない。

 とりあえず、一日中眠い。眠すぎる。

 こんなに寝ていていいのだろうか。

 うぅ……眠い……。


 あれから何度も考えたけど、やっぱり私は生まれ変わったらしい。

 ロフェメル国という名の国に生まれた女の子。

 名前はコトミ・アオツキ。

 なぜ、そんな状態になったのかと記憶を掘り起こしたが、直前の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっているため、原因はわからない。

 それでも死んだことは何故か理解できた。


 生まれ変われることがあり得るのか、と言われれば、そう言う転生魔法の存在は聞いたことがある。という程度でしかない。

 困った。困ったが、思い出せないものは仕方がない。

 それと、当初心配していた夢である可能性は低い。

 なぜなら、頬を何度叩いても痛みが残るだけで、目が覚めることはなかったからだ。

 母親らしき人が必死になって止めてきたことが申し訳なく思う……。


 視力もまだ安定していないから外の様子とかわからないけど、私が以前住んでいた国とは文明や言葉が違うことがわかる。

 国の名前とか聞いたこともない名前だし。

 言葉も聞いたこともない言語だったけど、頭では理解ができた。


 この能力は魔法の一種だろうか。誰かにかけられたのかもしれない。

 両親の服装はぼんやりと見えた感じ、見たこともない服装だった。

 昼でも夜でも明るい部屋もそうだし、色々な人の声が同じところから聞こえる道具も気になった。


 魔法が使えるかどうかも当然試した。

 結果からすれば問題なく使えた。

 視力の無い今の状態では無闇に使えないが、水魔法や風魔法程度であれば、被害なく試すことができた。


「水がいきなりっ!?」「部屋の中に竜巻がっ!?」


 ……ごめんなさい。

 バレるわけにはいかないから心の中で謝っておいた。


 転移魔法や収納魔法も今まで通りに使えた。

 ベビーベッドから出るわけにはいかないから短い距離での転移。

 収納も手元にあるおもちゃ程度であるが収納することもできた。

 他の魔法については試せていないけど、なんとなく大丈夫な気がした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 それからさらに半年ほど経過して一歳になった。

 この一年間、状況把握と情報収集に努めた。

 状況把握はまだしも、動けない状態では思ったような情報収集は出来なかったけど……。


 ともあれ、一年もすれば自分の置かれた状況も理解できた。

 耳は聞こえていたため、大人同士の会話や、テレビと呼ばれる家電機器からの情報で少しずつ理解していった。

 この世界は私が今まで住んでいた世界とは違っていた。


 大陸が違うとかいうレベルの問題ではない。

 惑星全体を写真、というものに収めることが出来る技術レベルなんて、前世では考えられなかった。

 そもそもこの世界には魔法という現象が実在しない。

 生まれ変わる前の世界――『テスヴァリル』には魔法があったけど、この世界で魔法を使える人は居なかった。

 言葉そのものはあるが、お(とぎ)話や空想物語での出来事でしかないようである。


 外に連れ出してくれたこともあった。

 街の名はアルセタというらしい。

 ロフェメル国アルセタの街。

 子供の滑舌(かつぜつ)では発しづらい名前だ。

 街には石造りの建物が並び、同じく石造りの道を車という乗り物が走る。

 鉄道が遠くまで人や物資を運び、大空を航空機が羽ばたく。

 水道やガス、電気という魔法のような技術が人々の生活を支え繁栄していた。


 この世界の人はその技術のことを、『科学』と呼んだ。


 魔物なんてものは当然いないし、人間以外の種族もいない。

 ドラゴンなんて空想上の生き物になっている。

 シカやクマといった食料になりそうな動物は共通していたが、狩りで獲物を捕ると言うような行為はあまりせず、養殖で食肉を得る方法が主流となっていた。


 世界中の至る所に電気製品、情報機器が行き渡っており、ほとんどの地域では安全安心な生活が約束されている。

 前世と比べたら天と地の差だ。

 当然この世界でも自給自足の地域はあるが、私の生活も含め、ほとんどの人が快適な環境で暮らしている。


 一歳となった私は部屋の中を縦横無尽に歩き回るようになった。

 子供用のおもちゃもあるが、それよりも『科学』というものにもっと触れたいと思った。

 コンロというものは火を起こし、照明と言うものは暗闇を照らす。

 テレビやパソコン、スマートフォンなどの情報機器は、世界中の出来事を把握するための道具として、日常生活に欠かせないものとなっている。


『科学』というものを極めると魔法と何ら変わらない。

 いや、魔法よりも便利な技術であった。

 電気やガス、燃料やエネルギーといったものは必要になるけど、個人の才能に大きく左右される魔力というものを必要としない。

 誰しもが皆平等に利用できるもの、それが『科学』であった。

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