199 〔白い少女の旅立ち〕
夜通し燃え続けた街はまだ燻ってはいたが、明け方の通り雨により、燃えさかるような熱気は無くなっていた。
生きるものがいなくなった街――ポスメル国の王都リリガルは静寂に包まれており、まるで廃墟のようであるが、街を覆うように架かった一輪の虹が、幻想さを際立たせていた。
そこに白い少女が静かに降り立った。
肌や髪、身につけている物――服や靴などが全て白色に染まっている少女が。
唯一、紫眼の瞳と、胸元のペンダントだけが色味を帯びていた。
白い少女はゆったりとした足取りで街の中を歩く。
雨に濡れた大通りを。積み重なった亡骸の横を。湯気の上がっている街の中を。白い少女はゆっくりと歩く。
しばらく歩いたところで、壁にもたれかかり、眠るように息絶えた少女二人の前で足を止める。
「……死んじゃったか」
何も感情を含まない言葉を漏らす。
「……………………嘘つき」
そのまま数秒そこにたたずんだが、既に用は済んだとばかりに踵を返す。
「…………?」
しかし、一歩踏み出そうとしたところ、白い少女が何かに気がつき振り返る。
「…………」
しゃがみ込み、事切れている少女の頬にそっと触れる。
「魂が、縛られている?」
不可思議な現象に首をかしげながらも、白い少女は心当たりがあったかのようにうなずく。
「あぁ……そういうことね」
白い少女は亡骸から少し離れ、両手を体の前で合わせる。
「解放してあげる」
そう一言つぶやくと、白い少女を囲うように白色に輝く宝玉が現れた。
静かに漂う宝玉は魔玉――妖精の魔力が結晶化したものとなり、その一つ一つが相当の魔力を含んでいる。
そんな魔玉が、白い少女の周りに数十個も漂う。
「今までもらった魔力分ぐらいはお返しするよ」
白い少女は一息吸うと言葉を紡ぐ。
「――解」
瞬間、全ての魔玉がチリと変わり周囲に膨大な魔力が溢れかえる。
濃密な魔力はそれだけで脅威となり、常人であれば魔力に充てられ廃人と化すだろう。
「輪廻の理より外れ夢現の世界に迷いし魂よ」
その中で白い少女は目を伏せながら言葉を続ける。
「泡沫の如く消えていく幻想世界の終焉は近い」
抑揚の無い声が光の中で響き渡る。
「深淵の底に堕ちし数多集いの骸に囚われるな」
目を紡ぎたくなるような白い光が、少女の言葉に応じて収縮していく。
「汝の存在為べき処を違えるな」
光の充てられている少女は、神々しい雰囲気を纏いながらさらに言葉を続ける。
「永遠に儚い現世の器より解き放て」
光が、白い少女から、事切れている少女に移り、集まっていく。
「刻を越え悠久の果てにて顕現するようその鎮魂歌を謳おう」
いっそう輝いた光が収縮し、ついには――消えた。
「ついでにおまけも、ね」
最後の一言を皮切りに、先ほどと同じように周囲は静寂に包まれる。
一仕事を終えた白い少女は踵を返し歩き出す。
――今度は振り返らない。
「お腹減ったなぁ。また新しいご飯探さなきゃ」
嘆きながら少女は日が差している表通りを歩く。
さっきの魔法でほとんどの魔力をつぎ込んでしまったため、転移魔法は使えない。
「う~、めんどくさい。全部あの子のせいだ」
口では文句を言いながらもその顔はどこか満足げにも見える。
「この貸しはいつか必ず返してもらおう」
ひとつの物語が終焉を迎え、またひとつ新たな物語が始まろうとしている。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
白い少女が森の中をさまよっている。
何かを目指しているわけでもなく、鼻歌が聞こえてくるような、そんな軽い足取りで歩いている。
「ん~、この森の魔力もあんまり濃くないなぁ。……もう少し奥にお邪魔するね」
ぽつり、誰に対しての言葉か、そうつぶやくと少女は姿を消した。
胸元で輝くペンダントの光だけを残して――。
日の光が差さない森の奥深くに、暗闇とは対象的な白い少女が降り立った。
人が誰も立ち入ることができない魔の巣窟なのに、まるで庭先でたたずむようにその少女は周囲を見渡す。
「ここは……うん、十分、かな。ありがと、ちょっとだけ、分けてね」
誰と会話をしているのか、少女はわずかに笑みを浮かべると目を伏せる。
「……いただきます」
瞬間、日の光を遮るほどの濃厚な魔力が、少女へと吸い寄せられるように集まり――消えた。
「うん、ありがと……あまりもらい過ぎちゃダメだから。また今度ね」
白い少女はその一言を残し、姿を消した。
また、別の森に白い少女は姿を現す。
その森でも一言二言だけ言葉を漏らし、しばらくするとまた姿を消す。
そんなことを数十回と繰り返す。
妖精族は魔力生命体が故に疲れを感じることはない。
本能に従い、魔力を吸収し、行動する。
言葉を話し、意思疎通を図ることはできるが、それはあくまで目的達成のための手段の一つにすぎない。
すなわち、本来であれば、人と同じような感情、喜怒哀楽を持つことはない。
しかし、白い少女は他の妖精たちとは違う。
精神は人族と同様の性質を有している。
すなわち、疲れを感じることはないが――。
「……飽きた」
白い少女がぽつりとつぶやく。
当然、何十回も同じことを繰り返していれば、そういった感情も沸いてくるであろう。
「少し、休憩」
少女は、木漏れ日が差す花畑の上に寝転ぶ。
妖精は、体力的な面で疲れることはない。
「……ふぁ」
少女は、小さく欠伸をし目をつむる。
妖精は、睡眠を必要としない。
「……すぅ……すぅ」
妖精は、睡眠を…………。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……んぅ。あ、さ……?」
太陽が一周する頃、白い少女は目を覚ます。
ムクリと起き上がり、天に向かって大きく伸びをする。
「ん~~っ。はぁ……お腹減った」
少女は一言つぶやくと立ち上がり、再び姿を消した。
更に数十回、数百回と各所の森を回る。
「ふぅ……。まだ、お腹が減っているけど、だいぶ貯まってきた、かな」
普通の妖精はさほど魔力を貯めることができない。
魔力生命体とはいえ蓄えられる魔力密度には限界があるからだ。
しかし、この白い少女はその常識を覆している。
一体どれだけの魔力を蓄えたのだろうか。きっと本人にもわからないだろう。
「うん。そろそろ、いいかな。……それじゃ、新しいご飯を探しに行こう」
手の平に集まる魔力を見つめながらそうこぼす。
少女が森を巡ってからちょうど十年が経過しようとしていた。
妖精に寿命は無い。消滅するまで、十年、百年、それ以上の刻を存在し続ける。
少女にとっての十年はさほど長い時間ではない。
この先に待っている『おいしいご飯』のためであれば、多少の労力は惜しまない。
「待っていてね」
白い少女は微笑むと、再び姿を消した。
その日、一人の白い少女――妖精族が姿を消した。
十年間、様々な森へと現れていた少女が、次の森へと移動するわけでもなく、この世界から姿を消したのだ。
誰に、見られることもなく。
目的地は少女にもわからない。
ただ、そこにある魔力の残滓だけを追いかけ、世界を渡る。




