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195 <新たな旅立ち>

 パチパチと焚き木の弾ける音が静かな森の中へ吸い込まれていく。

 無事に国境を越え、追っ手の心配がなくなって一安心。やっとゆっくりできる。

 あとはのんびり街を目指すだけなので、日が沈む前に街道をそれて野営中。

 いざこざがあって結局街にはたどり着けなかったけど、それは仕方がない。


「シロはこれ食べる?」


 ちょうど手頃な魔物もいたからサクッと始末して皮剥中。


「……そのまま食べるの?」


 (さば)いている手元を隣に座り覗き込む。


「違う違う。ちゃんと焼くよ」


 この子はたまに突拍子もないことを言うな。

 まぁ、妖精だから仕方がないか。


「ん。食べてみる」

「じゃあ、ちょっと待っててね」


 肉は大量にあるから余分めに捌き、木の枝に刺していく。

 一本ずつ焚き火に立てかけるよう並べる。


「…………」


 ぼーっとそのまま火の揺らめきを眺める。

 風が吹き、木々がさわめく。

 静かな夜に焚き木の弾ける音だけが響き渡る。


「…………」


 隣に座っているシロも、特に言葉を発することなくその様子を眺めている。

 ちなみに、魔力はずっと吸い取られ続けている。


「……妖精ってそんなに魔力を吸いとれるものなの?」

「……そんなことはない。わたしだけが特別」


 首を横に振りながら答えるシロ。

 まぁ、そうだろうね。

 吸い取る量も速度も普通の妖精と比較にならないほどだから。

 それにしても、それだけの魔力がこの身体のどこに入るのやら。


「そろそろいいかな」


 肉汁のしたたる音が食欲をそそってくる。

 焼けた肉を手に取り、シロへも渡す。


「…………」


 手元の肉を凝視していたシロではあるが、私が食べ始めるのを見ると、同じように口をつけて食べ始めた。

 その横顔はなんとなしに嬉しそうに見える。

 そうやって夜が更けていく。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「んぅ……。あ、さ……?」


 目が覚めると木々の隙間から薄らと朝焼けの空が見える。


「あっ……」


 やばい。完全に寝過ごした。

 寝ぼけた頭のままどうにか身体を起こし、周囲を見渡す。


「…………」


 すぐ真横には眠る前と同じ姿勢でこちらを見ている妖精――シロと目があった。


「……おはよ。ごめん、寝過ごした。起こしてくれなかったの?」


 大きく伸びをし、昨夜のことを思い出しながらそう尋ねる。


「……妖精は寝る必要もない。でも、人間は違う」


 本当は一人で仮眠を取りつつ警戒するつもりだったけど、シロから今言われたように、自分が代わりに寝ずの番をやると言い出した。

 さすがに難しい、と言うより頼りにするわけにもいかず拒んでいたが、ここ最近の疲れもあってか、少し休ませてもらうことにした。


「大切なご飯。ちゃんと守る」


 ……まぁ、そういうこともあって、せめて交代で寝ずの番をやろうと提案したんだけど、まさか一晩中ずっと起きているとは思ってもいなかった。


「……ありがとう。おかげで休めたよ」

「ん」


 お礼は魔力で――って、寝てる間もずっと取られているし、別にいいのか。


「さて、とりあえずは朝ごはんを――って、うぉっ」


 起き上がろうとしたとき、反対側に何か居た。

 いや、居たというより、()()()


「…………」

「……朝ごはん」


 シロがポツリとこぼす。

 そこにはちょっと、いや、かなり大きい魔物の死体が……。


「夜、襲ってきた」


 これは、牛馬(カウホース)……?

 身体が大きい割に素早い動きで翻弄してくる魔物だ。

 草食のため、あまり人を襲うことは少ないと思うんだけど。


「襲ってきたって、倒したの?」


 そんな戦闘が行われたら寝ていられないと思うんだけど……いつの間に。

 疑問はいろいろとあるが、シロを見ると嬉しそうな自慢げな表情をしていた。


「まぁ……せっかくだし、いただこうか。ありがとね」

「ん」


 朝には少々重たいご飯となったが、淡泊な肉質はさほど悪くない朝ごはんだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「そんじゃ、今日中にはなんとか街までたどり着こう」


 あと半日も歩けば国境を超えた最初の街――ヤブセレという街に辿り着くはず。

 目的地である帝都まではもう少し距離があるけど、とりあえず近くの街に行きたい。

 これで久し振りにまともなベッドで寝られる。

 そう思えば自然と歩く足も速くなっていくものだ。

 シロは――特に遅れることもなく、後ろについてきている。


「よっ、と」


 茂みの中から街道へと戻り、道沿いに歩いていく。

 天気は上々。風も穏やかで暑くも寒くもない。

 過ごしやすい気候のもと、変わった旅仲間と二人で街を目指して歩く。

 いろいろとあったけど、街に着けば少しゆっくりとできるかな。

 そんなことを思い、ふと後ろを振り返る。


「…………」


 王国には……しばらく戻れないか。

 未練がないわけではないが、固執するつもりもない。

 もともと人との関わりが多くない生き方をしていたんだ。

 出会いもあれば別れもある。

 そうやって、割り切るしかない。


 「ふぅ……」


 ギルドの受付嬢や冒険者の面々、別れの挨拶もまともにできなかったな。

 あの状況じゃ仕方がないとはいえちょっと急な旅立ちとなってしまった。


 「…………」


 振り返り、前を向いて歩く。

 いつかまた、みんなと出会えることを願って――。

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